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未曾有の金融危機が起きたあとのアメリカの消費者マインドのシフトを描いた『ヒップな生活革命』を執筆していた2014年に、「バイコット」という名のアプリが登場した。いわゆるボイコット(不買運動)にちなんで「バイ(買う)」をかけた造語には、購買による意思の表明を示唆していたが、一般的に流通している商品に付帯されたバーコードの写真を撮ると、その企業の方針がわかる、というアプリだった。
当時はまだ、リーマンショックと呼ばれた危機によって明るみに出た金融企業のやりたい放題への衝撃が醒めやらない時期だった。その頃食品のリコールが立て続けに起きるなど、食の安全をめぐる企業の方針に不信感も生まれていて、自分がお金を支払う企業の方針を知りたいと思う消費者マインドに呼応したこのアプリが、自分の周りではずいぶん話題になったものだった。
いざ使ってみると、大手食品・飲料会社や日用品メーカーの大半が、なんらかの環境破壊や人権侵害に直接的・間接的に加担していることがわかり、買い物の仕方を真剣に考えるようになった。
当時は「何も買えない」という気持ちになったりもしたが、それからソーシャル・エンタープライズ(社会的な目的を持った企業)や持続性の高い商習慣で認証を受ける「Bコープ」を含む新たなプレイヤーがどんどん登場し、少しずつ環境破壊や人権侵害に加担しない「罪悪感のないお金の使い方」の実行可能性は徐々に高くなってきた。
何かを買うときに一つひとつ精査する。新品や使い捨て商品よりも、寿命が長いもの、中古や再生素材で作られたものを、プラスチックよりも紙やガラスを、化繊よりも天然素材を、輸入よりもローカルを、と一つひとつ選択していく。選択肢があれば、メーカーや小売企業の方針を比べ、どちらがより良い企業なのかを考える。
面倒くさい作業でもあるが、ゴミや無駄、買うことにまつわる罪悪感は減る。数年前までエシカルや再生資材は高い、が定説だったが、市場の要求もあってか、競争は増え、徐々に手にしやすい価格に落ち着いてきた。こうしたこともバイコット、つまり応援経済という概念が浸透したことの結果である。
エッセンシャルワーカーの労働環境も重視
新型コロナウイルスによって、エッセンシャルワーカーの労働環境に注目が集まった。
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こうした状況の中、起きたのが今回のパンデミックだった。日本と違ってアメリカでは初期のロックダウンに始まり、多くの企業がほぼ無期限の在宅勤務体制に切り替えた。
この新しい世の中で労働者は、非常事態の最中にも仕事に出る「エッセンシャルワーカー」とそれ以外の人に分かれた。前者は「エッセンシャル」とみなされた医療、小売、物流などの業界の労働者で、在宅で仕事ができることは「特権」だという認識が広がった。
こうした新たな現実は、エッセンシャル事業の労働環境にスポットライトを当てた。例えばスーパーの業界でも、労働者を守るためにどんな安全政策を敷いているか、特別手当を支払っているかといった労働条件に注目が集まり、労働者を守り、正当な賃金を支払っているスーパーで買い物をしようという気運が高まった。
それまでも起きていた最低賃金引き上げの議論が再燃し、コストコのように賃上げを発表する企業が現れた。多くの企業で組合を組織しようという機運が高まり、成功には至らなかったものの、アマゾンの配送センターで働く労働者たちによる組合結成の動きが注目を集めた。
パンデミックが起きたこと、またその最中にもハリケーンや山火事など自然災害が多数起き続けていることで、気候変動に対する危機感はさらに高まった。大企業に対しては、積極的な環境対策を取るようにという世論からのプレッシャーも高まる一方、社会責任志向の強い企業は、これを企業バリューとしてこれまで以上に喧伝するようになった。
『Weの市民革命』では、こうしたさまざまな事例をまとめたが、アメリカの事情をルポするのは、日本でも迫りくる気候変動についての理解を促進し、低賃金や非正規雇用による貧富の差といった社会課題に対応するためのヒントにしてほしいという思いがあるからだ。
ベターな選択のための多大な努力
日本で環境にも倫理的にもいい商品を買おうとすると、価格という問題がつきまとう。
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とはいえ、自分は日本の生活者ではない。アマゾンで買い物をしないでほしい、個人商店や労働者を大切にする企業で買い物をしよう、労働環境改善のために声を上げようと呼びかけることはできるが、現実的に、例えば何かを買う際に、どの企業から買うべきか、といったことまでフォローするのは難しい。
パンデミックが起きたことで帰国が難しくなり、本のプロモーションも兼ねてZoomで開催するようになった「おはなし会」では、こうしたことが話題にのぼった。自分の本を読んでくれる人たちが、日々プラスチックにくるまれた野菜や、毎日使う化粧品のプラスチック容器に罪悪感や無力感を抱えながら、できるだけ環境破壊や人権侵害に加担することを避けるために、またジェンダー不平等や低賃金といった社会課題の解決に貢献するために、無数の企業や商品の中から「ベターオルタナティブ」を探すべく、多大な努力をしていることを知った。
