2021年7月5日、Amazon.com(以下、アマゾン)の創業者であるジェフ・ベゾスがCEOを退任しました。後任にはAWS(Amazon Web Service)のCEOだったアンディ・ジャシーが就任しました。
1994年7月5日にガレージで産声を上げたアマゾンは、わずか27年でいまや時価総額200兆円に肉薄する規模の一大帝国へと成長しました。この時価総額は、本稿執筆時点で世界第4位です。
CompaniesMarketCap.com(2021年7月28日)をもとに編集部作成。
これほどの短期間でアマゾンを世界の時価総額ランキング4位にまで押し上げたベゾスの経営手腕はまさに神業ですが、同社の常人離れした成長ぶりから、アマゾンの経営をめぐっては“都市伝説”すら生まれています。
その最たるものが「アマゾンは利益を出さない」というものです。みなさんも耳にしたことがあるのではないでしょうか?
そこで本稿では、この都市伝説の真偽を検証しつつ、CEO交代のこの節目に改めてアマゾンという企業の成長の軌跡を会計とファイナンスの視点から考察していくことにします。
アマゾンは本当に利益を出してこなかったのか?
まず、アマゾンはこれまで本当に利益を出してこなかったのかを確認しておきましょう。
図表2は、1995年から2021年までのアマゾンの売上高と当期純利益の推移です。グラフ中の折れ線は、売上高当期純利益率(当期純利益÷売上高)を示しています。
これを一見するかぎり、売上高は指数関数的な伸びを見せているものの、当期純利益は横軸に貼りつくように推移していて、限りなくゼロに近そうに見えますね。たしかにこれならば「アマゾンは利益を出さない」と言われるのも道理です。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
時系列で振り返っていきましょう。
創業初期は7期連続で赤字。その後2000年代前半も、赤字もしくは利益が出たとしてもごくわずかという時期が続きました。
「アマゾンは利益を出さない」というイメージが定着したのは、おそらくこのころの業績を指してのことでしょう。加えて、この都市伝説を強化するような発言をベゾス自身が1997年にしています(※1)。
「利益は出ていません。出そうと思えば出せますけどね。利益を出すのは簡単です。同時に愚かなことでもあります。我々は今、利益になったはずのものを事業の未来に再投資しているのです。アマゾン・ドット・コムで今利益を出すというのは、文字通り最悪の経営判断だと言えます」
このベゾスの「利益を出すのは最悪の経営判断」という発言が独り歩きして、「アマゾンは利益を出さない」という都市伝説がまことしやかに囁かれるようになった可能性があります。
そんな状況に変化が見られ始めたのは2010〜2015年ごろのことです。分析の解像度を上げるために、この時期の売上高、純利益、純利益率を示したものが図表3です。2015年の売上高は約1000億ドル(約11兆円)と、この5年間でアマゾンは売上を3倍以上に増やして急成長を遂げました。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
アマゾンのこの驚異的な成長を受けて「アマゾンエフェクト」なる言葉が生まれたのもこの時期です。アマゾンエフェクトとは、アマゾンが進出する市場・業界には業績の影響や業態変化が起きる現象を指した言葉。つまり、アマゾンが参入する業界はことごとくディスラプト(破壊)されていくことを示唆しています。
また、2012年には「アマゾン恐怖銘柄指数」という株価指数も開発されました。アマゾンの事業拡大に応じて業績の悪化が見込まれるアメリカの小売関連企業銘柄54社以上から構成され、スーパーのウォルマート、会員制卸売のコストコ、家電のベストバイなどが含まれます。
実際、2017年にアマゾンがホールフーズを買収した際にはアマゾン恐怖銘柄指数が急落しました。アマゾンによるホールフーズ買収によって、伝統的な小売の業績が落ちると予想された結果です。
