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熱海で“昭和のレガシー”ホテル再建、必要なのは「傷ついても何度も立ち上がる」こと。

中野喜壽さん

国内外での百貨店事業・経営を手掛け、2010年からは寺田倉庫のCEOとして、経営再建及び天王洲一体のアート拠点化に貢献した中野善壽(76)氏。今、熱海でリゾートホテルの再建と、アートを使った地方創生に乗り出している。

撮影:鈴木愛子

静岡県熱海市で、22人の死亡が確認、5人がいまだ行方不明土砂災害発生からひと月が過ぎた。

実際に被害が起きたのは伊豆山の一部地域だったが、連日の報道によって、熱海のイメージは短期間で“観光地”から“被災地”へと塗り替えられようとしていた。

災害は、観光都市の運命を大きく左右する。そして、風光明媚な自然を売りにする国内の観光地のほとんどが、そのリスクと常に隣り合わせにあると言っていい。

「私たちは無力ではありません」「がんばろう、熱海。立ち上がろう、熱海。」

そんな強いメッセージを掲げ、いち早く支援策を打ち出し、街の空気をガラリと変えたホテルがある。熱海市の老舗リゾートホテル「ホテルニューアカオ」だ。

無償で被災者受け入れを即断

土砂崩れ

土砂崩れの現場で、捜索救助活動を行う消防士たち。5人がいまだ行方不明となっている。

Reuters/静岡市消防局

被災地区から5kmほど離れたエリアに位置するホテルニューアカオの動きは早かった。災害発生の一報から1時間後には、経営陣が炊き出しを決定。翌日の7月4日日曜日の12時から午後7時までホテル内の会場で100食分のおにぎりと豚汁を提供した。

続けて、大浴場やロビー、コインランドリーを解放し、充電器を無償で提供。自宅に戻れない被災者に客室を用意し、救援物資を受け入れるためのヘリポートも提供した。

ニューアカオの動きに追従するように、近隣のホテルや店舗も動き出した。特に、避難した高齢者施設の居住者・従業員55名に対して、即座に宿泊提供を申し出たことには感謝の声が多く寄せられたという。さらに、本館の施設も解放し、救助活動にあたる消防隊員約350人が寝泊まりできる場所も提供した。

災害翌日昼炊き出し準備

2021年7月の土砂災害翌日、被災者に対しホテル内の会場で100食分のおにぎりと豚汁を提供した。

提供:ホテルニューアカオ

「無条件で受け入れる、と即断することが重要でした。もちろんお金はいただきません。非常時には、地域のために貢献することに集中して徹する。迷う暇はない。すぐ行動する。外からきた私は『周りと足並みを揃えてから……』と躊躇する理由もないから、それができるんです」

そう振り返るのは、一連の支援策の旗振り役となった人物、中野善壽(76)だ。

倉庫事業を拡大させていた寺田倉庫の経営改革に携わり、美術品やワイン保管業の開発、水辺を活かしたエリアリバイバルを牽引し、東京・天王洲を「アートの街」へと生まれ変わらせた立役者として知られる。

災害国では何度でも立ち上がる必要ある

ホテルニューアカオ

ホテルやビーチリゾートなどを保有する老舗リゾートホテル「アカオリゾート公国」。

撮影:鈴木愛子

2011年、“改革の旗手”として請われて就任した寺田倉庫の代表職を2019年に退いてからは、アジア圏の文化支援事業に注力。主に台湾を拠点としていたが、コロナ禍の渡航制限により日本に長期滞在することに。

そして2021年3月、中野は熱海の地に招かれた。知人を介して請われる形で、ホテルニューアカオの取締役議長に就任したのだ。

かつて社員旅行や新婚旅行で栄え、今や時代に乗り遅れて赤字経営となっていた"昭和のレガシー”の再建を期待されてのことだった。

そんな最中に見舞われた、2021年7月の熱海の土砂災害では、支援策と同時に「前へ進むための手」を打つことに中野はこだわった。

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かつて社員旅行や新婚旅行で栄え、今や時代に乗り遅れて赤字経営となっていたホテルニューアカオ。その再建を中野さんは任された。

人命が失われた災害に際し、同市の旅館組合は1952年から続く熱海海上花火大会の一時休止を発表。

「鎮魂」のための「自粛」——そんな流れが加速しかけた7月半ば、ニューアカオはその流れに逆行するかのようにプライベートビーチやプールの営業開始を発表している。

熱海の街に活力を取り戻すことが、私たちの使命。自然災害の多いこの国では、たとえ傷ついたとしても、何度でも立ち上がる意志を貫く必要がある。立ち止まってはダメなんです」