読者たちが教えてくれる情報には、日本の生活者でない自分が知らないことも多い。そこで学んだことをより広い読者とシェアするために、「おはなし会」を定期的な「編集会議(現在は編集経験のない人たちが参加しやすいように「よりあい」と呼んでいる)」にするうちに、個人的に配信していた会員向けニュースレター「Sakumag」は、いつしか双方向メディアになった。編集会議の外でも日常的に情報を交換できるようにと、Slackを使った掲示板も立ち上げた。
ボイコットとバイコットは表裏一体
新疆ウイグル自治区で栽培され、世界中で使われている「新疆綿」に関しては、中国政府によるウイグル民族に対する人権問題が指摘されている。
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今Sakumagの掲示板では、日々、さまざまな情報がシェアされている。選挙や政治、また行政による取り組みについての情報交換も多いけれど、圧倒的に多いのは「ベターオルタナティブ」を探すための情報だ。
SDGsを標榜していると言いながら、SDGsの17分野に入っているジェンダー平等という目標にはまったく無頓着に男性優位を貫く企業が多いなか、不平等解消を積極的に目指している企業、ウイグルの強制労働の問題やミャンマーの市民運動抑圧を受けてサプライチェーンに変更を加えた企業、プラスチック廃棄を減らし、リサイクルを増やすために積極的な企業、LGBTQのパートナーに異性夫婦と同様の権利を認めている企業、紛争鉱物や「美白」という言葉を排除した企業を見つけ、応援する。そしてSlackに上がる情報を、ニュースレターとして発信する。
社会の進化に興味のない企業にお金を使うことを避け(ボイコット)、社会貢献に本気で取り組む企業を応援する(バイコット)は表裏一体で動いている。
『Weの市民革命』刊行直後のインタビューでは、「エシカル消費は日本ではまだまだ浸透しづらいのでは?」という質問を受けることが多々あったけれど、こうした情報が積極的にシェアされ、購買行動に反映されてゆく様を見ていると、エシカル消費者のやる気と忠誠心に感嘆し、「できることは必ずある」という気持ちになってくる。
一方で、日本のスーパーなどに買い物に行くと、レジ袋は有料でも相変わらずプラスチックや個別包装、使い捨ての商品の多さに面食らい、まだまだエシカル消費者の受け皿が少ないことを痛感する。これは企業にとっても大きな機会の損失だ。Sakumagのメンバーの中には、企業人も多い。掲示板は、企業内アクティビストとも呼べる人たちが意見を募ったり、社内での改革を進めるためのハードルや悩み、モヤモヤをシェアする場所としても機能している。
五輪によって気づいたこと
企業の五輪への姿勢がこれまでにないほど注視されている東京五輪。経営者が開会式に出席するかどうかまで話題になった。
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発足してわずか半年強の間に、Sakumagはアクション志向のコレクティブ(集団)に成長した。
五輪のパブリックビューイングが計画通り進められようとしている時には手分けして行政に働きかけ、企業サイトに会長によるヘイト発信を掲載しているDHCの商品を売る企業や五輪のスポンサー企業に送るための消費者アンケートを実施した。
五輪の実施を前に、現役の看護師であるメンバーが医療の現場の声を集め発信する「Voices of Nurses(看護師たちの声)」というアカウントを立ち上げ、海外メディアから取材を受けたりもしている。
障がいとともに生きるメンバーが、病気や障がいを抱えて生きる人たちに食糧を届けたいという気持ちで立ち上げた「ふうちゃんのつながるプロジェクト」は、第一弾として、外食産業の営業自粛により余剰が出ている北海道東川町のゆめぴりかを希望者に発送しようとしている。それぞれのプロジェクトには発起人がいて、メンバーたちがそれぞれの専門性や視点を生かしてそれをサポートする。
今年6月には、『Weの市民革命』の版元・朝日出版社が、下北沢の書店B&Bが主催する本のイベント「ブック・ラバーズ・ホリデー」に出したブースに便乗して、コレクティブとして初の刊行物「We Act!」をリリースした。ジェンダー、環境、政治、人権など7分野で、メンバーたちが、半年ほどの間にとったアクションと結果を集めたものだが、SNSでシェアしただけで、全国の書店から注文が入り、刷った800部が3週間以内に売り切れた。
私たちの力はまだまだ小さいけれど、「できることからやりたい」という気持ちはより広い社会にシェアされているのだと実感している。
先日、友人と神社に散歩に行った際に、お賽銭用の小銭が切れていた。自動販売機で小銭をつくるか、となったときに、友人がコカ・コーラ社の自動販売機をスルーし、アサヒ飲料の商品を除外して、飲み物を選んでいた。
言うまでもなく、今回の五輪開催を受けて、スポンサーであるコカ・コーラ、アサヒビールの関連会社にはお金を使わないと決めたようだ。日本には「バイコットとボイコットは浸透しない」と言われ続けてきたが、五輪のおかげでようやく購買により選択的になる消費者が増えるのだと期待している。
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や「SakumagZine」の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。