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2年ぶり甲子園の残酷な五輪との対比。球児たちの夏を追った作家が見たもの【きょう開幕】

甲子園球場

コロナで中止となった昨年の夏の高校野球。今年は9日に開幕を迎える。

Shutterstock.com/beeboys

新型コロナウイルスの感染拡大から中止となった2020年の全国高校野球選手権大会から1年。デルタ株が全国で猛威を奮い、帰省や旅行の中止まで呼びかけられる中、夏の甲子園が2年ぶりに開かれる。台風の影響で順延され、8月10日開幕だ。あの中止は高校野球にとってどんな「意味」があったのか。

甲子園という高校野球の象徴である舞台を失った高校球児に密着したノンフィクション『あの夏の正解』の著者である、作家の早見和真さんに聞いた。

『あの夏の正解』の主役は2つの強豪校、済美(愛媛)と星稜(石川)の野球部だ。夏の高校野球が中止となったのは第2次大戦中を含めて3度目で、戦後では初だった。2020年5月20日に中止の決定が発表された時から、早見さんはこの2校の野球部の「夏」に密着した。

済美は2002年の野球部創設2年で、春の選抜高校野球大会に初出場初優勝を成し遂げ、その夏も準優勝。以来、愛媛を代表する野球強豪校として全国に名が知られるようになった。星稜は言わずと知れた松井秀喜さんの母校。甲子園には春夏合わせて34回出場の名門で、1995年と2019年には夏の大会で準優勝もしている。

この2校は2018年夏、100回大会の2回戦で対戦している。結果はサヨナラ逆転満塁ホームランで済美が星稜を下すという、甲子園では史上初のドラマを演じたという縁もあった。

甲子園がなくなり「初めて野球を楽しめた」

早見さん

補欠だった高校時代の体験をデビュー作のテーマにした早見さん。小説に書いても高校野球へのネガティブな感情が払拭された訳ではなかった。

早見さん提供

そんなドラマを持つ強豪校の選手たちが、高校球児にとって唯一無二の目標である甲子園という舞台を失ったら、その日からどんな「夏」を過ごし、どう高校生活を終わらせるのか。その後の人生の選択においてどんな影響が出てくるのか。もっと言えば、高校野球そのものに何らかの影響があるのではないか。

早見さんは「甲子園というものの正体」がつかめるのでは、と取材を進めた。

「なぜ甲子園だけが特別なのかと問われても、高校野球の中にいると当然のように目指すべきものとしてあり、そこへの揺らぎがあまりにもないので俯瞰して見ることすらできない。毎年のようにドラマを積み重ねて100年続いてきたという大いなる幻想によってつくられたものも大きいと思います」

『あの夏の正解』には象徴的な球児たちが何人か登場する。

「メンバー外」、つまり補欠選手もいる。強豪校になるとメンバー外の選手は試合に出るチャンスどころか、ノックすら受けられない。それが甲子園がなくなったことで練習試合に出るチャンスを得る。

星稜のキャプテンの口からは、「甲子園がなくなったことで初めて野球を楽しめた」という言葉も出る。甲子園というものの“罪”の一端に触れた気がした。

「甲子園に出なくては、勝たなくてはというプレッシャーから解放されたときに、本当にいい顔をした一瞬があったんです。それは間違いなく野球を純粋に楽しんでいる顔でした。甲子園が生み出したものの一つが、純粋に野球を楽しめないということだった。

それでも憧れてやまない魔力もある。甲子園の正体の尻尾に僕が触れたと思ったのが、この『野球を初めて楽しめた』という言葉でした」

野球ボール

甲子園がなくなったことによって、「その正体」に近づけるのではないかと思った。

Shutterstock.com/mTaira

大人に無視され続けた3年間

早見さん自身も神奈川県の強豪校、桐蔭学園の野球部員だった。しかし、3年間ベンチ入りすら叶わない補欠。「高校野球は自分を幸せにしてくれなかった」という思いがくすぶり続け、ライターをしている頃は野球に関する取材も執筆も断り続けてきた。しかし、小説家としてデビューできるチャンスが巡ってきたときに選んだテーマは、あれほど嫌悪してきた高校野球だった。

「僕は長く高校野球を恨み倒してきて、卒業後はまともに見ることもできませんでした。デビュー作『ひゃくはち』を書いてやっと解き放たれたと感じていたんですが、今回12年ぶりに高校野球を取材したら、まだ全然恨み倒している自分に気づきました。そのぐらい鮮烈な体験をした3年間だったんです」

