累計資金調達額644億円、ユーザーアカウント数が600万を突破した「後払い(BNPL)」サービス、ペイディの勝算とは。
撮影:稲垣純也
米決済大手、ペイパルは9月7日(現地時間)、日本で「あと払い決済」で知られるペイディを買収すると発表した。買収額は3000億円。
ペイパルはこの買収によって「戦略的に重要な市場である日本でのビジネス展開をさらに加速させる」と発表している。
ペイディ社は、プレスリリースで「これまでの努力と可能性をグローバルリーダー(ペイパル)に認められたことを光栄に思う」とした。
※Business Insider Japanは買収発表前の2021年7月、ペイディ社長・杉江陸氏に単独インタビューを実施している。以下、そのインタビューを再掲する。
クレジットカード不要、携帯電話番号とメールアドレスだけで瞬時に決済ができる ── 。
「BNPL(バイ・ナウ・ペイ・レイター、直訳すると『今買って後で支払う』)」と呼ばれる決済手段が、コロナ禍で大きく広がっている。
日本で躍進するのは「あと払いペイディ」で知られる「ペイディ(Paidy)」だ。
2014年のサービス開始後、ユーザーアカウント数は2021年7月の時点で600万を突破。3月にペイディを運営するPaidy社は、1億2000万ドル(約130億円)を調達したと発表。これにより、同社の累計調達額は644億円となった。
わずか数年でペイディが大きく成長した理由とは? 代表取締役社長兼CEOの杉江陸氏に話を聞いた。
世界10兆円規模の「後払い(BNPL)」市場
社長の杉江陸氏は、消費者金融「レイク」の再建、新生フィナンシャル社長を経て、2017年にペイディに参画した。
撮影:稲垣純也
BNPL(後払い)と呼ばれる決済サービスが、急速に成長している。
矢野経済研究所によると、BNPLの国内市場規模は2021年に1兆円を超える見込み。同調査は、2024年まで前年比約2割増のペースで、市場規模が拡大すると予測している。
世界の状況に目を移すと、アメリカの金融企業・FISが提供する「2021 Global Payments Report」の調査で、全世界でBNPLの市場規模は、約966億ドル(約10兆6000億円)に達している(2020年時点)。これはEコマースの取引高全体の2.1%にあたる。同レポートは、このシェアは2024年までに4.2%に倍増すると予測している。
BNPLを提供する企業も、ここ1年での躍進が目立っている。
オーストラリア発の「Afterpay(アフターペイ)」は8月2日、モバイル決済企業の「Square(スクエア)」に290億ドル(約3兆1800億円)で買収合意したとブルームバーグが報じた。また、2014年に設立したサンフランシスコ発の「Affirm(アファーム)」は2021年1月に米ナスダック市場に上場。初日の時価総額は、約2兆5000億円まで膨らんだ。
なぜ、BNPLがいま、注目を集めているのか。
杉江氏は、BNPLがオンライン決済に与えた価値として「無利息の分割払い」と「シンプルなユーザー体験(UX)」をあげる。
「もともと、地方に住んでいる若い女性の方から、BNPLのニーズは高かった。おしゃれをしたりエステに行ったり、自分の持っているお金よりもちょっとだけ背伸びをしたい。そういうお客さまに、日本の金融機関はサービスを提供できていなかったのではないか」
「24回分割でも無利息」の衝撃
「BNPLの本質とは、無利息の分割払いと、シンプルなユーザー体験だ」(杉江氏)
撮影:稲垣純也
杉江氏は、BNPLと従来のクレジットカード払いやほかの後払いサービスとの最大の違いは、分割払いをした時に利息がつくかどうかだ、と強調する。
クレジットカードの場合、分割払いの一種にあたる「リボ払い」は、使った金額によらず毎月一定額を支払う代わりに、分割回数が増えるに従って利息も大きく増える。
「BNPLの本質とは、お客さまにとって金利負担なくスムーズなお買い物を実現することで、いかに多くのニーズを作りだすか。だから我々は、今後も金利は絶対に取らない」(杉江氏)
競合大手として比較されがちなネットプロテクションズが提供する「NP後払い」は、分割払いには対応していない。また、メルペイが提供する「メルペイスマート払い(定額払い)」は、分割払いには対応しているが、有利子(手数料が年率15%)だ。
これらはいずれも「無利息の分割後払い」というBNPLの定義からは外れるため、ペイディの真の競合ではない ── と、杉江氏はいう。
無利息でも収益を得られる理由は、加盟店による手数料負担のビジネスモデルにあるという。
「(一般論として)1万5000円を今支払うよりも、5000円を3回にして後払いする、と説明した方が商品が売れやすくなる。加盟店は手数料を多めに払ったとしても、我々に売ってもらった方が良い(と考えている)。欧米では、BNPL=リードジェネレーター(見込み顧客を獲得すること)と捉えられている」
ペイディは2020年の1年間で、取扱高と売り上げがともに2019年比で2倍以上になった。
以前は女性が8割以上を占めていたという男女比も「ほぼ半々」(杉江氏)に。男性利用者の底上げをしているのが、提携先のアマゾンとアップルからのユーザーだ。
2021年6月にスタートした「ペイディあと払いプランApple専用」では、最大24回まで分割手数料無料での支払いができる。
貸し倒れ率はコントロールできる
高まる需要の中で、延滞手数料が膨れ上がって返せなくなる「貸し倒れ」の問題はないのか。
杉江氏は「延滞金はおそらく売り上げの1%もなく、そこに依存するビジネスモデルではない」と言い切る。
