創業からわずか27年で時価総額世界4位にまでのぼり詰めたアマゾン。
2021年7月5日には創業以来同社を率いてきたジェフ・ベゾスがCEOの座を退き、代わってアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のCEOだったアンディ・ジャシーが、従業員数120万人を擁する一大帝国を率いることになりました。
そんなアマゾンの経営スタイルをファイナンス的な側面から見てみると、際立つのは「キャッシュを稼ぐ力」です。
前回は、創業初期から直近にいたるまでのアマゾンの純利益と営業活動によるキャッシュフロー(営業CF)の推移を概観してきました。
図表1からもお分かりのとおり、アマゾンは最終利益をほとんど出していないか赤字に陥っていた年度ですら、潤沢な営業CFを稼ぎ出してきました。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
そうなると俄然気になるのが、「アマゾンは営業活動を通じて稼いだ営業CFを、いったい何に使っているのか?」という疑問です。
この疑問に対する直接的な答えとしては、おそらく多くの読者がお察しのとおり、アマゾンは営業CFの大半を「投資」に注ぎ込んできた、というものです。
ではさらに一歩踏み込んで、アマゾンはいったい何に投資をしてきたのでしょうか?
本稿では、アマゾンの投資戦略について、会計とファイナンスの視点から詳しく分析していくことにしましょう。
アマゾンが最重視する経営指標とは?
前出のグラフは純利益と営業CFの推移を示したものですが、これに投資CFを重ねて合わせたものが図表2です。ご覧のように、唯一の例外である2017年を除くと、2006年以降は軒並み、営業CFが投資CFを上回っています。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
アマゾンに関してはよく、「利益のほとんどを投資に回している企業だ」という言われ方をされるのですが、正確を期すならば「利益のほとんどを投資に回している」のではなく、「営業利益以上に稼ぎ出している営業CFのほとんどを投資に回している」ということになります。
営業CFと投資CFが登場したところで、「フリーキャッシュフロー(FCF)」も見ておきましょう。
FCFとは、企業が稼ぎ出したキャッシュ(営業CF)から、事業の維持や投資に必要なキャッシュ(投資CF)を差し引いたものを言います(※1)。つまりFCFとは、事業活動を通じて企業に残り、自由に使えるお金という意味です。
FCFがプラスであれば、その企業は銀行等の債権者に返済をし、株主に資金を還元したり、さらに投資にキャッシュを回したりする余裕があることを意味します。
これは、連載第9回でお話ししたキャッシュフロー計算書(C/S)の8つのパターンで言う「安定型」。つまり、本業で稼いだキャッシュの範囲内で投資等に回せているという、企業が成長するには最も理想的な状態を維持できているということです。
では、アマゾンのFCFの推移を見てみましょう(図表3)。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
いかがでしょうか。2006〜2020年の15年間で、FCFがマイナスになったのはわずか1回だけ。つまりほとんどの期間において、アマゾンは営業CFに収まる範囲内で投資を続けてきたという、ファイナンス的には超がつくほど優秀な企業なのです。
ちなみに、2017年にFCFがマイナスになっているのは、この年アマゾンは137億ドルものお金を使ってホールフーズを買収したためです。さすがにこの年だけは、プラスのFCFを維持できなかったようです(※2)。
「FCFがプラス」という状態がこれだけきれいに並ぶのは、もちろん偶然ではありません。
例えば、直近のアマゾンの四半期決算説明資料の冒頭では図表4のようなFCFのグラフが示されており、そこには「Long Term Goal – Optimize Free Cash Flows(長期の目標:FCFの最適化)」と書かれています(※3)。
ジェフ・ベゾスは1997年以来2021年に至るまで毎年「株主への手紙」を書いてきましたが、毎年のようにこんなことをしたためています(以下は1997年のもの)。
GAAP(一般に公正妥当と認められた会計原則)の見栄えをよくするか、将来生み出すキャッシュフローの現在価値を最大化させるかのどちらかを選べと言われたら、我々はキャッシュフローを選びます。(筆者意訳)
When forced to choose between optimizing the appearance of our GAAP accounting and maximizing the present value of future cash flows, we'll take the cash flows.
つまりアマゾンは1997年以来、会計上の利益ではなくキャッシュフローを重視し、その結果として、世界屈指の時価総額を誇るまでに成長してきたということです。
ファイナンスと会計の違いについて、私は本連載の第1回で「ファイナンスは未来で、会計は過去」と述べました。ですが実は、これと同じくらい重要なことがもうひとつあります。
それは、「ファイナンスはキャッシュフローを重視し、会計は利益を重視する」というものです。換言すると、キャッシュフローを重視するアマゾンの姿勢は、極めてファイナンス的な発想なのです。
このように、アマゾンの決算を理解するうえでは、会計的な視点に加えてファイナンス的な視点が極めて重要です。ベゾスはファイナンス的な視点を持って経営をすることで、アマゾンの企業価値を最大化させることに成功してきたと言えるでしょう。
会計上の利益は必ずしも計上していなくても、常に営業CFを生み出し続け、多くはその範囲内で投資を行いながら、堅実に成長する——アマゾンの経営は、言うなれば「ファイナンス志向の経営のお手本」のようなものなのです。
アマゾンは何に投資してきたのか?
