REUTERS/Joe Skipper
——アマゾン創業者のジェフ・ベゾスが最高経営責任者を退任し、アマゾンウェブサービス (AWS) CEOのアンディ・ジャシーが後任として就任しました。CEO交代によってアマゾンは今後どうなるのでしょうか。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):とても良いタイミングでの交代だったと思います。過去最高の純利益を更新した直後なので、株価へのマイナス影響もほぼありませんでした。
アメリカでは創業者から後継者への交代で成功例が続いています。かつてはヤフーのように創業者の退任が低迷を招くケースもありましたが、アップル、グーグル、マイクロソフト、この3社で交代がうまくいきました。
2011年にティム・クックがアップルCEOに就任した時は先行きが懸念されましたが、外野の心配をよそに増収増益を更新し続けています。グーグルも批判はあるにせよ業績は伸びていますし、マイクロソフトもスティーブ・バルマー時代の低迷期を脱して、いまやSaaSで大成功を収めている。
そうした後継経営者たちの舵取りを目の当たりにしていると、今回のCEO交代にネガティブな要因は見当たらないように感じます。
求められる「女神的」リーダー
尾原和啓氏(以下、尾原):僕も素晴らしいバトンタッチだと思いました。継承がうまくいく経営者の特徴はいくつかあります。
ベゾス後継者のアンディ・ジャシーはアマゾンでAWSを立ち上げ、マイクロソフトで3代目CEOに就任したサティア・ナデラもSaaSを主導してきました。グーグル現CEOのサンダー・ピチャイもGoogle Chrome、Andoroidを担当していた人物です。
今でこそAWSはアマゾンの稼ぎ頭ですが、立ち上げ時には社内の反対も多かったと聞きます。決して主流ではない周縁で立ち上げた事業がやがて次世代の中心となり、その立役者が後継者となる世代交代のサイクルが確立されつつあります。
もうひとつは、リーダーに求められる資質の変化です。ゼロから事業を生み出す時には、ビジョンを持って道なき道を突き進むマニッシュなリーダーシップを持ったCEOが求められていましたが、事業が成熟して複数のプロダクトを展開するフェーズでは、共感や調整力、何よりも言語化力、その3つの特徴を持つトップが主流になります。
『女神的リーダーシップ——世界を変えるのは、女性と「女性のように考える」男性である』という本が少し前に話題になりましたが、ここでもそうした変化が取り上げられています。実際、ナデラやピチャイ、そして今回のジャシーもそうしたタイプですね。
マイクロソフトのサティア・ナデラ(左)もグーグルのサンダー・ピチャイも、調整型のリーダーシップで組織をまとめ上げる力に長けている。
ナデラ:Sean Gallup/Getty Images、ピチャイ:Justin Sullivan/Getty Images
——ナデラやピチャイは温厚で人柄も素晴らしいと報じられていますが、ジャシーもそうなのでしょうか?
尾原:猪突猛進型のジェフ・ベゾスと事業部の間を調整しながら、当初は社内で猛反対されていたAWSのような新規事業を形にしてきた実績から見ても、優れた調整力を持つリーダーだと思います。
ダイバーシティについて積極的に発言していることも見逃せません。LGBTQの人々に対する職場での差別を違法とした最高裁判所の判決に支持を表明していますし、警察官による黒人の殺害を非難するなど、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)にも貢献しています。
——なぜアメリカの会社はトップ交代がうまくいくのでしょうか? 日本ではユニクロやソフトバンク、楽天のように、創業者が長年CEOを務めているケースが目立ちます。ソフトバンクでもユニクロでも後継者候補がなかなかうまく行きませんでした。
シバタ:アメリカに来て感じるのは、上に行くほど競争が激しくなる構造です。会社もそうですし、社会全体も同じです。
アマゾンやグーグルでもシニア・バイス・プレジデント、つまり役員クラス以上での競争が最も熾烈です。日本の会社では、オーナーに気に入られれば安泰というケースもありますが、アメリカでは、ダメだと判断されたエグゼクティブは一瞬でいなくなります。そういう競争を勝ち抜いた人たちなので、結果的に人柄も含めて優れたリーダーが残るのではないでしょうか。
尾原:アメリカではバトル・テステッド、つまり戦闘の試練に勝ち抜いてきたという表現をしますが、ジャシーも、ナデラやピチャイと同じように、当初は猛反対されたAWSのような事業だけでなく、多くの新規事業を立ち上げ、失敗や撤退を経験しています。経営者の仕事は決断、つまり断つことを決めることですが、その経験を積んでいることは大きいと思います。
宇宙に向かうベゾス。ライバルは…
ベゾスの後任アンディ・ジャシー。アマゾンの舵取りに注目が集まっている。
REUTERS/Mike Blake
——ジェフ・ベゾスは今後、どのようなことに挑戦するのでしょうか。先日、ブルーオリジン社として初の宇宙旅行に自ら挑戦していました。
尾原:やはり宇宙に向かっていますよね。ビル・ゲイツがビル&メリンダ・ゲイツ財団を通じてコロナ・ワクチン開発に多大な貢献をしたように、起業家はやはり社会問題の解決に喜びを感じる人が多い。ベゾスも経済的な成功を経て、自身の夢やロマンに回帰していくように見えます。
シバタ:人間ですから、個人・起業家のエゴとして一番になりたい気持ちがあると思います。ベゾスは一時期、保有資産でビル・ゲイツやグーグル創業者たちの後塵を拝していましたが、2017年に初めて世界一の富豪になりました。
でも世界一になったのに相変わらず前を走っている人間がいる。それがイーロン・マスク(笑)。電気自動車や宇宙、新しいことを次々とイーロン・マスクがやって話題になっているわけです。起業家は負けず嫌いですから、自分の方が先に宇宙に行ってやるという気持ちはあったのではないでしょうか。
CEOでいる限り、自分が宇宙船に乗り込むことはできませんが、退任すれば自分で行ける。そんな風に推測しています。
尾原:ジェフ・ベゾスは映画『スター・トレック BEYOND』にもカメオ出演していますからね(笑)。もともと宇宙が好きでたまらない。ベゾスが宇宙開発ベンチャーのブルーオリジンを創業したのは2000年、イーロン・マスクがSpaceXを創業したのが2002年ですから、実はベゾスの方が早い。
ブルーオリジンは「私たちの孫の孫のために、地球という我々の家を守るために宇宙に行き、無限の資源とエネルギーを活用する」とミッションステートメントに掲げています。そのミッションに向けて、さらなる挑戦を続けていくのではないでしょうか。
(聞き手・浜田敬子、構成・渡辺裕子)
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(藤井保文氏との共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。