このようにジョークともつかないような言葉まで生み出されるほど、売上高を急増させて存在感を示してきたアマゾンですが、注意が必要なのは、この時期はまだ利益がほとんど出ていなかったということ。2012年と2014年に至っては赤字です。
しかし、そこからさらに時間が経過すると、近年では利益も大きく伸びてきました。図表4を一見すると、売上高があまりにも大きいために利益の伸びが視覚的には捉えづらいのですが、例えば直近の2020年度は、売上高3861億ドルに対して当期純利益は213億ドル(約2.3兆円)。日本企業でこの水準の利益を超えて実現しているのは、ソフトバンクグループ(2020年度の当期純利益は約5兆円)のみです。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
同じく2020年度のアマゾンの売上高当期純利益率は、約5.5%あります。アマゾンは、私たちに馴染みのあるEC事業のほかにAWSでも大きく利益を出しているため単純な業種比較は難しいものの、例えば日本における小売業の平均的な売上高営業利益率は2.8%、売上高経常利益率は2.6%です。また、日本のEC大手である楽天はどうかと言うと、直近の黒字だった2019年度の売上高営業利益率は5.8%でした(※2)。
これらと比べても、いまやアマゾンは「利益を出さない」どころか、十分に利益を出していると言えます。
以上は事実の確認です。これをもとに「アマゾンは利益を出さない」という都市伝説の真偽を判定するならば、創業から2015年ごろまではたしかに利益はほとんど出ていなかったものの、近年はもはやその指摘は当てはまらない、と言えます。
キャッシュは生んでいたか?
一時期はたしかに「利益を出さない経営」をしていたかに見えるアマゾンですが、解像度を上げて利益を見てみると、見え方が変わってきます。
確かに2012年や2014年の最終利益は赤字でした。では営業利益はどうでしょうか。図表5のように、利益が出ていなかった2010年代前半も、実は営業利益はすべて黒字でした。つまり、事業から生み出される利益では儲かっていたのです。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
さらにさかのぼってみても、アマゾンは2002年以降、営業利益では黒字を確保し続けています。決して業績が低迷していたわけではなく、「事業ベース」では利益を出し続けてきたのです。
そこで、こんな問いを立ててみることにしましょう。「アマゾンは、キャッシュは生んでこなかったのか?」と。この答えは「否」です。
図表6は、アマゾンの営業利益、純利益、営業キャッシュフロー(営業CF:営業活動によるキャッシュフロー)を並べたものです。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
先ほど見てきたように、アマゾンはたしかに2010年代前半はそれほど純利益を出してきませんでした。しかしこの間も、営業利益はもちろんのこと、営業CFは唸るほど生み出しています。
2020年度では純利益213億ドルに対し、営業CFは実に661億ドル(約7.2兆円(※3))。前回取り上げたソフトバンクグループは、2021年3月期に国内企業としては過去最高となる約5兆円の当期純利益を達成しましたが、その内容はほとんどが「含み益」でした。それと比較すると、「キャッシュ」で661億ドルも稼ぐアマゾンのすごさがお分かりいただけるのではないでしょうか。
何をもって「儲かっている」と呼ぶかは言葉の定義次第ですが、少なくともアマゾンという事業体は、たとえ最終的な利益が赤字のときでも、事業ベースでは黒字を維持するとともに、キャッシュフロー自体は生み出し続けてきたのです。
図表7は、売上高に占める営業利益、純利益、営業CFの比率を比較したものです。これを見ると、利益率が低い時期でも、売上高に占める営業CFの比率は常に6%以上を確保してきたことが分かります。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
営業利益と当期純利益の差額は、主に金利と税金の支払いによるものです。では、当期純利益と営業CFの差額は何に起因するのでしょうか?
