ヘラルボニー社長の松田崇弥さん(左)とファッションエディターの軍地彩弓さん。
これからの消費は、「ミニマル」「デジタル」「ローカル」「オネスト」になる——。
そう話すファッションエディターの軍地彩弓さんが、4つのキーワードの体現者に会いに行く対談シリーズ。
今回のゲストは、障害のあるアーティストの作品をデザインし商品化するヘラルボニー社長の松田崇弥さん。自社ブランドの販売とアートライセンス事業を中心に展開しています。現在30以上の福祉施設とライセンス契約を結び、アートライセンス2000作品を所有。
「障害のある人と健常者の境界をなくす“運動体”として捉えられたい」と話す松田さん率いる、ヘラルボニーが目指す世界とは。
1. シンプルにかっこいいから「福祉の枠」を飛び出した
軍地彩弓(以下、軍地):ヘラルボニーの店舗、すばらしいですね。ハンカチ、傘、エコバッグ……障害を持つ方が描いたアートがさまざまなプロダクトとして展開されているわけですが、どれも美しくてずっと見ていられます。そもそも、「福祉実験ユニット」を称するヘラルボニーとはどのような会社なのでしょうか?
松田崇弥(以下、松田):僕たちが目指しているのは、福祉分野における吉本興業やエイベックスのような存在です。そう言っても、よく分からないですよね。一体どういうことか、起業の経緯からお話ししたいと思います。
対談は東京・コレド日本橋の期間限定ショップ(6月19日〜7月17日)にて行われた。(右上から時計回りに)ヘラルボニーのレギュラーアイテムである、アートエコバッグ(税込2420円)、店内の様子と傘(3万5200円)、アートスカーフ(税込8800円)&アートハンカチ(税込2750円)。
松田崇弥(以下、松田):ヘラルボニーは僕と、一卵性の双子である文登のふたりで立ち上げた会社です。僕たちには4歳年上の兄がいて、彼は自閉症という先天性の障害を持っているんですね。
小さいころから兄が偏見にさらされるところを目の当たりにしてきましたし、中学校では自閉症スペクトラムを生徒からネタにされることもありました。
障害が欠落として扱われる、そんな社会を変えたいとずっと思っていました。
軍地:その原体験を経て、アートを事業にしようと思ったのは?
松田:24歳の夏に、地元・岩手県の「るんびにい美術館」に足を運んだことがきっかけです。ボーダレス・アートを掲げているその美術館で、「アール・ブリュット(アウトサイダー・アート)」の存在を知りました(※)。
それに彼らの作品を見て、シンプルにかっこいいなと思って。これを「福祉」の枠から出してビジネスに乗せられたら……と、アイデアが浮かびました。
軍地:彼らの生み出すアートって、圧倒的なパワーがありますね。 私の母がボランティアで障害児教育に携わっていたこともあって、「ねむの木学園」の本を読んでいたりしたので、アウトサイダーアートは比較的近い存在でした。
ただ、 障害を持つ作家さんは一人ひとり個性が強くて、こだわりもある。アートを仕事にするのは大変なことと想像できます。そんな彼らの作り出すアートをどのようにしてビジネスに乗せようと考えたのですか?
松田:その問題の解決策として、ライセンスビジネスにすることを思いついたんです。作家さんから作品のデータを預かり、それを運用すればいいじゃないかと。
預かったデータを企業さんに渡して、たとえばそれがパッケージなどの商品デザインに起用される。その売り上げから、規定のパーセンテージを作家さんに還元する。制作以外の仕事はすべて僕らが担うビジネスモデルなら、作家さんの負担にならないだろうと考えました。
※アール・ブリュット:正式な芸術教育を受けていない人による、内から湧き上がる作品を指す言葉。フランスの近代美術かジャン・デュビュッフェが1940年代に生み出した。日本では障害者芸術を指すことが多い
2. 鳴かず飛ばずの状況から、モノづくりに舵を切る
商品の紹介文にはアーティストの名前と作品の背景までが1つひとつ記載されている。
軍地:とはいえ、障害のある人のアートという繊細なジャンルを、安定的なライセンスビジネスとして成立させるのは大変な道のりだったのではないでしょうか?
