2021年4月、米ロードアイランド州プロビデンス(人口約18万人)の街角にて。貧困対策が大きな課題となっている。
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(以下は米ロードアイランド州プロビデンスのホルヘ・エロルザ市長による寄稿)
1964年1月、当時のリンドン・ジョンソン大統領はアメリカの「貧困との戦い」の始まりを宣言し、次のように述べた。
「我々の目指すところは、貧困の症状を和らげるだけでなく、それを治療し、何より未然に防ぐことである」
ジョンソン大統領が始めた戦いは、野心的かつ根源的な取り組みではあったが、国として何をどこまで達成できるのかという現実について、きわめて楽観的だった。
そこでは、すべてのアメリカ国民が繁栄を享受するのに十分な安定と機会を得られる未来が想定されていた。
ところが、この数十年の間に、「貧困との戦い」はむしろ「貧困者との戦い」になり果ててしまった。われわれの社会は、ジョンソン大統領が想像していたような機会と安定を低所得者に提供する代わりに、助けを必要とする隣人を敵と見なす過ちを犯したのだ。
これから貧困との戦いを進めていくために、われわれはまず、貧困とは何であるかをしっかりと理解しておく必要がある。
すなわち、貧困や経済的不安定は、社会からとり残されたコミュニティに対するシステムとしての投資不足の結果であって、個人の失敗によるものではないということだ。
システムの失敗だからこそ、いま求められているのは自助努力を促したり、応急手当をしたりではなく、低所得層を対象とする大胆な介入策である。
また、もうひとつ明確にしておかねばならないことがある。
それは、この戦いの最前線で戦うのは、政治家や政策立案者ではなく、貧困にあえぐ人々自身ということだ。
最前線で戦う兵士として、貧困に苦しむ人とその家族、彼ら彼女らをとり囲むコミュニティは、敵(である貧困)およびそれに打ち勝つために必要とされることに関する専門家と言える。
われわれがやらねばならないのは、そうした人々やコミュニティからもたらされる(貧困にまつわる)専門知識に注意深く耳を傾け、彼ら彼女らが必要とするリソースを確実に提供することだ。
ロードアイランド州プロビデンスの市長として、私が「ギャランティードインカム(Guaranteed Income=収入保証)」実証実験の開始を発表した理由もそこにある。
実証実験では、貧困にあえぐプロビデンスの110世帯に対し1年間、毎月500ドル(約5万5000円)を支給する。必要な資金はすべて慈善団体からの拠出でまかなわれる。
定額支給による低所得者支援を行って終わりではなく、ペンシルベニア大学のギャランティードインカム・リサーチセンターの研究者らによって厳密な評価分析が行われ、受給者とそのコミュニティに与える影響を把握するためのデータとして役立てられる。
カリフォルニア州ストックトンでの先行事例
カリフォルニア州ストックトンなどで行われている同様のギャランティードインカム実証実験では、収入保証が貧困に立ち向かう手段として有効であることがすでに示されている。
ストックトンでの実証実験を通じた研究では、予見された通り、ギャランティードインカムの受給者は、月々の収入の変動がきわめて少なく、経済的に厳しい状況に陥っても乗り切る能力が高いことが明らかになった。
また、貧困がいかにして経済の流動性を阻む最大の障壁のひとつたり得るのかを、俯瞰して見ることもできた。
ストックトンでは実験開始から1年後、受給者のフィジカルな健康状態が大幅に改善されると同時に、メンタルヘルスも抗うつ剤の臨床効果に匹敵するほど改善された。
この結果は、受給者が仕事に就いたり、より良い仕事を得るための能力開発の機会を求めたり、自分の子どもたちの教育を支援したりする余力が生じたことを意味している。
そしてそうした行動の変化は、世代内あるいは世代間の経済的流動性を促すうえで決定的に重要な役割を果たす。
さらに、実証実験を通じた研究の当初1年間で、フルタイムで働く受給者の数は12%増加した。対照群ではわずかに5%だった。
月500ドルの収入(保証)によって、人々は(安定した)通勤のためにより信頼できる交通手段を確保し、子どもをより安定した保育施設に入れ、休みを利用してさらに良い仕事を得ようと活動するようになったのである。
収入保証のせいで人々が仕事量を減らすといった傾向はまったく見られなかった。むしろ、安定したフルタイムの収入を得られず貧困から抜け出せずにいる人々に、それを乗り越えるのに必要な手段が収入保証によってもたらされる結果となった。
経済的に安定したストックトンの収入保証受給者たちは、自分自身や家族、コミュニティが望む未来を築くために動き出すようになった。私は(自身が市長を務める)プロビデンスの低所得者層にも、同様の機会が与えられるべきと心から思っている。
冒頭のジョンソン大統領はアメリカ国民に向けて、貧困は「社会の仲間たちにそれぞれの能力を伸ばすためのフェアな機会を与えないという不作為に起因する」と語った。
大統領の発言から60年、われわれの資産は増え続けているにもかかわらず、あまりに多くの人々が貧困の障壁に妨げられ、自らの能力を開発することができないまま行きている。
収入保証はジョンソン大統領が約束した「貧困に対して無条件降伏を求める戦争」を終えんに至らせる手段を提供してくれる。それは貧困の症状を和らげるだけでなく、根治させ、予防する手段にもなる。
当然のことながら、それはすでに日々貧困と戦っている人々を信じ、力づけることから始まるのだ。
(翻訳・編集:川村力)