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今シーズン、「大リーグで最も注目を集め、観客を熱狂させている選手は?」と尋ねたら、誰もが「大谷翔平」と言うだろう。大谷が登場する時に解説者たちが叫ぶ「It’s ShoTime!(大谷のニックネーム ShoTimeは、Showtime をもじっている)という言い回しもすっかりおなじみになった。
現在、マンハッタンの6番街にあるMLBショップにも、大谷の巨大なポートレートが他のスター選手たちと並んで飾られている。渡米から約3年、大谷はこの数カ月で一気にアメリカで誰もが知るスーパースターとなり、今や大リーグで最もお客が呼べ、試合を盛り上げ、視聴率が稼げる選手の1人として認知されるようになった。
7月10日には、米スポーツ界のアカデミー賞と言われるESPY賞(Excellence in Sports Performance Yearly Award)の「ベスト大リーグ選手賞」に日本人選手で史上初めて選出された(ちなみに、今年の「ベスト・女性アスリート賞」は大坂なおみ)。この賞はファンたちの投票によって選ばれる。
1995年に渡米した野茂英雄以来、これまでイチロー、松井秀喜、松坂大輔、上原浩治、田中将大など、大リーグで人気者になった日本人選手は数多くいる。ただ素人の目から見ても、今起きている大谷に対するアメリカの熱狂ぶりは、これまでの他の日本人選手に対するそれとは次元が違うと感じる。それはなぜなのだろうか。
アメリカ人が認める圧倒的な数字
2011年、シアトルマリナーズのイチローも、アメリカのMLBファンに注目され続けた選手の一人だった。
REUTERS/Marcus Donner
まず彼の出している数字が、これまでの日本人選手たちの記録を凌駕するだけでなく、他のメジャーリーガーたちと比べてもずば抜けているということだろう。
どんなに見た目がカッコよくても、愛されるキャラクターでも、大リーグでは結果が出せない選手は人気者にはなれない。 イチローが引退した時、記者会見でこんな話をしていたのを覚えている。
「アメリカのファンの方々は、最初は厳しかったですよ。最初の2001年のキャンプなんかは『日本に帰れ』としょっちゅう言われましたよ。だけど、結果を残した後の敬意というのは、これは評価するのかどうか分からないけど、手のひらを返したという言い方もできるので、ただ、言葉ではなくて行動で示したときの敬意の示し方というのは、その迫力はあるなという印象ですね」
今季の大谷が出している数字は圧倒的だ。7月25日、35号目の本塁打を打った時点で、2位のゲレーロJr.に3本差。この調子で行けば、バリー・ボンズのシーズン歴代最多73本塁打(2001年)という記録を破るのではと期待する声もある。
また本塁打数だけでなく、シーズン前半戦での長打数(56本)もリーグ1位、長打率(6割9分8厘)もリーグ1位だ。
日本人の大リーガーには長らく、「技はあってもパワーで劣る」という見方が定着していた。大谷はこのイメージを完全に覆し、日本人でもアメリカ人に劣らぬ馬力のある選手がいることを示した。身長193センチ、102キロという体格もアメリカ人やヒスパニックの選手たちに見劣りしない。
礼儀正しく、清潔感があり、気取らずチャーミングであることも、もちろん人気の理由の一部だとは思う。
そういった意味でいうと、彼の株は7月16日に流れたニュースでさらに上がった。大谷がホームラン・ダービーで得た賞金15万ドルを、トレーナーやクラブハウスのスタッフ、メディア担当スタッフなど球団の職員30人に贈ったというのだ。これを受けて「大谷翔平は本物のエンジェル!」「選手としてだけでなく、人間としてもクール」などという賞賛の声があがっていた。
大リーガーたちがもつ二刀流への憧れ
エンゼル・スタジアムのエンゼルスファン。観客の中には大谷グッズを身につけている人もよく見かける。
Gary A. Vasquez-USA TODAY Sports
彼がこれほどの注目を浴びる理由はなんと言っても、投げて、打つという二刀流のユニークさだ。5日に1度のペースで登板し、その間にずっと打席に立つということは、投手として調整に専念する期間が短くなり、負担が大きすぎてうまくいかないというのがこれまでの大リーグの常識だった。
だが大谷は二刀流にこだわり、アメリカでのチーム選びに際しては、投打両方でプレイできる環境を重視した。
7月13日のオールスター戦では投手と打者の両方でオールスターに選ばれた大リーグ史上初の選手となり、そのことだけでも十分に驚嘆と注目の的になっていた。前日夜のホームラン・ダービーに(日本人選手として初出場。加えて、投手としてキャリアをスタートさせた選手の出場も史上初)出場した際も、始まる前から最も話題をさらい、カメラに映る回数もダントツに多かった。
ホームラン・ダービーでは1回戦で敗退という残念な結果だったものの、翌日のニュースもなお大谷に関するものが多かった。特にスポーツ専門チャンネルESPNの記事「How Shohei Ohtani won the night without winning the Home Run Derby(大谷翔平はいかにホームラン・ダービーに勝つことなく、昨夜の勝者となり得たか)」が彼の花形ぶりをよく表している。
“He takes the idea that Major League Baseball isn't cool or interesting or fun and renders each of those conceits moot with his play alone.
