取材に応じた出前館の藤井英雄社長。渋谷区千駄ヶ谷にある出前館の新オフィスはもともとはLINEのオフィスだった。
撮影:今村拓馬
「で、で、出前館、出前がすいすいすーい」
ダウンタウンの浜田雅功さんや、お笑い芸人・EXITを起用したテレビCMを見たことがある人も多いだろう。
コロナによる巣ごもり需要を追い風に、出前館が成長を続けている。2021年2~4月のオーダー数は1580万件。前年同期の1070万件から約1.5倍に急増した。
一見すると絶好調な同社だが、実は赤字経営が続いている。
2019年8月期は1億300万円の最終赤字、2020年8月期にはさらに赤字が拡大し41億1200万円の最終赤字だった。
なぜ赤字が続くのか?
LINE出身で2020年6月に出前館の新社長に就任した藤井英雄氏(44)に、激動の時代を迎えたフードデリバリー業界で、生き残るための戦略を聞いた。
強気な理由は……巨大資本の存在
売上高は「配達代行手数料」と「サービス利用料」で構成され、配達代行の割合が増えている。
出前館の決算説明資料を基に編集部作成
「競合との競争がすごく熾烈になっている。各社配送員を確保するために、例えば雨の日の配送にはプラスαのインセンティブを支払うなどしていることに加え、配送員の獲得コストもかかっている」
売り上げが急増しているにも関わらず、赤字額が増えている理由について藤井氏はそう説明する。
出前館では現在、期間内に配達員として登録、配達した場合に「最大9000円以上プレゼント」キャンペーンや、休日の配達の場合には「配達単価を最大1.4倍」に増やすなどのインセンティブを設けている。
「ただし、配達員の獲得コストは将来的にかかり続けるわけではない。今後2~3年でフードデリバリーはプレイヤーが淘汰されるとみている。配達員を獲得するために、配達料を上乗せするなどのインセンティブを各社がかけあう状況は続かない。我々が今、絶対に取らなくてはいけいない数字は取扱高だ」
出前館が積極的に投資に打って出られたのは、巨大資本がバックについていることもある。
2020年3月にLINEとの資本業務提携を結び、LINEから300億円の資金調達をした。
「資金は配送エリア拡大のためにしっかりと使った。競合がたくさん出てくる現状で、そこで差別化をするためにトップライン(売上高)を上げていく。これは投資家からの理解も得られている」
藤井氏は2020年6月末までLINEの執行役員だった。LINEと出前館の資本業務提携を機に、出前館社長に就任するという、LINE肝いりのトップでもある。
「出前館の将来性についてLINEも期待している。(赤字決算に)株価は反応しているが僕らはそこで一喜一憂はしない」
強気な姿勢は崩さない。
Zホールディングスの物流機能に
2021年3月、LINEとZホールディングスが経営統合し、新生Zホールディングス誕生した。
撮影:小林優多郎
「フードデリバリー市場は約6000億円と言われているが、1兆円になるのもそんなに遠い将来ではない。これからは差別化を進めていく」
藤井氏の社長就任後の2020年10月に発表した中期経営計画では、3年後の2023年8月期には120億円の黒字化達成を掲げる。現状の赤字はいわば、折り込み済みだ。
競合となるウーバーイーツなどの海外勢は、アプリの性能面で優れており「中期経営計画の1年目は、劣位解消を図ってきた」と話す。
そしてこれからは、日本生まれのサービスとして、日本のローカライズを進めるという。
「具体的なことは戦略に関わるので言えませんが、すぐに出前館独自のサービスを出していく」と話し、アプリの改良などを進めることを示唆した。
LINE出身トップとしての戦略は明解だ。LINE、そしてLINEと経営統合したZホールディングスとの連携を深める方向に振り切っている。
Zホールディングスでは2021年7月、Zホールディングスのグループ企業であるアスクルと出前館が共同で、日用品や食料品を配送するサービスの実証実験を開始すると発表した。
「海外のプレイヤーもそうだが、フードデリバリーのプラットフォームはもはやフードだけを運んでいるわけではない。Zホールディングスグループの『ラストワンマイル』にとって我々は重要なパーツとして期待されている」
地方でサービス拡大を加速させた理由
2020年3月から日本でサービスを開始したWolt。2020年10月撮影。
撮影:小林優多郎
LINEとのシナジーに加えもう一つ。藤井社長が就任してからの1年間、出前館がサービスのために力を入れてきたのが「地方」だ。
中期経営計画では、2023年8月末の目標として「人口カバー率を30%から50%に引き上げる」と明記。しかし2021年6月時点ですでに人口カバー率は50%を上回り、予定より2年も早く目標を達成した。
なぜそこまで集中して、地方を攻めたのか?その背景には海外勢への危機感があった。
2020年6月にはアメリカ最大のフードデリバリーサービス・ドアダッシュが仙台市でサービスを開始。フィンランド生まれのWolt(ウォルト)は、2020年3月に広島からサービスを始め、札幌市、仙台市、渋谷区とサービスエリアを拡大させてきた。
