撮影:今村拓馬
新型コロナウイルスの感染が急拡大した2020年春、NPO法人Learning for All(LFA)に通っていた小学校低学年の子どもが、母親にお腹を踏まれて虐待の疑いで入院するという出来事があった。
母親は生活に困窮している上、休校で子育ての負担も重くなり、たまったストレスが暴力として吐き出されてしまったという。代表理事の李炯植(30)は、「同じようなケースはもっと出てくるだろう。大変な1年になりそうだ」と、暗澹たる気持ちになった。
虐待やネグレクト。子どもの訴え続々と
コロナ禍で大きなダメージを受けたのが、パート・アルバイトなどの非正規雇用労働者たちだ。その子どもたちにも当然、影響が及ぶことになった。
REUTERS/Ando Ritsuko
李の予想は当たった。休校明け、拠点に通ってくる子どもたちから「家にカップ麺しかない」「夕ご飯を3日連続で抜いた」という話が続々と出てきたのだ。さらに……。
「生活の厳しさを追いかけるように『叩かれた』『蹴られた』という虐待の訴えが増えたのです。命を守る基盤が失われていると実感しました」
と、李は表情を暗くする。
厚生労働省の調査では、2020年1月末から2021年4月初旬の間に失業した人は10万人超。野村総合研究所の推計によると、勤務シフトが半分以下に減り、かつ休業手当を受け取っていないパート・アルバイトの人数は、2021年2月までで女性103万人、男性43万人に上る。雇用保障が弱く、賃金水準も低い非正規労働者ほど、大きな打撃を受けたことがうかがえる。
LFAの関わる家庭は、ひとり親が非正規の仕事に就くケースも珍しくない。彼らのただでさえ苦しい生活は、コロナ禍でさらに深刻な状況に陥ってしまった。
休校が学力格差を拡大。昼夜逆転の子も増加
コロナ禍での休校中も、LFAは居場所を開き続けた。それでも、格差は開くばかりだったと言う。
GettyImages/ MILATAS
LFAは休校中も、自治体からの閉所要請などがない限り、居場所を開き続けた。親がエッセンシャルワーカーで仕事を休めず、家に1人取り残される子どもも多かったからだ。給食のない時期にこそ、栄養ある食事を提供する必要もあるからと、透明なパーテーションで席を仕切って、食事もできるだけ出した。
一方で来所できない子のために「オンライン学童」を開所し、「オンラインだるまさん転んだ」「オンライン調理実習」など楽しむためのイベントも設けた。
「休校中は、親が子どもの世話に手が回らず、動画やゲームで遊び続けて昼夜逆転に陥る子どもが増えてしまった。オンライン学童に参加することで、朝起きて夜寝る習慣を付けてもらう狙いもありました」
と、李は説明する。
子どもたちには、必要に応じてタブレットPCやポケットWi-Fiを貸し出した。ただ弟妹が「触らせて~」とタブレットに手を出したり、横で家族が見ているテレビが鳴っていたりと、家庭学習に関しては、集中する環境を持てない子も多かったという。このため休校明け早々にリアルの拠点を再開し、オンラインとのハイブリッドに切り替えた。
李は「休校は、子どもの学力格差を拡大させてしまった」と指摘する。
「家庭に勉強する環境がなかった子どもたちが学校に戻っても、授業についていけない。先生たちは、休校の遅れを取り戻すため学習の速度を上げたので、なおさら彼らは遅れてしまった。格差は今も尾を引いています」
資金難で運営休止のNPOも。求められる「公」の力
コロナで全国各地のNPOも苦しくなった。60億円の支援を打ち出した政府だが、地方に散らばる支援団体には行き届いていない現実もある。
GettyImages/ Tomohiro Ohsumi
李によると、長引くコロナ禍で、支援する側のNPOも窮地に立たされている。地域で細々と活動してきた小規模なNPOの中には、資金切れなどで休止に追い込まれる団体も出始めたという。
「NPOは、あらゆる困難を乗り越えて人々を救う、スーパーヒーローではないんです」
李は「子ども支援のノウハウは国の『公共財』であり、支援者・団体が共有してこそ豊かな公共がつくられる」という考えを持っている。このためLFAは、さまざまな団体の好事例などを集めたプラットフォームをつくるほか、LFAが作った研修動画や独自教材などを、子ども支援を展開する全国のNPOに提供している。それでも「地方の担い手づくりまで、NPOが主体的に背負うのは荷が重い」と言う。
