『失敗を語ろう。「わからないこと」を突き進んだ僕らが学んだこと』は、マネーフォワード社長兼CEOの辻庸介さんによる失敗と学びの歴史。
撮影:マネーフォワードのロゴは今村拓馬、辻庸介社長は竹井俊晴
「僕は社長らしい社長じゃない」
そんな一文で始まるのが『失敗を語ろう。「わからないこと」を突き進んだ僕らが学んだこと』(日経BP)。2021年東証一部上場を果たしたマネーフォワード社長兼CEOの辻庸介さんの著書だ。
胃の痛くなるような“黒歴史”を刻んだ本著をきっかけに、辻さんとIT評論家の尾原和啓さんが「失敗とラーニング」について語った。
※2021年6月、Clubhouse上で実施された公開対談を当事者の了承の下、構成しています。
「いやいや、試行錯誤しかないよ」
対談にてマネーフォワード社とその社長、辻庸介さんの良さを引き出してくれたIT評論家の尾原和啓さん。
撮影:今村拓馬
尾原和啓氏(以下、尾原):辻さんの新刊『失敗を語ろう。』、読ませていただきました。いや、ビックリしました。看板に偽りなしで、本当に赤裸々に、2012年に起業して今に至るまでの、あらゆる失敗談を語っていらっしゃる。
辻庸介氏(以下、辻):ありがとうございます。お恥ずかしい限りで。
尾原:起業家の失敗論は『HARD THINGS』(ベン・ホロイッツ著)などこれまでもありますが、ここまで肩の力が抜けている本はないと思います。
全部さらけ出していて、自分を大きく見せようという気が全然見えなくて、だからこそかえって「辻さん、強いな」と思える。どうしてこの本を出そうと思ったんですか。
辻:起業って本当に泥臭くて、やってみないと分からないことだらけなんですよ。僕たちは数え切れないくらいの失敗や愚直な行動を繰り返して、ようやくここまでやってきました。
最近は若い起業家から「辻さん、全部やり方分かって始めたんですか?」と聞かれることが多くて、「いやいや、試行錯誤しかないよ」と。
僕の経験を伝えることで、「自分でもできそうだな」と挑戦する勇気を持つ人が1人でも現れてくれることを願って、本に全部書いたんです。
僕自身も、先輩起業家の本に助けられたのでペイフォワード(恩送り)のような気持ちで。
金融機関からBANの嵐
一つのプラットフォームで全ての口座を管理できる理想的なサービス作りまでには、金融機関からの承認が必要だったのだが……。
撮影:今村拓馬
尾原:最初に出したプロダクトが誰にも使われなかったことから始まって実に豊富な失敗体験とそこから得られた学びが書かれていますが、中でも辻さんが一番キリキリした失敗ってなんでしたか?
辻:やっぱり、「BAN!BAN!BAN!」ですかね。
尾原:読者のために補足します。辻さんが開発したサービス「マネーフォワードME」の最大の特長は、アカウントアグリゲーションという技術。マネーフォワードMEにアクセスするだけで、登録済みの預貯金やクレジットカードや各種マネーサービスのお金の流れが全部分かる。
お金の流れがこれだけオープンかつ複雑になっている時代には、素晴らしいサービスですよね。
これを最初に開拓したのが、辻さん率いるマネフォさんだったわけです。ユーザーにとっては利便性が上がってすごくありがたいんですけれど、情報を提供する側になる金融業界各社からすると、想定していないデータのやり取りが生じるから驚かせてしまう。
結果、「BAN(=拒絶)される」という事態が当初は続いたということですよね。
辻:ご解説ありがとうございます。おっしゃる通りです。「こんな世の中になったらいいのに」という理想と現実のギャップに相当悩みました。
尾原:決して違法ではないけれど、これまでの当たり前を変えようと挑むイノベーションが、既存のシステムとハレーションを起こしてしまう。スタートアップに起こりがちな悩みだと思います。
辻:一方で、無理やり突破しようとは思わないんですよね。僕らの目的は、既存のプレーヤーをディスラプト(破壊)することではなく、あくまでユーザーにとっていい世の中をつくることですから。
例えば今、オンライン診療も導入を進めようとする動きの中で、医療業界からの反発が起きていますよね。
IT側の人間からすると「だって、便利になるし、技術的にも可能だからいいじゃん」という発想になるんですけれど、実際にオペレーションの現場に立ってきた方々が様々な課題を懸念するのは当然のことなんですよね。
丁寧にコミュニケーションをしていかないと、日本のイノベーションは進まないよなと、9年経営してきてしみじみ実感しているところです。
日本は変化への拒否感強い社会