松田:おっしゃるとおりで、最初はまったくうまくいかず、売り上げゼロの月が続きました。企業に「障害のある人のアートを商品デザインに使いませんか」と営業しても、まったく響かない。「チャリティーですか」と言われることも、CSR部門の方に対応されることも多々ありました。
軍地:「慈善事業」感が出てしまうんですよね。チャリティ=施し、のような空気感がある。安くて当たり前、のような。それは私が子どものころに経験した、昭和の福祉そのものです。
松田:ええ。でも、実績ゼロのところで「アートを使いませんか」と言っても、企業の方だってイメージしづらいのも事実。そこで、まずは自社事業としてブランドを立ち上げることにしたんです。ものづくりに舵を切り、世界観をつくり込んだ店舗を持ってみようと。
大きなチャレンジでしたが、この判断は正解でした。思想をまとった店舗やプロダクトがあることで、僕たちのやりたいことがまっすぐ伝わるようになったんです。
軍地:ライセンスビジネスを成功させるためのリアル店舗だったわけですね。しかし、モノづくりをするとなると初期費用もかかるし関係者も増えます。在庫リスクも抱えることになる。大きな投資だったのでは?
松田:年間を通して売れる定番商品しかつくらないなど、いくつか方針を決めています。一時的に在庫を抱えても、長く販売していけますから。資金力のある会社ではないので、そこはすごく考えましたね。
軍地:ファッションD2Cでも季節ごとにセールをかけず、長期間、定価で売っていくブランドが増えてきましたが、同じ発想ですね。
3. 小山薫堂さんと働いて学んだ「逆張り」の価格設定
軍地さんが着用するのはヘラルボニーのアートマスク(税込4400円)。
軍地:もうひとつ特徴的なのが、価格設定。ここも従来の福祉の枠組みとは違います。いわゆる、「安くはない値段」ですよね?
松田:大学卒業後に小山薫堂さんの会社で働いていたのですが、彼が「逆張り好き」だった影響もあるかもしれません(笑)。「障害者がつくったもの=安い」と思われているなら、逆に高くしようって。
実際、価格が上がっても構わないからいいものを作る方針で、自社ブランドの製品には国内の高い製造技術やサステナブル素材を積極的に導入しています。クオリティの高いものがちゃんとした金額で売れたほうが、社会的なインパクトも大きいはずですから。
軍地:それは間違いありませんね。お客さんから「高い」と言われることはありますか?
松田:それは正直、まだあります。この前も、「障害者が描いてるのにこんなに高いの!?」ってストレートに言われて。でも、そういう方がいらっしゃるということは、従来のイメージに対して逆張りになっているということ。いまの価格設定は間違いじゃなかったなと思いますね。
そもそも障害のある人の賃金体系は低い。兄は空き缶をガシャンガシャンと潰す仕事をしていますが、給料は3000円です。
軍地:それは一日?
松田:1カ月です。兄みたいにできないことをできるようにすることだと、お金に結びつきづらい。その構造を変えていきたいと思っています。
軍地:なるほど。それにしても、発想の転換が見事です。いままでのアウトサイダー・アートでは、作家がお金を得るためには作品をつくり続けなければなりませんでした。それがライセンスビジネスなら、一度つくった作品を運用しつづけることができる。
4. 目指すは数字ではなく、バウハウスのような運動体
軍地:いま、年商はどのぐらいでしょうか?
松田:およそ1億円を超えたところで、まだまだこれからです。支援に逃げずしっかり売り上げを立てることが大切ですし、このビジネスモデルで年商50億、100億円に到達したら「イノベーションが起こせた」と言えるんじゃないかなと。
軍地:それは社会的にもインパクトがありますね。
松田:と言いつつ、数字に固執しているわけでもなくて。僕たちは、「ヘラルボニーの出現によって障害へのイメージや考え方が変わった」と言われる存在になりたいんです。アーツ・アンド・クラフツ運動やバウハウスのように、運動体として捉えられたい。
軍地:すばらしいビジョンです。これまでのアウトサイダー・アートは、社会の価値変化までは起こせませんでした。根底のところで、障害のある人と健常者を明確に区別していた。
でもヘラルボニーは、むしろ障害者と健常者の境界をなくす「思想のデザイン」にまでチャレンジしている。社会の変革がミッションなんですね。
松田:そうですね。ただ、使命感に燃えているというよりは、単純にそのほうがワクワクするんですよね。挑戦しがいがあります。
5. "誰かのために何かしたい"より"自分のワクワクを"
軍地:私、先ほどおっしゃっていた「支援に逃げない」って言葉、すごくいいなと思うんです。それはつまり、彼ら彼女らが好きなことできちんと対価を得ていくということだから。
松田:もちろん作家さんが活躍されたり、親御さんや地域の人にそれを喜んでもらうことにも大きな意味はあります。でも、それだけじゃダメなんです。僕たちは営利企業としてお金を循環させ、作家さんに還元していかなければなりません。
だから作家さんはヘラルボニーにとって、「支援の対象」ではなく「ビジネスパートナー」。これはとても大切にしている考えで、行動指針となるカルチャーコードのひとつに据えています。
松田さん着用のヘラルボニーのジャケット。折り返しの柄はアーティスト・高橋南さんの「風のロンド」。
軍地:ほかにはどのようなカルチャーコードがあるんですか?