政府は3月、コロナ禍の緊急対策として、子ども食堂などを運営するNPOへの支援に60億円を充てるとした。しかし、都市圏にある中核的なNPOという「動脈」にはお金が流れても、「毛細血管」に当たる地元密着型のNPOが機能しなければ、支援を行き届かせることはできない、と李は訴える。
「虐待や貧困によって学習機会を奪われた子どもたちは、人権を脅かされています。だからこそ政府には、子どもの人権を守るという観点から、地方に散らばる支援団体の持続性を高めることに取り組んでほしい」
と述べた。
支援の「クリームスキミング」が起きている
自由競争でNPOは企業に負けてしまう。その結果、NPO同士も椅子取りゲームに陥り、連携も消えてしまう、と李は指摘する。
撮影:今村拓馬
2021年の春はまた、「子ども・若者支援の業界がざわつく」(李)出来事があった。それまで自治体から支援施設の運営を受託していたいくつかのNPOが、複数の市区町村で入札に敗れ、塾や専門学校を運営する民間企業が、事業を受託したのだ。
自治体には入札の際、税金の効率的活用のために委託費を抑えようという力学が働く。しかし支援団体にとって、経費の大半は人件費で、価格を抑えるには職員の人数を減らすか、賃金を下げるかしかない。この結果、NPOが質を維持しようと思うほど、価格競争力は低下するというジレンマが生じる。
李は「自由競争は大事だし、NPOが経営努力もせず漫然と事業を受託し続けるべきでもない」と話す一方で、次のように嘆いた。
「大半のNPOは資金も人材もかつかつで、企業の豊富なリソースの前にはひとたまりもない。委託事業を失ったNPOは、組織の存続が危うくなるため公共財であるはずの支援ノウハウを囲い込もうとし、NPO同士連携しようという気運すら生まれなくなってしまう懸念がある」
また入札では、価格だけでなく進学・就職者数や来所者数、試験の点数といった定量的な実績も判断材料になる。このために支援対象を、比較的成果が出やすい層に絞る団体・企業もあると、李は指摘する。企業が高収益の事業にリソースを注ぎ、利益を生まない顧客を切り捨てる「クリームスキミング」が、支援現場でも起きているのだ。
「最もサポートが必要なのは、いじめのトラウマや発達障がいなどのため、机に向かうことすらできない子かもしれない。支援を市場化して来所者数や進学率で測るようになると、こうした一番しんどい子たちがますます、支援からこぼれ落ちてしまう」
このためLFAの拠点の大半は、自治体の委託を受けずに団体の裁量で活動できる「自主事業」で運営されている。2019年度の収入に占める事業委託費の割合は16%に留まり、残りは個人の寄付金や、企業からの助成金で賄われた。「サポーター企業」には外資系企業のほか、日本の三菱UFJフィナンシャル・グループ、日本財団なども名を連ねる。自治体の学習支援には行けなくとも、LFAの拠点には来れる、という子もいるという。
教えるスキルは塾が上。NPOと企業は学び合える
実際の学習支援の現場の様子。塾のノウハウも取り入れ、垣根を超えた連携を行なっている(2019年撮影)。
提供:Learning for All
ただ李は「NPOだからいい、企業だからだめ、ではない」とも話す。実際に李自身、民間の力に助けられてきたからだ。
李が学習支援ボランティアを始めたころ、拠点に通う中学生の学力は、思うように上がらなかった。李は何とか彼らを志望校に入れてあげたいと、地元有名塾の元塾長に教えを乞うたのだ。塾のカリキュラムなどを取り入れることで、子どもたちの学力は伸び始めたという。
「餅は餅屋で、学力向上のノウハウは塾に学ぶことも多い。一方でNPOの強みは、学習支援に子どもの生活環境を整えるといった福祉的な要素を加え、学力を底上げすることです。NPOと企業はお互いに、必要なスキルを学び合えるはずです」
LFAは学習塾などに職員を講師として派遣し、子どもの実状を知らせる研修なども実施している。
「企業も、子ども支援のノウハウを社会の共通財と認識してほしい。その上で行政、企業とNPOがビジョンを共有し、一緒に活動できればと願っています」
(▼敬称略・続きはこちら)
(▼第1回はこちら)
(文・有馬知子、写真・今村拓馬)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。