「我々は大都市圏をカバーしているが、新サービスは地方から攻めてきている。このまま待っているだけでは地方を取られてしまう。ただ他のサービスも見ているが、人口20万~30万人ほどの都市では、配達員を確保するのが簡単ではない」
そこで出前館がとった作戦は、地元の軽貨物業者や新聞販売店などと業務委託契約を結ぶ方法。本業の空き時間で配達を行い、配達した件数に応じて出来高で報酬が得られる仕組みだ。
「なかには本業よりも出前館の配達の収入が多くなった業者もいる。出前館は加盟店もユーザーも増え続けていて、配送業者にとっても安定的な収入源になっている。
飲食店が自分で調理からデリバリーまで担っている飲食店と、出前館が業務委託契約を結ぶ例も増えている。その飲食店にとっては、自分のお店にお客さんがいない時間などに出前館を通じて、他のお店の料理を配達できるようになった」
「稼げるプラットフォーム」アピール
出前館の配達員募集のCMの一コマ。
Youtube画面を編集部キャプチャ
新型コロナによる外出自粛を追い風に市場が拡大するフードデリバリー業界だが、一方では配達員の待遇について、プラットフォームの責任も問われている。
ウーバーイーツの配達員に代表されるギグワーカーは、アルバイトと違って企業が雇用する労働者ではない。そのため労働基準法や労働衛生法、最低賃金法などを含む「労働法」全般の対象にならず、事故に遭っても保障されない。
また配達で得られる利益が、プラットフォーム側によって一方に変更されたり、その仕組みがギグワーカー側には知らされていなかったりすることが問題視されている。
そうした批判を回避するためにも出前館では、「配達員は重要なパートナー」と位置付ける。
出前館・ デリバリーコンサルティング本部長の清村遙子氏は、「配達員にとって安心安全なプラットフォームであることを考えている。配達員の一番の不安要素は、安定的に稼げるかということ。配達員を確保するためにも、まずは稼げるプラットフォームであるということを打ち出している」と説明する。
出前館・ 清村遙子氏は「配達員の方は重要なパートナー」と強調する。
撮影:今村拓馬
出前館でギグワーカーとして働く場合、1配達あたりの固定報酬額が決められており、現状では「1配達あたり650円以上の配達報酬(沖縄県は550円)」とされている。
宅配するエリアによって報酬額は異なり、天候や曜日などでもインセンティブの料金が異なるが、出前館は「業務委託デリバリー業界トップクラスの固定報酬制」とうたっている。
アルバイトかギグワークか
出前館の配達員では、ギグワーカーとも呼ばれる業務委託が増えている。
出前館のHPを編集部キャプチャ。
出前館の配達員は、主に直接の雇用であるアルバイトと、雇用はせずにフリーランスの配達員と業務委託契約を結ぶ「ギグワーカー」の2つがある。
「アルバイト、ギグワーカー問わず、育成やモチベーションも出前館の責任だと捉えている。組織として、アルバイトの上にアルバイトリーダー、配送拠点の店長を置いている。研修やアルバイトからの社員登用制度もあり、実際に社員登用された例もある」(清村氏)
直接雇用ではないギグワーカーについても、けがをした場合の見舞金制度や、ユーザーからの評価をフィードバックする仕組みもあるといい、サポート体制を強調する。
「もちろんギグワーカーの方は、直接の命令系統にはない。しかし、配達エリアの責任者がおりトラブルになった場合は、出前館が間に入って対応している」(清村氏)
具体的な数は非公開だが、現在はギグワーカーの割合が増えている。
「時給で働くアルバイトと、配達件数に応じた成功報酬を得るという違いがあり、アルバイトの場合は一定額以上に稼ぐことはできないが、社員登用などの制度がある。一方でギグワークの中には月100万円稼ぐ方もいる。どのような働き方をしたいかニーズによって働き方を選べるが、今はトレンドとして自由に働きたいという人が増えている」(清村氏
業界団体設立「配達員の底上げを議論」
配達員の待遇については「業界ベースでのルール整備が必要だ」と藤井氏は話す。
撮影:今村拓馬
配達員の補償については、業界団体を設置し協議している。
ウーバーイーツや出前館、menu、楽天などフードデリバリーサービス13社が参加する「日本フードデリバリーサービス協会(JaFDA)」が2021年2月に設立され、藤井氏も理事として参加する。
「フードデリバリーは新しい領域で、強めに規制がかかることもありうる。そうならないためにも業界ベースとして、ルールを整備や待遇の底上げをしていくことが大事」(藤井氏)
売り上げを伸ばしながらも赤字決算の出前館にとって、配達員の待遇や補償を厚くすればするほど、人件費がふくらむのは事実だ。
しかし、労働力搾取というイメージを持たれることは、サービスの成長にとっては大きなマイナスであり、働き手の確保にも限界がくる。働き手の待遇を改善することは経営にとって戦略に他ならない。
巨大資本をバックにもつ利を最大限に活かしつつ、地方を開拓し、働き手に投資する。このバランスの中でいかに成長市場を獲得できるか。
藤井氏の舵取りが問われる正念場は、当面、続きそうだ。
(文・横山耕太郎)