延滞金については、基本的には期日を過ぎた場合に回収手数料153円が請求されるが、「長期にわたって滞納するなど悪質な場合には、年率14.6%で遅延損害金をいただく可能性がある」(広報担当者)とする。
杉江氏は、貸し倒れ率は「現時点でほぼゼロにできる」と強調する。
「ペイディは延滞金に依存するビジネスモデルではない」
撮影:稲垣純也
ペイディに参画する以前には、消費者金融「レイク」の再建を担い、新生ファイナンスの社長まで務めた過去を持つ杉江氏。レイクとの違いを、こんな風に語る。
「レイクは1回で100万円を貸すこともあるが、ペイディは厳密には貸しているわけではなく、立て替えているだけ。さらにその金額も(全体で均せば)多くても10万円程度。100万円は払えなくとも、10万円を払えない方はなかなかいない」(杉江氏)
一方でユーザー数が拡大を続ける中で、貸し倒れ率を下げれば良いわけでもない、とも説明する。
「(ある店が)ペイディの加盟店になっていただいた時にはまだ顧客データがないため、貸し倒れ率は高くなる。けれど半年もすれば(データが増えるため)貸し倒れ率はコントロールできるようになる。現時点では多少リスクをとって(加盟店を増やし)、成長スピードを制御する必要がある段階だ」
後払いはショッピングの常識を破壊するか
楽天、メルカリ、ユニクロなどでも「ペイディ支払い」ができるようになった。
撮影:西山里緒
ペイディは今EC市場をターゲットに、BNPLのビジネスを広げるため、2つの攻勢をかけ始めている。
1つは、2021年7月にペイディアプリ内に「お買い物」機能を追加したことだ。
今まではアマゾンなど加盟店のサイトから買い物をし、決済の段階でペイディが提供する「あと払い」を選択する仕組みだった。この「お買い物」機能により、加盟店を横断して商品を探し、決済まで完了できるようになった。
同時にVisaと提携し、すべてのVisaのオンライン加盟店でペイディでの支払いが可能になった。アプリ内から「お買い物」機能を通じてVisa加盟店で決済をしようとすると、ユーザーにはクレジットカードに似たペイディ用の「識別番号」がVisaから発行される。
「店はクレジットカードとして認識するが、中ではペイディに情報を送っていて、(3回払いなどの)処理をしている。これは海外のBNPLサービスではもはや当たり前になっている」(杉江氏)
この新機能により主要なVisa対応サービスでの「実質的なペイディ支払い」が可能になった。例えば、PayPay、楽天、メルカリ、Yahoo!ショッピング、ユニクロなど。
これらのサービスを横断してアイテムを選び、かつそれらを手数料無料で分割して支払えるように。つまりは後払いを基盤とした「ショッピング・プラットフォーム」化するという目論見だ。
VisaにPayPal……大手も続々参入
BNPLがショッピング・プラットフォームへと変貌するのに呼応するように、決済事業者らもBNPLに参入を始めている。(写真はスウェーデンのBNPLアプリ「Klerna」)。
撮影:西山里緒
コロナ禍での需要の高まりを見て、すでに海外市場では大手も続々とBNPL市場に参入している。
2020年8月、ペイディとも連携している米決済サービス大手の「PayPal」は金利・手数料不要の分割払いサービス「Pay in 4」の提供を開始した。
さらにVisaも2020年7月、試験的にBNPLの提供を開始した。
前述の通り同社もペイディと提携しているほか、スウェーデンのBNPL事業者「Klerna」にも出資をしている。BNPL事業者との連携を進めつつ、自社商品の提供も少しずつ進めるという戦略をとっている。
「後払い」市場を狙うのは、決済事業者だけではない。ブルームバーグの報道によると、アップルはゴールドマン・サックスと組み、同社のオンライン決済「アップルペイ」上でBNPLサービスを提供する計画を進めているという。
日本での脅威はPayPayなど「既存の決済事業者」
日本では、どこが競合になってくるのだろうか。PayPayなどの決済事業者が、BNPLのサービスを打ち出してくることは考えられないのだろうか。そうたずねると、杉江氏は「まさにそこは脅威だ」という。
「おそらく、彼らももう(同様のサービスを)始めるでしょう※。逆に言えば、その前にいかに我々が地盤を固めていくか。(海外展開よりも)まずは日本でと考えている理由も、そこにある」
※PayPayは2021年4月より一部のユーザー向けに「PayPayあと払い(一括のみ)」を試験的に提供中
一方で、既存の決済事業者との戦いでの“勝機”を、杉江氏は「ユーザーとの最初の接点が、オンライン店舗か、リアル店舗か」の違いだ、という。
「リアル店舗での買い物では、(商品を買った)Aさんが本当に本人かと当てられる(特定に使える)データがない。一方オンライン決済では、その人が誰なのかが必ずわかる。さらには買う前も含めて、その人の挙動がわかる。(分割後払いサービスにおいて)この差はとても大きい」
BNPLは「買い物」の市場を激変させるのか、それとも既存の決済事業者がBNPL市場を逆に制圧するのか。その戦いは、すでに始まっている。
(文・西山里緒 、写真・稲垣純也)
杉江陸:株式会社Paidy代表取締役社長兼CEO。1971年生まれ。東京大学教養学部卒業後、富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。その後コロンビア大学MBA並びに金融工学修士を取得しアクセンチュアを経て2006年GEコンシューマー・ファイナンス入社。同社が新生銀行グループ傘下となり2009年に新生フィナンシャルへ社名変更。2012年に同社代表取締役社長兼CEOに就任。2016年からは新生銀行常務も兼任。2017年11月から現職。