Because even if the top-seeded Ohtani did lose in an epic, first-round derby matchup against Washington Nationals star Juan Soto, the reactions of those who bore witness -- from his peers to Ken Griffey Jr. to the more than 50,000 fans who packed the stadium to the millions of others that watched -- told a far greater story than Ohtani ever could with his words.”
(大谷は、大リーグはかっこよくも面白くも楽しくもないという考え方を、プレイする姿一つで無意味なものにしてしまう。たとえ第1シードの大谷が、ホームランダービーの一回戦でホアン・ソトに敗退したとしても、彼の仲間たる選手達やケン・グリフィー・ジュニア選手、球場を埋めつくした5万人以上のファンたち、それ以外の何百万人もの昨夜のダービーを目撃した人々からの反応は、彼自身が何かを語るよりも遥かに大きな物語を語っていた)
大谷人気に関して面白いと思う現象は、その熱狂が野球ファンやメディアのみならず、先輩大リーガーたちの中にも同じくらい熱く存在するということだ。投げても打っても走っても一流、という彼の活躍ぶりは、プロの選手たちにとってもシンプルに憧れの的になっているようだ。
例えば、7月13日のワシントン・ポストは、ニューヨーク・ヤンキースのスター選手ゲリット・コールのこんなコメントを掲載している。
“At any given time, he most likely has the most power, the most velocity, the most speed on the field. To have all those attributes in one player, it’s so good for the game, and it’s inspiring to watch.”
“We don’t start as pitchers only or position players only; we all want to do both.... There’s a simplicity to him, just being able to fulfill that dream. Even as a pitcher now or as a hitter, a certain inner child in us would love to do all of it. He’s doing it.”
(大谷は、球場で、どんな時にも、最もパワーがあり、最も速い球を投げ、最も足が速い。一人の選手の中にこれら全てが詰まっている。これは、試合にもいい影響を与えるし、見ていて刺激されるよ。
僕ら野球選手は、最初から投手や野手専門な訳じゃない。本当はみんな、両方やりたいと思っている。大谷がやっていることはシンプルだ。「投げるのも打つのも両方やりたい」という、選手なら誰もがかつて抱いていた夢を、彼は叶えている。今活躍している投手であれ、打者であれ、僕らの中に生きている野球少年は、あんなふうに全部できたらどんなにいいだろう……ってどこかで思っている。彼はそれを実現しているんだ)
一流選手である大の男たちが、野球ファンの少年のような気持ちになってしまうらしい。
インタビューで大谷についてコメントを求められると、「あまりにも凄すぎて、どう表現していいか分からない」「こんなのは自分の野球人生の中で一度も見たことがない」「試合は試合として、今日は大谷が何をやるかを見るのが楽しみだ」「今晩家に帰ったら、息子に大谷と同じ試合に出たことを自慢する」などと素直に称賛する言葉がよく聞かれる。
「ベイブ・ルースの再来」どころではないかもしれない
「投げて・打つ」の両方で活躍する。そのことは野球を志す人たち誰もにとって夢なのかもしれない。
Mark J. Rebilas-USA TODAY Sports
オールスター戦の前あたりまでは、大谷を指して「ベイブ・ルースの再来」という表現が多く見られた。大リーグで2桁勝利と2桁本塁打を同一シーズンに記録したのは1918年のベイブ・ルースしかいないからだ。ただ今や、その比喩すら妥当ではないのかも?という論調が出てきている。