松田: 個人の指針である「パーソナルマインド」と会社の指針である「コーポレートマインド」の2種類があります。秋ごろホームページ上でも公開する予定ですが、前者のひとつめは「主人公は常に自分である」ですね。
軍地:どうしてその言葉をはじめに?
松田:僕らみたいな事業を展開していると、「誰かのためになにかしたい」って人がたくさん来てくださるんですよ。でも、そのマインドはヘラルボニーには合わないと思っていて。
軍地:それは意外ですね。
松田:なにかことを起こすには、貢献意識よりも好奇心や達成欲、それこそ「ワクワク」といった自分の感情のほうが大事です。そういう意味で、人生の主人公は自分であって他者ではないぞ、と伝えたかった。
軍地:ああ、なるほど。そういえば、アダム・スミスの『国富論』にも「個人の利益を追求する行動こそが国に利益をもたらす」と書いてあります。利他の前に利己の精神があるほうが社会は豊かになるし、結局はサステナブルなのかもしれませんね。
モノや気持ちだけでなくお金も回す「新しい循環」
軍地:会社の指針であるコーポレートマインドには、どのようなものがありますか?
松田:「アーティストファーストを徹底する」といった、ビジネスのベースとなる思想です。納期が遅れる場合はクライアントに先に謝罪する、福祉施設を急かさないなど、謝る順番も決めています。
また、具体的な行動指針として「非営利団体ではなく営利企業である」「福祉領域の経済循環を構築し、利益を得て制定の対価を支払う」といった、事業のあり方も記しています。
軍地:そこが最大のポイントですよね。今までは「いいこと」は非営利企業、それ以外は営利企業と二分されがちでした。でも、ちゃんと利益を上げて関係者に分配することが、21世紀型の福祉の姿であるはず。
その点、ヘラルボニーは福祉分野の営利企業として、モノや気持ちだけでなくお金も回す「新しい循環」を生み出した。これは本当にすごいことだと思います。
松田:そう言っていただけてうれしいです。
松田さんとの対話は私の中にあったいくつもの“常識”を覆してくれました。
私自身、子供の頃から違和感があった「障害者」という言葉。何を基準に彼らを区別するのか? アートの中で全ての人は自由です。他を凌駕する創造性を持ってのみ、作品は評価されるべきです。
ヘラルボニーではそんな作家の一人ひとりを「異彩」と表現します。障害者ではなく異能を持った作家と捉えるだけで、こんなに見方が変わるのか、と思いました。
福祉、慈善ではない新しい自立への道筋。お兄さんの存在があったからこそ、既存の常識を疑問視し、逆張りの発想ができたのだと思います。 これは大きな社会実験です。
松田さんが「バウハウスのような運動体」とおっしゃっていたのも印象的です。必要なのは企業として生きる「思想」。思想が生み出す「仕組み」の必要性を感じました。
(構成・田中裕子、撮影・西田香織、編集・小倉宏弥)
松田崇弥: 1991年、岩手県生まれ。東北芸術工科大学、企画構想学科卒業。小山薫堂が率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズ、プランナーを経て独立。「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験ユニットを双子と共に設立。岩手と東京の2拠点を軸に福祉領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーのクリエイティブを統括。誕生したばかりの娘を溺愛する日々。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。日本オープンイノベーション大賞「環境大臣賞」受賞。
軍地彩弓: 大学在学中から講談社でライターを始め、卒業と同時に『ViVi』のライターに。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、 を設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。