アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、マイクロソフト・アジュール(Azure)、グーグルクラウド……企業のクラウド支出は急激に増加している。
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企業がクラウドにふり向ける予算はかつてないほどにふくれ上がっている。
専門家のJ・R・ストーメントが「スペンド・パニック」(=社内でどの部署が何のために支出しているのか不透明なまま支出規模が拡大していく状態)と呼ぶ、異常事態の一歩手前という企業も増えている。
ストーメントによれば、クラウドサービスの請求書を受け取ってその金額に驚いたなら……例えばそれが数百万ドル(日本だと数億円)だったとしたら、すぐに専門家に相談したほうがいいという。
ストーメントは、オープンソースソフトウェア技術開発支援で世界的に知られるリナックス(Linux)財団の傘下プロジェクト、フィンオプス(FinOps)財団のエグゼクティブディレクターだ。
企業におけるフィンオプス(FinOps)の重要性を説明したフィンオプス財団のショートムービー。
FinOps Foundation YouTube Offcial Channel
同財団は、企業がクラウド技術からより多くのバリューを得られるよう、ベストプラクティス(最良の手法や事例)を提供することを目指している。クラウドコストの徹底したマネジメントにより、究極的には企業の収益増大につなげるという。
フィンオプス(FinOps)……Cloud Financial Operationの略語とされる。Cloud Cost Managementと同義。企業がクラウドサービスを利用する際、利害関係者に対して財務上の説明責任が可能な形でコストマネジメントを行う考え方、あるいはそれを担う人材や役職を指す。
フィンオプスは昨今、きわめて専門性の高い仕事になりつつある。リナックス財団はITプロフェッショナル向けの認定資格やスキル習得のためのトレーニングを提供している。
フィンオプスに詳しいクラウドソリューションプロバイダーSADAのリッチ・ホイヤーは、Insiderの取材にこう語っている。
「リンクトイン(LinkedIn)のプロフィールに『フィンオプス』とさえ書き込んでおけば、職には困らなくなるでしょうね」
実際、この(クラウドコストマネジメントの)役割を担う人材の確保に動き出したのは、クラウドストレージサービスを展開するボックス(Box)のようなシリコンバレーの企業だけではない。
金融大手シティグループ(Citi Group)、同JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase)、投資信託大手フィディリティ・インベストメンツ(Fidelity Investments)、アパレル大手リーバイス(Levi's)などが、クラウド支出アナリストやフィンオプススペシャリストの求人を出している。
リナックス財団傘下のクラウドネイティブコンピューティング財団(Cloud Native Computing Foundation)で最高技術責任者(CTO)を務めるクリス・アニスツィクは、20年前にサイバーセキュリティ専門家(の必要性)は企業の間であまり知られていなかったと指摘する。
そうした専門家に対する需要が芽生えてきているという意味では、フィンオプスはいま当時と同じような変化のポイントに差しかかっている。
「企業などの組織において核心となるフィンオプスをいまこそ導入すべきときなのです」(アニスツィク)
パンデミックに後押しされたクラウド導入の勢いは落ち着きつつあるものの、それでも企業がアマゾンやマイクロソフト、グーグルなどのクラウドサービスに投じる予算は着実に増え続けている。
クラウドを専門とする米調査会社シナジーリサーチグループ(Synergy Research Group)によれば、2021年第2四半期(4〜6月)のクラウドインフラへのグローバル支出総額は420億ドル(約4兆6200億円)に達する。
またオンライン宿泊予約のエアビーアンドビー(Airbnb)や写真共有アプリ「スナップチャット」を運営するスナップ(Snap)といった大企業が、数千万、数億ドルのクラウドサービス契約を締結している。
クラウドをめぐってこれだけ巨額の資金が動いているのだから、そうした支出や投資から企業が得ている(あるいは得ていない)利益には、さらに大きな関心が寄せられている。
例えば、クラウドベースのデータ監視分析プラットフォームを提供するスモ・ロジック(Sumo Logic)は、すでにアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のクラウドコスト削減を目指す専門チームを設置している。
ただし、フィンオプスがキャリアパスとして永続するかどうかについては、否定的な意見もある。
クラウドコストのマネジメントスキルに大きな需要があることは認めつつも、その役割や専門性は必ずしも単一の職種あるいはポジションの人材が担うものではないと主張する向きもある。
フィンオプスは既存のエンジニアリングや財務、ビジネスアナリストの役割に組み込まれる必須スキルになる、というのがそうした主張の本旨だ。
クラウドマネジメントプラットフォームを提供するクラウドチェッカー(CloudCheckr)のトラヴィス・レールは次のように説明する。
「フィンオプスを仕事上の役割と考える人もいれば、マインドセットの一種と考える人もいます。私の考えは後者に近い。クラウドコストのマネジメントは、ワークロード(=IT資産全体)に責任を負う、(情報を集約して方針を決定する)スクラムチームやスプリントチームが果たすべき仕事だと思います」
前出のアニスツィクは、エンジニアがコスト意識を踏まえて開発を行えるよう、ツールを導入したりトレーニングを実施したりするのが当たり前になるとみる。企業のITインフラのカギを握るのはエンジニアだからだ。
「究極的には、フィンオプスを組み込んだクラウド財務の世界では、開発者が規定の開発サイクルからはずれたときに、『この変更を行う場合、相当な追加費用が生じます』と警告して予算内におさめてくれるようなツールを使う必要が出てくると思います」(アニスツィク)
とはいえ、フィンオプス財団がこれほどの成長を見せている事実は、フィンオプスのスキルセットにきわめて高い関心が寄せられていること、さらには「スペンド・パニック」のさなかにいる企業からの大きなニーズがあることを物語っている。
冒頭に登場したフィンオプス財団のストーメントはこう話す。
「フィンオプス財団は今後数年のうちに、フィンオプスを踏まえた適正な経営を行っている組織を認証する制度をローンチさせます。フィディリティのような大企業が、企業として正しくあるために、また(フィンオプス)コミュニティの求める基準に適合するように、どういった行動をとっているかを評価するものです」
(翻訳・編集:川村力)