高校野球

自己形成のプロセスにおいて敏感な高校3年間で、高校球児が身に付けるのは技術やチームワークだけではない。

REUTERS/Issei Kato

早見さんの「恨み」の根源には、3年間「大人に無視された」という経験がある。

「名門校、強豪校の野球部員で、野球がうまくないという1点で、その他大勢と見られてきたことは鮮烈に焼き付いています。グラウンドの外では寮長を務めるなど、それなりに存在感があったはずで、野球さえなければチームの主役にもなり得たのに、その僕がグラウンドに出ると監督や新聞記者など大人たちの視界に入らない。あのときの感覚が本当に忘れられなくて、大人になった今の自分の振る舞いにもつながっていると思います」

取材中にはこんなこともあった。

済美のキャプテンから、「早見さんだけは他の記者とは違うから、素直に取材に答えようとみんなで話し合ったんです」と打ち明けられたという。

「彼らはこう言えば僕が喜ぶというのを敏感に感じたんだと思うんですが、それこそが野球部に蔓延するトップダウンの風紀の育まれ方だとも思いました。キャプテンという影響力のある人間から言われると逆らえない雰囲気ができてしまう。本当はこの大事な時期に来て欲しくないと思っている子はいるはずで、僕はそういう声こそ聞きたかったのに、もうその声は出せなくなってしまう」

大人の喜ぶことを言うのも、野球部に共通する集団的な同調圧力だと感じて嫌悪してきた。

特に人生を賭けた舞台に立てるかどうかの「人事権」を握る監督には絶対に逆らわない。その人事権からも同調圧力からも、甲子園さえなくなれば彼らは解放されるのではないかと思っていた。

「選手たちにとっては望ましいことではありませんが、もし仮に3年間甲子園がなくなれば、高校野球はもっと変わっていったかもしれません」

あまりにも残酷な五輪との対比

国立競技場

コロナ禍で多くの我慢を強いられた子どもたち。その中で「なぜ、五輪だけ」という感情はくすぶり続けるだろう。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

そして2021年。甲子園は2年の空白を経て開催される。だが、そこに立ちはだかったのもまた、コロナだった。

済美は6月に学校内でクラスターが発生し、県大会直前の追い込み時期に練習が十分にできず、愛媛県大会の2回戦で敗退。そして星稜は県大会の最中に野球部内に陽性者が出て、石川県大会の準々決勝の出場を辞退した。

新聞記事を検索すると、各県でコロナによる出場辞退は相次いでいる。

「僕は本に被害者は3年生よりもむしろ2年生(今年の3年生)かもしれないと書いたのですが、それがまさに現実になってしまったなと。去年はみんなが平等に甲子園を奪われた。でも今年はくじ引きのように、名門も弱小も関係なくコロナで辞退に追い込まれるところがあったり、米子松蔭高(鳥取)のようにいったんは辞退に追い込まれながら、一転救済されて出場できるところがあったり。

まだ去年の方がかける言葉があったけど、今年の星稜の子たちに僕はどんな言葉がかけてあげられるのかが見つかりません」

一方で東京五輪は開かれた。

五輪ではチーム内に感染者が出ても、他のメンバーは当日の検査さえクリアすれば出場が認められるという“変則”のルールができた。一方、高校野球など多くのスポーツではチーム内に感染者が出ればチーム全体が出場を辞退に追い込まれる。その対比があまりにも残酷だ、と早見さんは言う。

「この大人の身勝手さに、僕が高校球児だったら納得いかないと思います。五輪はなんとか出場させようとやっていたのに、俺たちはなぜ諦めさせられちゃうんだと。

僕が去年3カ月球児を取材して思ったのは、納得して終われるかどうかが次への一歩につながる、ということでした。大人の事情や判断で中止をするなら『終わり方』を用意してあげなくてはいけない。そういう意味では2020年は甲子園がなくなった代わりに、各都道府県で代替の大会が開かれた。

今年はかたや盛りがっている五輪の一方で、挑戦する権利すら奪われた子どもたちがいたことを、僕たち大人はもっと受け止めなくちゃいけないと思います」

(文・浜田敬子


早見和真:1977年、神奈川県生まれ。2008年、強豪校野球部の補欠部員を主人公にした小説『ひゃくはち』でデビュー。『ザ・ロイヤルファミリー』でJRA賞馬事文化賞と山本周五郎賞を受賞。主な作品に『イノセント・デイズ』『ぼくたちの家族』『ポンチョに夜明けの風はらませて』など。『あの夏の正解』は本屋大賞とノンフィクション本大賞に同時ノミネートされている。

※編集部より:全国高校野球選手権大会の開幕日程が、台風の影響で順延されたことを追記しています。2021年8月9日10:00

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