尾原:アメリカだと、「ユーザーや株主の利益になるのなら、犯罪にならない範囲ならば堂々と突破すべきだ」という価値観が社会通念的に広がっていますよね。
中国のIT業界もある程度は国と歩調を合わせて発展させるシナリオができている。日本の場合は、全体の調和を重んじるから無茶苦茶難しいですよね。
辻:おっしゃる通りで、「世の中の変化に対する許容度」を見定める感度が重要。許容度のレベルは社会によって違いがあって、日本は変化を受け入れることへの拒否感が強い社会。
なぜ「YouTube」がアメリカで生まれて、日本では生まれなかったかと考えると、それは社会の許容度の違いだと思うんです。
許容するスピードがあまりに世界とかけ離れると、グローバル競争に負けることが実際に起きている。その課題は官民もメディアも認識しないといけないと思いますね。
とにかく、今の日本は突破するハードルが高いというのが現実。だからこそ、「ユーザーに支持されるプロダクトをつくる」ことが何よりの推進力になると信じてやっています。
しなやかな草食系スタートアップの作り方
変化に拒否感が強い日本社会の中でも、マネーフォワードは利用者数1200万人を超える成長を成し遂げた。
出典:マネーフォワード ME 公式サイトより
尾原:「ユーザーフォーカス」という信念をもって突き進んで、突き進むがゆえの副作用でブレーキがかかることもある。でも、辻さんはその都度ちゃんと向き合って、少しずつ周りの支持を集めていく。そのストーリーがすごいなぁと思いました。
辻:それは創業メンバーの性格が大きいですよね。僕もそうですが、一緒に起業した瀧(現執行役員でFintech研究所長の瀧俊雄氏)も極めて喧嘩が嫌いな人間で、「どうやったら理解してもらえるかな」といつもつぶやいていて。「強さが足りない」というのが僕たちの弱さかもしれないですけれど。
尾原:いえ、逆じゃないですか。本を通じて見えるのは、マネーフォワード経営陣の卓越した“柔らかさ”なんですよ。
時代を前に進めるために時に社会にハレーションを起こすけれど、経営陣の柔らかな人格によって融和されていく。
アメリカ系の肉食系スタートアップとは対極の草食系スタートアップの作り方を示してくれる。「この方法でも世の中は変えられるんだ」と思わせてくれる。でも、きっと時間はかかりますよね。焦ることはないですか?
辻:めちゃくちゃ焦りますよ。僕は本来、せっかちですぐに理想を実現したいという思いが強いんです。
道理に合わないことが嫌いで、安定した立場を捨てて起業を決心したのも、「社会がこのままでいいはずがない」という憤りにも近い感情を抱いていたから。
情報のオープン化によってお金による苦労を解消したかったし、当時は午後3時で閉店していた銀行にも怒っていました。ドラマでも話題だった渋沢栄一さん然り、世の中を変えた起業家の原点はマグマのような熱い使命感ですよね。
憤りは時代を前に進める原動力になる
尾原:僕、冨山和彦さんが言っていた「憧れは夢に通じ、憤りは志に通じる」という言葉がすごく好きで。「好き」や「偏愛」を仕事にするというブームはあるけれど、やっぱり時代を前に進めるほどの原動力になるのは、憤りなのかもしれません。
でも、辻さんも起業当初は資金調達にも苦労したと、本に書かれていましたね。
辻:はい、相当断られましたね。当時のプレゼン資料を見たらお粗末すぎて「これは誰も投資せんやろ」と思いますけど(笑)。
尾原:最初に大きな投資を得られたのは、何が理由になったのですか?
辻:最初に決めてくださったのは、ジャフコの小沼晴義さんと坂祐太郎さんでした。僕たちのサービスを実際に使ってくださって「粗削りだけれど、すごくいいですね」「自分が使いたいサービスです」と言ってくださった。
プロダクトの評価だけでなく、僕たちのチームを評価してくださったのが嬉しかったですね。
掲げた理想に向かって“本当にやり遂げられるチームなのか”という点を見て、信じてくださったのだと思います。
二度とやりたくない、再現不可能なくらいの熱量
会社が大きくなるにつれて、社員も増える。そうした状況下でもいい人を集め、ビジョンを共有し続けるために必要なのは?
撮影:編集部
尾原:やっぱり大事なのは“人”ですよね。本気でなければ、アカウントアグリゲーションを2,000、3,000と地道につなぐなんて絶対無理です。
辻:二度とやりたくないってみんな言っています(笑)。本当に再現不可能なくらいの熱量でした。でもその愚直な努力が、結果的に参入障壁になっているんだなと思います。
尾原:失敗を繰り返しながら、ちゃんとユーザーフォーカスに立ち戻れる。辻さんの周りにいい人が集まるのはなぜなんですか?
辻:自分で褒めるのもおかしいんですけれど、マネーフォワードという会社には本当にいい人が集まってきてくれていると思います。
どうやっていい人を集めるのかと方法論を答えるとしたら、やっぱり「カルチャーをつくること」しかないと思います。
僕はマイクロマネジメントが嫌で、ルールは作れないんです。創業からしばらくは価値観が近いメンバーばかりで何も決めなくてもうまくいっていたんですけれど、会社が大きくなるにつれていろんな人が入るようになって、ボロボロになりかけた時期があって。
ある社員が社内で問題行動を起こしたとき、僕も本人に直接話を聞きにいったんですね。そしたら、「だって、○○しちゃいけないって就業規則に書いていないじゃないですか」と言われたんです。
尾原:そうきましたか。
辻:なるほどなぁと思って。だからといってあらゆるケースを想定して規則で縛ることはできないし、やりたくもない。
ならば、絶対に守りたい価値観だけを決めて伝え続けることが重要だなと考えたんです。
尾原:スピード、プライド、チームワーク、リスペクト、ファン(編集部注:マネーフォワードが掲げるカルチャー)の5つですね。
辻:そうです。その5つのワードを繰り返し使って、「その行動はリスペクトに欠けるんじゃない?」というふうに照らし合わせていくようにしたら、すごくうまくいくようになりました。
最近、人事部を「ピープルフォワード部」という名前に変えたんです。うちで働く仲間の人生を前に進めたいという思いで。
カルチャー形成を引っ張ってくれたデザイナーの金井恵子が先頭に立ってやってくれています。
社長はみんながワクワクするビジョンを掲げなければ
マネーフォワードを大きく成長させた辻さんが、大切にしてきた社長としての役割を語ってくれた。
撮影:竹井俊晴
尾原:それにしても、なんでそんなに柔軟に学べるのですか? 辻さんは新しいタイプのリーダーですね。
辻:どうでしょうか。自分ではよく分かりませんが、でも社長である以上は、みんながワクワクするビジョンを掲げないといけないと思いますし、そのビジョンに夢があるほど多くの人を巻き込めると信じています。
あとは、皆が決められないときには決断するのが社長の仕事。70対30で意見が割れているときには自然と合意形成できますが、難しいのは51対49で二分された時ですよね。
そんなときは僕が決める。それも、早く決断して早く進めるのが重要。
決めて進めることができたら、いろんな情報が入ってきて学びがあって、その次の意思決定の精度が上がる。
すると49側だったメンバーもだんだん51側に賛同してくれるようになるんです。
尾原:なるほど!
辻:創業者という立場はすごく便利で、「皆が決めきれない場面」で効力を発揮するんです。
「辻さんが決めたなら仕方ないね」と納得を得やすいじゃないですか。そして、決めたならば絶対に正解にしてやる気概でやる。正解を“選ぶ”のではなくて、正解に“する”。
正解にするには、みんなが早く同じ方向を向けるようにする。それが社長の役割かなって考えています。
たった一つの古びない方法
年齢を重ねながらも最先端の感覚を持ち続けられるか否かを左右するマインドセットとは?
Getty Images/Zbynek Pospisil
辻:僕から尾原さんに質問してもいいですか?
尾原:どうぞどうぞ。
辻:僕、今年45歳になるんですけれど、自分がいずれ最先端の感覚を維持できなくなることを恐れていて。
尾原さんはずっとIT業界の最先端をキャッチアップして、世の中に新しい知見を発信し続けてくださっていますよね。どうしたらそうなれるんですか?
尾原:僕、30歳のときに生き方に迷って先輩たちにインタビューをしまくったんです。50代になってもフレッシュに挑戦し続けられる人と錆び付いてしまう人の何が違うのかを知りたくて。
結果、分かった違いは一つ。「過去の成功体験にしがみついていない」ということだったんです。
辻:なるほど。過去ではなく未来を見ているかどうか。
尾原:おっしゃる通りです。その方法は二つあって、過去の蓄積をスッパリと捨てるか、あるいは、新しい好奇心を絶やさずに持ち続けるか。
辻:僕は後者が合いそうです。好奇心さえ持ち続けたら、面白いと思えるものへ飛び込めますもんね。コロナが収束したら旅でもしようかな。
尾原:旅もいいですし、古典の中に新しい発見を探しにいくのも好奇心を満たすことができる行動ですよね。
天動説から地動説へと、世界の常識が変わる瞬間に何が起きたのか。歴史は事例の宝庫なので好奇心を刺激してくれます。
辻:まさにリベラルアーツ、教養の価値ですね。いいアドバイスをありがとうございます。
(文・宮本恵理子)
辻庸介:マネーフォワードCEO。1976年大阪府生まれ。2001年に京都大学農学部を卒業後、ソニーに入社。04年にマネックス証券に参画。11年ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。12年にマネーフォワードを設立。18年2月 「第4回日本ベンチャー大賞」にて審査委員会特別賞受賞。新経済連盟幹事、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム エグゼクティブ・コミッティー、経済同友会 第1期ノミネートメンバー。
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(共著)など。最新刊は『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』。