「人工知能は遺伝医学の地平を切り拓くのに役立つか」をテーマにしたディープ・ジェノミクス(Deep Genomics)の紹介動画。
Deep Genomics YouTube Official Channel
1990年代、ブレンダン・フレイは医学に大した興味を抱いていなかった。
カナダの名門トロント大学の博士課程に在籍していたフレイは、コンピュータサイエンスにおける新たなアプローチの最前線に身を置き、同僚たちとともに世界初となる深層学習アルゴリズム(のひとつ)の研究開発を進めていた。
音声認識やテキスト解析(自然言語処理)などの問題に取り組んでいたフレイだったが、2002年に健康上の不安を感じたことをきっかけに、自らの研究をヘルスケアに応用できないか考えるようになっていった。
「妊娠した妻が検査を受けた際、遺伝子に懸念があることが判明したのです。遺伝カウンセラーに相談したところ、何の問題も起きないこともあれば、最悪の事態になることもあるとの回答。重大な決断に踏み切る必要があるかもしれない自分たちにとって、有用な情報はほとんど得られませんでした」
それ以来、フレイは遺伝子変異の発見とその治療の間にあるギャップを埋めるための研究に力を注ぐようになった。
2015年の段階で研究のポテンシャルを確信した彼は、自ら「ディープ・ジェノミクス(Deep Genomics)」を立ち上げた。
2023年までに臨床試験4件、30種類以上の新薬研究を
ディープ・ジェノミクスは7月28日、ソフトバンクグループ傘下のビジョン・ファンドがリードインベスターを務めたシリーズCの資金調達ラウンドで、1億8000万ドル(約200億円)を集めたと発表。フィディリティ、カナダ年金制度投資委員会(CPPIB)なども出資した。
トロントに本拠を置く同社は、機械学習や人工知能(AI)などソフトウェア技術の創薬への活用を目指して数億ドル規模の資金調達に成功したいくつかのバイオテック企業のひとつ。
そうした企業のうち7社が、過去12カ月間に24億ドル(約2600億円)超を調達している。
ソフトバンクグループの動きはとりわけ目立ち、ディープ・ジェノミクス以外にも、エクスタルパイ(XtalPi、晶泰科技)、エクセンシア(Exscientia)の直近の資金調達ラウンドでリードインベスターを務めている。
2020年以降に大規模資金調達に成功したバイオテック企業。ディープ・ジェノミクスの調達額が埋没するほど巨額の資金が流れ込んでいる。
Insider
ディープ・ジェノミクスは、過去1年間で大きな注目を集めるようになった「メッセンジャーRNA(mRNA)」ベースの医薬品開発に特化している。
モデルナ(Moderna)とファイザー(Pfizer)・ビオンテック(BioNTech)連合が開発した新型コロナワクチンもmRNA技術から生まれた。
従来の医薬品の研究開発では、何千もの化学物質をスクリーニング(選別)して有効な候補化合物を見つけ出すのが一般的だったが、mRNA医薬品はまったくアプローチが異なり、遺伝情報を担うDNAの塩基配列(とそれが転写されるmRNA)をもとにつくり出される。
ディープ・ジェノミクスの最高経営責任者(CEO)でチーフエンジニアも兼務するフレイによれば、同社が専門に扱うのは「立体障害オリゴヌクレオチド」と呼ばれる、他と異なるタイプのmRNA医薬品。安全性が高く、サイズも小さく調整できる点で、きわめて魅力的な化合物となる。
同社は現在、開発初期段階の候補薬を10種類抱え、ウィルソン病(先天性銅過剰症)というまれな遺伝性疾患をターゲットにした最初の医薬品は、2021年後半にもヒトを対象とする臨床試験に着手する計画だ。
2023年半ばまでには、4種類についてヒト臨床試験を、30種類について前臨床研究を展開する計画という。
評価額1000億ドルを目指して
ディープ・ジェノミクスの最高経営責任者(CEO)兼チーフエンジニア、ブレンダン・フレイ。
Deep Genomics
今回シリーズCラウンドで調達した資金を使って、ディープ・ジェノミクスは複雑な疾患の研究に着手する。スタッフは現在の75人から、2022年末までに倍以上の160人に増やす予定。
フレイが目指すのは、ディープ・ジェノミクスを評価額1000億ドル(約11兆円)規模の企業に成長させること。ソフトバンクグループやフィデリティを投資パートナーに選んだのは、彼の長期的なビジョンを共有できる相手だからだ。
Insiderはディープ・ジェノミクスが今年5月にシリーズCラウンドをクローズした際に使ったプレゼン資料を入手した。
Deep Genomics
ディープ・ジェノミクスは、新型コロナウイルス感染症に作用する最初のmRNAワクチンが成功したことで大きな注目を浴びる「mRNA医薬品」の研究開発を行っている。
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mRNA技術をビッグデータやAIと組み合わせることで、「あらゆる遺伝的疾患において、ほぼすべての遺伝子を対象に、最適な治療となるmRNAプログラミングが可能」という。
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新型コロナワクチンの開発に成功したモデルナやビオンテックと同じように、ディープ・ジェノミクスもmRNA分子に特化している。
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目下取り組んでいる医薬品開発プログラムは、今後迎えるピーク時に年間50億ドル(約5500億円)以上の売上高を生み出すと同社は試算する。
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モデルナ、ファイザー、メルクなどの製薬企業から、フェイスブック、マイクロソフト、グーグルといった巨大テクノロジー企業まで、ディープ・ジェノミクスの人材採用は広範におよぶ。
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製薬会社にとって最大の課題のひとつは、研究開発の生産性を高めること。ほとんどの医薬品候補は臨床試験で挫折する。ディープ・ジェノミクスは、成功か失敗かを早い段階で予測することを重視したアプローチを採用。
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ディープ・ジェノミクスの用意するmRNA分子修飾の種類は豊富だ。
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ディープジェノミクスは2023年までに4種類の治療薬候補のヒト臨床試験を開始予定。ほかにも開発初期段階の前臨床研究10件に着手する。
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遺伝医学のほとんどは比較的単純な遺伝因子に由来する疾患を対象にしている。ディープ・ジェノミクスは膨大な量のデータを収集することで、より複雑な遺伝因子に由来する、罹患者の多い疾病に関する知見を得ることができるという。
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ディープ・ジェノミクスは、独自の医薬品パイプライン(=候補化合物)の開発に着手している。米カリフォルニア州のバイオマリン(BioMarin)とのパートナーシップもそのひとつ。
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ディープ・ジェノミクスは、前臨床研究の成功率を(従来の)10%から50%まで高めることができると主張する。
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3年以内に、30件以上の医薬品開発プログラムを同時進行し、うちいくつかについてはヒト臨床試験まで進める。
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今回調達した資金を活用して、治療薬候補をヒト臨床実験に近づけ、より多くの遺伝子スクリーニングに取り組む。
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(翻訳・編集:川村力)