アーティストが街にやってきた

大小島真木さんとアート作品

若手アーティストにニューアカオの客室を約1カ月間提供し、熱海で暮らしながら自由に創作活動し、地域の人たちと交流しながら発表の機会もつくる滞在型のアートプロジェクトも。

撮影:鈴木愛子

未来志向を熱く語る中野は、すでに2021年3月の就任時からユニークな取り組みを始めていた。

その名も「PROJECT ATAMI」。中野が代表を務める東方文化支援財団が主導する「熱海の魅力をアートの力で再発見し、アーティスト支援にもつなげる」プロジェクトだ。

石

アーティスト、大小島真木は浜辺に打ち上げられた石や海洋ゴミをモチーフに、「生命の木」と題した巨大な絵画を制作中だった。

撮影:鈴木愛子

プロジェクトの一つである「AKAO ART RESIDENCE」は、若手アーティストにニューアカオの客室を約1カ月間提供し、熱海で暮らしながら自由に創作活動し、地域の人たちと交流しながら発表の機会もつくる滞在型のアート制作プロジェクト。

画家、書家、歌手など、多彩なアーティストを1年間を5タームに分けて4組ずつ招待し、2021年秋に開催予定のイベントでは新たに30組を追加予定。年間50組のアーティストが、熱海での生活を体験しながら作品を創ることになる。

山、海、風、光、そして、人。熱海の土地の恵みがアートになる。

「ここでずっと暮らしてきた人には気づきにくい魅力を、(市外から来た)アーティストの豊かな感性で掘り起こし、表に出してもらえる」(同プロジェクトの総合プロデューサーを務めた、地域協創クリエイティブディレクターの伊藤悠)。

空と海を感じるアトリエ

大小島真木さん

アーティストの大小島真木氏。

撮影:鈴木愛子

東京から招かれて滞在中というアーティスト、大小島真木は、浜辺に打ち上げられた石や海洋ゴミをモチーフに、「生命の木」と題した巨大な絵画を制作中だった。

“アトリエ”は休業中のレストラン。ホテル内の遊休資産が、アートが生まれる場所として息を吹き返したのだ。「海と空を感じて、波音を聞きながら。最高のアトリエです」と、大小島はリラックスした笑顔を見せる。

その様子を見守る中野は、「ここに滞在しながらアートを創作し、街の人と交流する。そんな若者が年間に50人、100人と訪れる循環をつくるだけで、街は活性化するはず」と、プロジェクトの狙いを語った。

「老朽化したマンションを買い取って改装し、天井吹き抜けのアトリエをつくるのもいい」と構想は膨らむ。

アートの力、土砂災害支援にも

熱海

撮影:鈴木愛子

「PROJECT ATAMI」は、土砂災害の支援にもつながった。

災害発生翌日の7月4日、アーティストがデザインしたTシャツ(8パターン)を販売するチャリティー企画が発足。売り上げの全額を熱海市に寄付するというもので、2週間と経たないうちに完売となった。

面白いのはこの動きに触発され、以前から販売されていたホテルニューアカオのオリジナルTシャツ(売り上げの20%を寄付)まで完売になったことだ。アーティストの力が、街を活性化し、災害支援にもつながることを証明したと言えるだろう。

中野は熱海での実績をモデルとして、他の地域でもアーティストを主役にした町興しプロジェクトを企画していきたいと意気込む。コロナ禍で創作や発表の機会を失ったアーティストにとっての救い、そして希望にもなるはずだ。(文中敬称略)

(文・宮本恵理子


中野善壽(なかの・よしひさ):元 寺田倉庫社長兼CEO、東方文化支援財団代表理事。1944年生まれ。弘前高校、千葉商科大学卒業後、伊勢丹に入社。1973年鈴屋に転職。1991年、台湾で力覇集団百貨店部門代表、遠東集団董事長特別顧問及び亜東百貨COOを勤める。2010年に、寺田倉庫のオーナー寺田保信氏からの声掛けで寺田倉庫入社。1年後の2011年、社長兼CEO。会社の事業再編と本社周辺の天王洲エリアの再開発を手掛けてきた。2019年6月、寺田倉庫退社、2019年8月、東方文化支援財団を設立し、代表理事となり現在に至る。

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