では冒頭の疑問に戻って、アマゾンはこれほどの額を何に投資してきたのでしょうか?
実はここが少し複雑です。というのも、「投資」に関して会計上ははっきりとした定義がないからです。
こう言うと「そんなバカな、投資CFを見ればいいじゃないか」という声が聞こえてきそうです。
確かに多くの場合、企業の投資はキャッシュフロー計算書(C/S)の投資CFに現れます。ただしアマゾンの場合、毎年の損益計算書(P/L)に計上される売上高の10%以上を占める「研究開発費」も立派な投資なのです。
そこで本稿では、P/Lに計上される研究開発費とC/Sに計上される投資CFを足し合わせたものをアマゾンの「投資」と捉えることにします。この定義のもとでは、アマゾンの投資額の推移は図表5のとおりです。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
あわせて、売上高に占める投資の割合も確認しておきましょう(図表6)。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
このように、アマゾンにおける「投資」とは投資CFがすべてではありません。むしろ、P/Lに計上される「研究開発費」が最大の割合を占めており、2020年は427億ドル(4.6兆円以上)を注ぎ込んでいます。
アマゾンが投じる研究開発費は製薬メーカー並み
ここで言う研究開発費は、アマゾンの決算書では「Technology and Content」と表現されています。
Technology and Contentとは(※4)
新旧のサービス、製品、開発、デザイン、店舗の維持、情報の収集、オンラインストアに利用されるサービスや製品の展示、およびインフラコスト(※5)に関係する従業員への支払いや関連支出
アマゾンは近年、研究開発費に多額を投じており、売上高に占める割合はおおむね上昇トレンドにあります。2020年度は11.1%という水準でした(図表7)。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
ちなみに、売上高に占める研究開発費の割合が大きい業界としては、例えば医薬品製造業が挙げられます。日本の医薬品メーカーの平均は11%ほど(※6)。つまりアマゾンは、日本の医薬品メーカー並みに研究開発費を投じているということです。
さらに言えば、アマゾンの研究開発費の絶対額はなんと世界一です。他のGAFAMや日本で最も研究開発費をかけているトヨタ、あるいは国内の製薬メーカーで最も研究開発費の多い武田薬品と比べても、その値は圧倒的です。
(注)トヨタと武田の値は1ドル=109円で換算。
(出所)各社の2020年度の決算書より筆者作成。
なお、製薬メーカーのように研究開発費が大きい企業では、営業利益に研究開発費を加えた「研究開発費前利益」を決算説明資料や中期経営計画などに記載することがあります。研究開発の要素を除いた場合の収益性を投資家に示すためです。
試しに、これにならってアマゾンの研究開発費前利益と研究開発費前営業CFを計算すると、図表9のようになります。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
これを見ると、売上高に占める研究開発費前利益の割合は2010年代前半であっても10%前後、営業CFに至っては15%前後あります。
つまりアマゾンは、世間的には「利益を出していない」と思われていた時期ですら、十分に利益とキャッシュフローを生み出せるビジネスモデルを築いていたということです。この潤沢な営業CFを、投資(つまり研究開発費と投資CF)に注ぎ込みながら驚異的なスピードで成長してきた——それがアマゾンの実態です。
2020年における研究開発費前営業CFは、実に1088億ドル(約11.9兆円)。そのうち1024億ドル(約11.2兆円)、つまり研究開発費前営業CFのほとんどを投資(AWSなどのインフラ投資を含む研究開発費が41%)に回しています。
このアマゾンの成長の仕方は、最近のスタートアップとは一線を画します。この連載でも過去に扱ったメルカリやSlackの成長の仕方は、売上高の40〜50%を広告宣伝費に注ぎ込み、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を上げることで成長するというものでした。
一方のアマゾンはというと、売上に占めるマーケティング費用は2010年代前半で3〜5%ほど。近年でも5〜6%程度にとどまります(図表10)。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
一般的に、ECを含む通販やサービス業の広告宣伝費は売上に対して15〜20%ほどと言われています。特にECビジネスは物理店舗を持たないため、事業を成長させるには広告宣伝が非常に重要になるからです。例えば楽天は、過去10年で平均14.5%、直近3年では平均18%に達します。
そう考えると、アマゾンの「5〜6%」という数字がいかに小さいかがよくお分かりいただけるでしょう。広告宣伝費を抑えた分、研究開発費をはじめとする投資に営業CFの多くを回すことで成長をし続けてきたというわけです。
先ほど、アマゾンは「研究開発費前営業CFのほとんどを投資に回している」とお話ししましたが、その投資の41%を振り向けているのが、実はAWSなどのインフラ投資です。
現在のアマゾン全体の売上高のうち、AWS事業が占める割合は12%前後ですが、営業利益に占めるAWS事業の割合はなんと59%にも及びます。
実際、ここ数年はAWSの利益の貢献によってアマゾンの利益の絶対額自体も急激に増えています。
2021年7月5日、ジェフ・ベゾスに代わってアマゾンCEOの座を引き継いだアンディ・ジャシーは、AWSの元トップです。これだけ多くの利益をアマゾンにもたらしてきた人物ですから、当然この先も、AWSへさらなる投資を続けていくことでしょう。
パーソナルコンピューターの開発から始まったアップル。検索で事業を興したグーグル。そして、ネット書店から始まったアマゾン。
これらはみな「GAFA」と称されるITジャイアントですが、近年の各社の主だった事業を概観してみると、スタート地点からの“山の登り方”は違えど、たどり着いたプロダクトの方向性は驚くほど似ています(図表12)。
とはいえ、OSではアップルとグーグルが、タブレットではアップルが、そして動画ではYouTubeを有するグーグルが有利な状況にあります。消費者により近い「下流」では、アマゾンは必ずしも存在感を示せているわけではないのです。
しかし、アマゾンの強みはそこではありません。EC事業の支えとなる物流や、AWSに代表されるクラウドビジネスにおける「上流」を、しかも「自前で」押さえている点にこそアマゾンの強みがあります。
上流を押さえているということは、言い換えればB to Bが圧倒的に強いということ。例えばネットフリックス(Netflix)、ズーム(Zoom)、スラック(Slack)といった伸び盛りのIT企業はすべて、AWSの上で動いています。
アマゾンがなぜ、これほど莫大な金額をAWSなどのインフラに投資するのか——それは、「上流」のインフラを押さえるためです。
長い時間をかけて多額の投資をしてきたことで、アマゾンは物流を制し、いまやクラウド市場でシェアNo.1となったAWSで“クラウド上の物流”をも制しました。これはいわば、オセロの四隅をすべて押さえているようなものです。
実際、2020年度の売上高増加率を見ても、GAFAの中ではアマゾンが群を抜いています。GAFA中最大の売上を誇るアマゾンが、最も速いスピードで成長しているというのは、まさに驚異としか言いようがありません(図表13)。
(出所)各社の2020年度の決算書より作成。ただし、グーグルについては、グーグルの親会社のアルファベットの決算書を用いているが、分かりやすさを考慮してグーグルと表記している。
ベゾスが30年近くかけて築いた今日のアマゾンを、ジャシーはこれからの10年、20年、30年かけてどれほどの高みへと押し上げるつもりなのでしょうか。新CEOの手腕を、世界はしばらく固唾を飲んで見守ることになりそうです。
※1 FCFには、営業CFと投資CFを合計する計算方法以外にも、次の計算方法があります。
「営業利益×(1−実効税率)+減価償却費−設備投資額−正味運転資本増加額(ワーキングキャピタル)」
この計算式と営業CFと投資CFを合計するのとでは、FCFは必ずしも一致しません。その理由としては、(1)税金の額が異なる、(2)投資金額の定義が異なる、といったことが挙げられます。
また、アマゾンの決算書では、FCFを次のように定義しています。「FCFは、営業活動CFから、有形固定資産の購入額(売却やインセンティブによる収入や優遇策)を差し引いたものです(Free cash flow is cash flow from operations reduced by “Purchases of property and equipment, net of proceeds from sales and incentives.”)。つまり、こちらのFCFの定義では投資CFにおける有価証券への投資は、FCFに反映されていないことになります。ただし本文で後述されるとおり、ホールフーズへの投資等多額の投資を有価証券の購入を通じて行っていることもあるので、本稿ではFCFの定義を「営業CF+投資CF」としています。
※2 なお、P/Lに計上される研究開発費は営業CF内にすでに反映されているため、ここでのFCFの増減には影響を与えません。
※3 決算説明資料に加えて、アマゾンの決算書には次のことも書かれています。「財務面では、フリーキャッシュフローの長期的かつ持続的な成長に焦点を当てています(Our financial focus is on long-term, sustainable growth in free cash flows.)」
※4 Amazon.com, Inc., “FORM 10-K the fiscal year ended December 31, 2020.”
※5 インフラコストには、サーバー、ネットワーキング設備、データセンター、地代、光熱費、そしてAWSやアマゾンの事業を支えるのに必要な支出も含まれています。
※6 総務省「我が国の企業の研究費と売上高」2020年4月13日。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。