7月13日のウォールストリート・ジャーナルは、「大谷翔平は唯一無二、ベイブ・ルースしのぐ:大谷は日本のベイブ・ルースではない。最初のショウヘイ・オオタニだ」というタイトルを打ち、彼は大リーグにおいて全く新しい歴史を作る選手になるのではと、期待満々に書いている。
この記事はデータを基に、大谷のパフォーマンスと比較するとルースの二刀流は名ばかりで、過去に真の二刀流の選手がいたとすれば、ニグロリーグで投打両方で活躍したテッド・ラドクリフ、レオン・デイ、ブレット・ローガン、マーティン・ディーゴなどの黒人選手たちだと分析している。ニグロリーグでは、白人のリーグに比べて選手の数が少なく、複数の役割を器用にこなすことが求められたからだという。
大リーグは今でこそ中南米、アジアなどさまざまな地域出身の選手がプレイし、白人だけのリーグなど考えられない状態だが、アメリカのプロ野球は伝統的に白人が支配してきた。
大リーグが現在の体制になったのは1903年(厳密には、1903年に発足したナショナルリーグとアメリカンリーグの2つのリーグの共同事業機構)。当時は、有色人種排除の方針が明確にあり、黒人はリーグに所属しない巡業チームや、「ニグロリーグ」(1920年に設立)と呼ばれる黒人リーグでしかプレイできなかった。
その歴史を破ったのが、1947年にブルックリン・ドジャースからデビューしたジャッキー・ロビンソンだ。
彼が初の黒人大リーグ選手としてどのような偏見と闘い、最終的に偉大なアスリートとして尊敬されるに至ったかは、映画(「ジャッキー・ロビンソン物語(1950年)」「42 〜世界を変えた男〜 (2013年)」)を見るとよく分かる。ロビンソンの背番号「42」は大リーグ全球団の永久欠番に指定されており、新人王にあたるルーキー・オブ・ザ・イヤーには「ジャッキー・ロビンソン賞」という別名が付けられている(ロビンソンが初代新人王だったことから)。それほど、ロビンソンは、アメリカ球界の歴史にとって重要な存在とされている。
「英語の話せない選手は顔とは言えない」のか
ホームラン・ダービーで捕手も務めた通訳の水原一平(左)。大谷の生活周りのサポートもしているという。
Mark J. Rebilas-USA TODAY Sports
ただ、大リーグにおける人種問題が完全に過去のものになっているかというと、そうではないだろう。そのことを改めて感じさせる出来事がホームラン・ダービーの朝に起きた。
大谷はインタビューや記者会見の際に通訳をつける。そのことを、ESPNの有名コメンテーターであるスティーブン・A・スミスが「英語の話せない大谷は、野球の顔とは言えない」「大リーグがテレビの視聴者数や、球場の観客数を伸ばしたいと考えているならば、野球の顔である選手が通訳を必要とすることは、助けにならないと思う」と述べたのだ。
この発言はその日のうちに大炎上、ジャーナリストたちからも「人種差別的だ」と激しく批判され、彼は即座に謝罪声明を出すことになった。謝罪の中でスミスは、
「大谷翔平はありとあらゆるスポーツのなかでも、もっとも素晴らしいスターのひとりだ」「アジア系コミュニティに対する暴力が起きている中、私のコメントは(傷つけることを意図した訳ではないけれども)明らかに無神経であったと思います」
と述べたが、その中で「黒人である自分は、ステレオタイプがいかに人を傷つけるかということを人一倍良く分かっている」と言ったことで、「こんな時に黒人カードを使うな」と、さらなる批判を呼ぶことになった。
ESPNの同僚記者ジェフ・パッサンは、翌日の記事の中で、「昨日のホームラン・ダービーは、スミスの発言がいかに的外れであったかを証明した」と一刀両断にし、さらに、
Because amid a frightening time in America for people of Asian descent, when so many have been subjected to reprehensible violence and mistreatment, Shohei Ohtani, a Japanese man, started his unprecedented, 24-hour stretch playing America's pastime with a bang. English, Japanese -- it doesn't matter the language. There's only one word for Ohtani, and it's not up for interpretation: amazing.