営業CFがプラスになる秘密
アマゾンの当期純利益と営業CFの差分が何によって生じているのかを検証するために、最終赤字に終わった2014年度を例にとって考えてみましょう。
この期のアマゾンの純損失は2.4億ドルだった一方で、営業CFは68.4億ドルでした。差額は70億ドル以上、日本円にして7600億円超(※4)です。この差はどこから来るのかという謎を解くために、純利益から営業キャッシュフローまでの変遷を分析してみたのが図表8です。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
ご覧のとおり、左端は純損失2.4億円から始まるものの、減価償却(※5)などキャッシュアウトのない費用を主に調整することで、なんと約61億ドルものキャッシュが生み出されています。
アマゾンのすごさが分かる指標「CCC」
またアマゾンの営業活動に関して言えば、もうひとつ特筆すべき点があります。
この連載の第17回をお読みいただいた方なら、「キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)」という言葉をご記憶かもしれません。
CCCとは、事業活動を通じて仕入れから販売、現金回収に至るまでの日数を見る指標です。事業活動からなるべく早くキャッシュ化できたほうが資金繰りは楽になりますから、CCCは短い方が望ましいとされ、次のような式で計算することができます。
CCCについての詳細な説明は連載第17回に譲るとして、一般的にCCCはプラスの値になるケースが大半です。まずは仕入れ代金の支払いが発生し、そのあとで売れた製品・サービスの売掛金が回収できる、ということですね。
CCCがプラスということは、仕入れから入金までの期間に資金の不足が生じるため、その間の運転資金が必要になることを意味します(図表9)。
(出所)筆者作成
しかしアマゾンの場合は違います。CCCがなんとマイナスなのです。つまり、仕入れ代金の支払いを行うより1カ月以上も早く、売掛金を回収できているということです(図表10)。
(出所)アマゾンの2020年度の決算書より筆者作成。
アマゾンはなぜそれほどキャッシュリッチなのか
なぜアマゾンはこのようなことが可能なのでしょうか?
理由は主に2つ考えられます。第一に「マーケットプレイス」の存在です。マーケットプレイスとは、外部のEC事業者が、アマゾンを通じて自社商品の在庫管理、倉庫保管、配送、販売を行うことを可能にするしくみのことです。
筆者/編集部作成;Illustration/Shutterstock
CCCがマイナスであることの理由を探る論考では多くの場合、「マーケットプレイスというビジネスモデルにこそからくりがあるのだ」との説明がなされます(※6)。
アマゾンはもともと、自社で商品を仕入れて在庫を持ち、ECを通じて販売するというビジネスをメインにしていました。この場合、アマゾンは自社で在庫リスクや販売リスクを抱えることになります。
しかし近年ではマーケットプレイスを通じた販売が増えてきて、2019年時点でマーケットプレイスでの販売数は全体の40%を超えていると言われています(一部の試算では過半数を超えているとも言われています)(※7)。
マーケットプレイスを通じて売買された商品の代金は、いったんアマゾンに入り、その後アマゾンから売り手に支払われるそうですが、この間の滞留時間が長いためにCCCがマイナスになるのだ——これが、「アマゾンのCCCはなぜマイナスなのか」という疑問に対して巷間で一般的に使われる説明です。
ただし、こうした説明の大半が推測に基づいたものです。秘密主義であるアマゾンの実態については、決算書に書かれている以上のことはよく分かりません(※8)。アマゾンのマーケットプレイスを通じて行われた取引の代金は、14〜30日ほどで出品者に支払われているとする見方もあります(※9)。
もしこれが本当ならば、先の図表10にもあるとおりアマゾンの仕入債務回転日数は90日超ですから、この日数の長さを説明するのに「マーケットプレイスがあるから」というだけでは証拠不十分となってしまいます。
では、マーケットプレイス以外でこんなにも仕入債務回転期間が長い理由は何なのでしょうか?
