画像:「山田進太郎D&I財団」公式サイトより
メルカリの創業者で社長の山田進太郎氏が8月4日、個人として、D&I(ダイバーシティ・アンド・インクルージョン)をテーマにした財団を立ち上げると発表した。
プロジェクトの第1弾は、2022年4月に高校入学を予定する、理系志望の女子高校生に向けた給付型の奨学金だ。
人数は100人程度を予定。年額25万円(国公立)、50万円(私立)を高校在学中の3年間にわたって支給する(高等専門学校の場合は5年間)。
山田氏の私財・30億円を投資
「この財団にはライフワークとして中長期的に取り組む」(山田氏)
画像:記者会見よりキャプチャ
「D&I、特にジェンダーギャップ については、個人的に大きな課題を感じています。本財団はライフワークとして、中長期で30億円以上は投じていきたいと考えています」
意気込みを語る山田氏の口調はいつものように淡々としていたが、記者の目には、山田氏の本気度が伝わってきた。
それはプロジェクトがかなり具体的であることからも伺える。目標(KPI)は、「2035年度大学入学者において、STEM(Science、Technology、Engineering、Mathematics)を選択する女性比率を28%にすること」。
そのためには、STEMを選択する(理系の)女子学生を1学年あたり、1万1000人増やす必要があるという。その上で、財団では理系の女子高校生に対し、常時1000人以上への返済不要の給付型奨学金支給を目指す。
初年度は、国内の高校理数科、高等専門学校(高専)、スーパーサイエンスハイスクールを受験し合格した女性約100人を対象に、年額25万円(国公立)50万円(私立)を提供するという。
今までメルカリのD&Iの取り組みを取材してきた中で、山田氏は「(D&Iは企業の競争力をつけるための手段であるため)D&Iを目的化しない、数値目標を作らない」とも語ってきた。
メルカリ社内でも、ジェンダーマイノリティ向けのエンジニア育成プログラムや「無意識バイアス」に気づくためのワークショップなど、いわば「草の根」的な活動を通じて、D&Iを推進してきていた。
しかし、エンジニア中心のメルカリにおいて、女性管理職や女性エンジニアを増やすためには、そもそも理系やテクノロジー業界を志す女性が増えなければならない。
この財団は、そうした「根幹の課題」を解決するための一手のように見える。
非営利でしか解決できない課題
画像:記者会見よりキャプチャ
情報サービス産業協会(JISA)の2020年のデータでは、IT業界における女性エンジニア比率は約25%だ。さらに遡って、STEM教育を受ける女子学生は、高専の学生における女子比率で約2割(国立高等専門学校機構のデータ)。工学部や理学部に進む学生の女子比率も同程度(文部科学省データ)。これはOECD諸国でも最低の数字だという。
会見で山田氏は、社会課題には営利では解決できないものもある、と語った。
「(マイクロソフト創業者の)ビル・ゲイツさんも(財団を通じて)ポリオ撲滅に取り組んでいますが、撲滅してしまうと薬が売れなくなるため、営利で考えると合理性がありません」
その上で、今回の「理系女子学生の支援」という課題に私財を投じる意味を、こう述べた。
「社会人や大学生であれば、メルカリの活動として取り組む可能性もあったが、中学生や高校生を対象にした時に、非営利の活動の方が適しているという判断をしました」
ソーシャルとビジネスの垣根は崩れている
山田進太郎D&I財団は、社会起業家育成や支援に取り組むNPO法人「ETIC.」の全面的なバックアップのもと、運営をスタートする。
「ETIC.」の創設者でもあり、この財団で理事を務める宮城治男氏は、山田氏とは早稲田大学時代からの「20年来の付き合い」(宮城氏)だ。
早大生だった山田氏は、ETIC.での活動を通じてソフトバンク社長・孫正義氏らにも出会い「それが起業家という存在を知る最初の経験となったと聞いている」(宮城氏)。 それ以来、2人はETIC.を通じて大学生の起業支援などもともに手掛けてきた「同志的存在」だ。
宮城氏はNPOの立場から、20年以上もの間スタートアップ業界を見つめてきた。その中で、ここ数年はソーシャル(社会貢献)とビジネスの垣根が崩れ始めている機運を感じる、と語る。
似たような取り組みとして、ミクシィ会長・笠原健治氏が立ち上げた、子どもやその家族を取り巻く社会課題の解決を目指す団体「みてね基金」をあげ、リーダーたちの価値観の変化を強調する。
「Z世代と呼ばれる、今の大学生以下の世代にとって『多様性』は当たり前に受け入れている価値観。こうした社会課題に向き合っていない企業には、優秀な人材も集まってこないし、顧客からも見放されてしまう」
「余剰のお金や時間を使うだけではなく、ビジネスパーソンが社会課題に向き合うことこそが価値となり、問われている。もうそういう時代になっている」
(文・西山里緒)