(アジア系の人々が恐ろしい思いをしながら過ごし、暴力や虐待を受けているアメリカで、日本人男性である大谷翔平が、(ホームラン・ダービーとオールスター戦という)24時間にわたる前代未聞の娯楽を華々しく提供してくれようとしている。アメリカ人の大好きな娯楽をだ。彼の話す言語が英語なのか日本語なのかはどうでもいい。彼のためにある言葉はただ一つ:「凄い」の一言だ)
としている。
パッサンとスミスは、翌13日の番組で、大リーグのマーケティングのあり方、球界に今もある人種差別、偏見について議論した。その中でパッサンは、「アメリカの球界は、1950年時点の、白人中心主義な文化に長い間とらわれてきた。それゆえに若い世代を惹きつけることができずにきたのだ」と指摘、「大谷のような人物は、この番組、この局、この国が腕を広げて温かく受け入れるべきなのだ。私たちは無知な考えを広める存在であってはならない」と述べた。
また彼は、自分の13歳の息子にとっては大谷の打つ巨大なホームランこそが大事で、大谷が試合以外の場所で何を言おうが言うまいが、そんなことはどうでもいい、彼はそのプレイを通して十分にファンに応えているとも述べている。
スミスは「大谷を侮辱するつもりではなく、英語も喋れない選手が大リーグの看板になることは野球のマーケティング上マイナスであると言いたかっただけ」という主張をしているが、これに対しては、「マーケティングという言葉を使うことによって、その根底にある白人至上主義やレイシズムを隠しているだけ」という批判が起き、NBCなどもそこを突いた記事を出している。
「アメリカ的」であるとは何か?
2020年7月、シティ・フィールドでの開幕戦前。選手やコーチたちが1本の黒いリボンを手に、黒人に対する差別への反対を表明した。
Brad Penner-USA TODAY Sports
野球はアメリカを代表するスポーツだが、では、「アメリカ的」であるとはどういうことなのか?
アメリカ的なスポーツを代表する人物はどんな姿形をし、何語を喋るべきなのか? 優れた選手でも、英語を喋らなければ「アメリカらしくない」ので大リーグの顔としては失格なのか? アジア系の男性は、アメリカ文化が前提とする「男らしさ」のイメージに当てはまらないからダメなのか? このような論争が、大谷の活躍とこのたびのスミスの発言で急に盛り上がった。
今回の話が炎上した理由は複数あると思うが、一つには、大谷の人気が桁違いであること、そして背景としてアジア系へのヘイト問題、ジョージ・フロイド氏事件以来のアメリカの人種問題への敏感さがあると思う。
過去1年で、人種をめぐるスポーツ界の姿勢は大きく変わった。フロイド氏事件の後には、NFL、NBA、MLS(メジャーリーグ・サッカー)、大リーグが軒並み人種差別反対を表明。全米オープンの時には、テニス連盟も人種差別への反対を打ち出し、大坂なおみが7つのマスクで示したように、人権問題に対する意見をコート上で表現することを選手たちに初めて許した。
大リーグでは2020年の開幕戦前、選手とコーチたち全員がベンチの前で整列し、1本の黒いリボンを手にして片膝をつき、黒人差別反対を訴えた。これは「白人中心のスポーツである野球も、ここまで来たのか」と感じさせる象徴的な場面だった。
オールスターがコロラド州で開催された訳
今春にも大リーグが人種差別について意見を明確にした出来事があった。
4月にオールスター・ゲームとドラフトの開催地をジョージア州アトランタから変更すると発表したのだ。理由はジョージア州の新しい投票制限法であったと見られている。変更が発表されたタイミングは、この新法が人種的少数派の投票を妨げる可能性があると批判の声が高まっていたまさにその時だったからだ。
大リーグのコミッショナーは「スポーツとしての我々の価値を示す最善の方法として、各方面との協議との結果、開催地変更を決定した」と述べていた。この結果、今年のオールスター・ゲームは、コロラド州デンバーで開催されることとなった。
