ブラジル・リオデジャネイロに向かうリリウム(Lilium)の電動垂直離着陸機(eVTOL)のイメージ。
Lilium
2021年3月、特定買収目的会社(SPAC)との合併を通じて年内に上場する計画を発表した、ドイツのいわゆる「空飛ぶタクシー」開発企業リリウム(Lilium)。
あれから半年が過ぎようという8月2日、同社は南米のアズール・ブラジル航空(Azul Brazilian Airlines)と電動垂直離着陸機(eVTOL)220機の供給について、条件交渉を進めていることを明らかにした。
また、リリウムの上場を前提条件に、アズール航空が同社に取締役2人を派遣することも同時に発表した。
機体以外にモニタリングプラットフォームや交換用電池、スペアパーツも併せて供給する予定で、契約規模は最大で総額10億ドル(約1100億円)に達するという。
リリウムとアズール航空は(詳細を詰めたうえで)戦略的提携を結び、ブラジル国内に共同でeVTOLネットワークを構築・運営する。2025年の運航開始を予定している。
今回の契約はリリウムにとって大きな前進を意味する。
同社は2015年創業、ドイツ・ミュンヘンに本拠を置くスタートアップ。ゼロエミッションのエアモビリティを使って、都市部の交通渋滞を避けて移動できるネットワークの構築を目指している。
開発中のeVTOLは7人乗りで、高度1万フィート(約3キロ)を最大時速175マイル(約280キロ)で飛行可能。ニューヨーク中心部にあるマンハッタン地区から、その南東クイーンズ地区のジョン・F・ケネディ国際空港まで、およそ5分で移動できる。航続距離は155マイル(約250キロ)。
リリウムとの合併により同社を上場させようとしているSPAC、ケル・アクイジション(Qell Acquisition)の創業者兼最高経営責任者(CEO)バリー・エングルは「これまでにない新たな交通手段」と評価する。
「基本的には飛行機を使いたくなるような距離よりは近くで、なおかつほとんどの人がクルマを使うような距離よりは遠い、そんな目的地への移動に向いています。長くて退屈なクルマでの移動に代わるものと言えるでしょう。
そう遠くない将来、自動車産業全体と同じくらいの市場規模に成長する可能性があると考えています」
なお、Insiderの取材に応じたエングルは、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の元経営幹部で、北米部門のトップを務めた人物だ。
米フロリダ州オーランドのeVTOL専用ポートと駐機中のリリウムジェットのイメージ。
Lilium
eVTOL分野のプレーヤーとしては、米ユナイテッド航空から10億ドル相当の機体を受注したアーチャー・アビエーション(Archer Aviation)や、トヨタ自動車から4億ドル(約440億円)の出資を受けて2024年の商業運航開始を目指すジョビー・アビエーション(Joby Aviation)などがあげられる。
米金融大手モルガン・スタンレーの最新レポートによれば、世界のeVTOL市場は2040年までに1兆ドル(約110兆円)規模にまで成長する可能性があるとされるが、もはや絵空事とは言えない。
前出のエングルは、リリウムが(投資家向けに)提示している事業計画を遂行できれば、eVTOL市場のリーディングカンパニーになれると強調する。同社はアズール・ブラジル航空との条件交渉と並行して、米フロリダ州とドイツでeVTOLによる航空ネットワークの構築に取り組んでいる。
航空ネットワークの構築はビジネスの核心と言える。エングルは次のように説明する。
「リリウムは、多くの方々が効率的かつ持続的に、しかも手ごろな料金で、都心から別の都心へと移動できるよう、ヘリポートネットワークの構築を進めています。
電話で呼んだら家の前にタクシーが空から降りてきてくれる、というものではありません。eVTOLはいわゆる「空飛ぶクルマ」ではないのです。
民間航空機とまったく同じ要件を満たし、民間航空機と完全に同水準の安全性を確保して規制当局から許可を受けた正真正銘の航空機であって、タクシーの延長上にあるのとはまったく異なる世界なのです」
(翻訳・編集:川村力)