それが2つ目の理由となる、EC事業者への支払条件の長さです。アマゾンの年次報告書(Form 10-K)(※10)には、次のようなことが書かれています。
当社は通常、小売業者との間で、お客様から売上の代金を回収するのに必要な期間を超える支払い条件を設定しています。そして、年末商戦の結果、毎年12月31日時点での現金・現金同等物および市場性有価証券の残高は、投資活動や財務活動によりもたらされた、もしくは使われたキャッシュフローを除き、通常、最高水準に達します。
以上の点を整理するとこうです。
第一に、アマゾンは通常時から売上代金を回収するまでの期間以上の支払い条件を取引業者に課している。第二に、アマゾンの本決算である12月末は、年末商戦の時期とも重なって1年で最も買掛金が膨らむ——主にこうした要因が相まって仕入債務回転期間が長くなり、結果としてCCCがマイナスになるのだと考えられます。
これは推測ですが、おそらく11月のブラックフライデー(アメリカの祝日である感謝祭を狙ってアマゾンが開催するセールのこと(※11))と年末のクリスマス商戦を含めた年末商戦のため、アマゾンは9月から10月にかけて在庫を増やしていくのでしょう。一方で、出品者への支払いは商品購入者からアマゾンへ入金された後になるため、12月末時点では特に仕入債務回転期間が長く出ているのだと考えられます。
以上のように、アマゾンのCCCがマイナスの理由としては、マーケットプレイスの存在と、EC事業者に対する支払条件の厳しさ(※12)といったことが考えられます。
このように、「資金繰り」という点でもアマゾンは圧倒的に有利な立場にあります。このことが営業CFに大きく貢献していることは言うまでもありません。
例えば2014年度は、営業資産の変化等からアマゾンは約10億ドルのキャッシュを生み出しています。たとえ2.4億ドルの純損失を計上していても、この営業資産の変化(つまり、その多くはCCCがマイナスであることによる貢献)があるおかげで、莫大なキャッシュを生み出せます。これに加えて減価償却等もあるため、結果的にアマゾンの営業CFは図表8で見てきたとおり68億円ものプラスになるのです。
このことは他の年度に関しても当てはまり、アマゾンの営業CFは2002年以降、常にプラスで推移しています(図表12)。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
では、その営業CFをアマゾンはいったい何に使ってきたのか……この疑問については、次回詳しく探っていくことにしましょう。
※1 桑原晃弥『ジェフ・ベゾスはこうして世界の消費を一変させた——ネットビジネス覇者の言葉』PHP研究所、2013年。
※3 1ドル=109円で換算。
※4 7600億円は現在の1ドル=109円の為替レートをベースに換算した数字ですが、2014年当時(1ドル=120円)のレートで換算するとおよそ8400億円になります。
※5 ここで言う減価償却とは、「ウェブサイトの開発およびソフトウェアを含む資産および設備の減価償却並びにその他の償却(Depreciation of property and equipment, including internal-use software and website development, and other amortization)」を指します。
※6 例えば成毛眞『amazon 世界最先端、最高の戦略』(ダイヤモンド社、2018年)では、アマゾンのCCCがマイナスになる要因をアマゾンマーケットプレイスにあると推測しています。
※7 「変化するAmazon、「マーケットプレイス」へ資源をシフト:時代遅れとなる小売の中間業者」(DIGIDAY、2019年2月18日)、瀧川正実「アマゾン日本事業の売上高は約2.2兆円【Amazonの2020年実績まとめ】」(impress BUSINESS MEDIA、2021年2月9日)。
※8 例えば、成毛眞『amazon 世界最先端、最高の戦略』(ダイヤモンド社、2018年)はアマゾンのCCCがマイナスになる理由として「預り金」の存在を指摘しています。しかしアマゾンのB/S(貸借対照表)には「預り金」は存在しないことから、ここで言う「預り金」はおそらく買掛金を意味するaccount payableに含まれていると推測されます。
※9 例えばこのサイトによれば、アマゾンの入金サイクルは14日と解説されています。もちろん、この代金の支払いにかかる日数が、アマゾンに売上が入金されてからなのか、それとも売り上げた時点から計算されるのかは定かではありません。仮にアマゾンに入金されてからEC事業者への支払いが14日〜30日かかるとしたら、EC事業者の受け取りはさらに日数がかかることになります。また、実際にアマゾンのサイトでも「Amazonがお客様から支払いを回収し、売上金を原則2週間おきに出品者様にお支払いします。」と書かれています。
※10 AMAZON.COM, INC. FORM 10-K
※11 「2020年末Amazonが贈る5日間のビッグセール『Amazonブラックフライデー&サイバーマンデー』」(2020年11月20日)
※12 このことは、専門用語で「アマゾンはバーゲニングパワーが強い」と言います。これは連載第19回で解説したファイブフォース分析における買い手の交渉力が強い状況と言えます。
※次回は、7月30日(金)に公開予定です。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ 代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。