このように最近のアメリカの球界には、他のスポーツ同様、多様性を良きものとする社会の流れについていこうとする変化を感じる。今これをやらないと、ファンがついて来なくなることを察してのことではないだろうか。そんな中で、大谷というアジア人のスターが登場したことは、大リーグにとってもプラスな気がする。
ホームラン・ダービーの日のニューヨーク・タイムズも、「大谷翔平は、まさにアメリカの娯楽が必要としているスター」と題した記事を出していた。記事では、人気に陰りが見える大リーグにとっても、コロナ禍で差別や暴力の被害を受けて傷ついているアジア系の人々にとっても、大谷の存在が支えになっていると指摘している。最も「アメリカ的」な娯楽が、一人のアジア人によって救われていると。
五輪開会式に見る日本の人権意識の遅れ
東京2020五輪の開会式。直前まで演出や音楽担当者の解任・辞任で揺れた。
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アメリカが大谷フィーバーに湧いているその頃、日本からは毎日五輪がらみのニュースが流れてきていた。特に、開会式寸前での小山田圭吾氏の辞任、続いて小林賢太郎氏の解任の背景については、英語でも広く報じられた。
今回の五輪は、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)をテーマに掲げ、公式サイトでも謳っている。
「多様性を認める」ということの大前提は、大多数と異なる特性を持つ人も排除せず尊重し、いじめや差別をなくすことだろう。にもかかわらず、今回相次いで発覚した問題には、ことごとくいじめや差別が絡んでいた。障がい者に対するいじめ、ホロコーストを笑いのネタにするという神経は、国際的に決して受け入れられるものではないが、それ以外にも:
- 開会式でタレントの渡辺直美をブタに変身させるという演出案
- 直前に開会式出演をキャンセルされたというセネガル出身のアーティスト
- 手話通訳がつかない開会式のテレビ放送
- 介助者の帯同が認められず、パラリンピック出場辞退に追い込まれた盲ろうの米競泳金メダリスト
- 五輪の報道センターにハラルフード(イスラム教の戒律によって食べることが許されている食べ物)の用意がなかったという話
など次々に出てくる話が示していたのは、日本の「人権意識」がいかに今日の国際的なスタンダードからズレているか、日本がいかにまだ多様性を受け入れる社会になっていないかということだったと思う。
聖火ランナーの最終走者だった大坂なおみ。「多様性の象徴」としてまつりあげられていた印象もある。
Rob Schumacher-USA TODAY Sports
開会式では、大坂なおみが聖火リレーの最終走者を、八村塁が旗手を務めた。彼らが日本の代表として前面に出たことは、両親の人種が異なるミックスの子どもたちにとっては励みになることだったと思う。
ただ報道で、「多様性の象徴として」という言葉が使われているのを目にした時には疑問を感じた。穿った見方かもしれないが、大坂や八村という分かりやすい「多様性の象徴」をまつりあげることで、あたかも日本ではダイバーシティ&インクルージョンが進んでいるかのような幻想を与えようとしているように見えたからだ。そもそも真の多様性とは、象徴など必要としないものではないだろうか。
大リーグ、NFLなどアメリカのスポーツ界も、長い間糾されることのなかった根強い差別を今やっと認め、「何をもってアメリカ的とするか」という問題に向き合おうとしている。その根底には、「今これをやらないと、世の中から取り残されてしまう」という危機感があると思う。その認識は正しいだろう。
残念ながら、東京五輪は本質的なダイバーシティ&インクルージョンの精神を示すものになっているとは思えないが、今回のさまざまな学びを基に、日本が真に多様性を認める社会を目指すことは今からでも可能だし、そうであって欲しいと思う。
(敬称略)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパン を設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny