ヘラルボニー社長の松田崇弥さん。
これからの消費は、「ミニマル」「デジタル」「ローカル」「オネスト」になる——。
そう話すファッションエディターの軍地彩弓さんが、4つのキーワードの体現者に会いに行く対談シリーズ。
前編では、障害のあるアーティストの作品を事業化するヘラルボニー社長の松田崇弥さんに、起業の経緯と実現したい世界を聞きました。後編では、そのビジネスモデルとこれからについて迫ります。
1. ホテル泊で、作家に収益が入る“新しい仕組み”
ヘラルボニーのアップサイクルアートトートバッグ(税込2万7500円)。
軍地彩弓(以下、軍地):ヘラルボニーは設立3年目とのことですが、現在、どのような収益モデルになっているのでしょうか。あらためて、全体像を教えてください。
松田崇弥(以下、松田):大きくは「ファッション」「インテリア」、そして「アートライセンス」の3つの領域があります。
「ファッション」は、店舗展開を含む自社ブランド事業。3つの中では唯一のto Cですね。ただ、この領域で売り上げを増やしていくつもりはあまりないんです。世界観が徹底されている「ショールームとしての店舗」を全国で数店舗つくり、ブランディングの場所とする。それをベースに、to Bが育っていく流れをつくりたいと思っています。
「インテリア」は、ホテルのプロデュースです。
軍地:ホテル?
松田:はい。直近だと、 来年度に開業を予定している岩手県盛岡市のホテルプロデュースを控えています。コンセプトルームとして一部客室のスツールやクッションなどのファブリックデザインに、ヘラルボニーと契約している岩手県出身の作家さんが描いたアートを使用する予定です。
これで、お客様が宿泊するごとに規定のパーセンテージが作家さんにも支払われる、新しい仕組みをつくれたらなと。今後、この領域には力を入れていきたいですね。
そして、「アートライセンス」。先ほどお話ししたとおり、作品データを販売して、食品のパッケージデザインやアパレル、オフィス内装などに使っていただいています。最近は、企業ノベルティの事例も増えていますね。
2. 「工事現場にアート」売り上げの主軸は街づくり
軍地:オフィスでいうと、どのような企業が導入しているんですか?
松田:はじめに導入していただいたのがパナソニックでした。前例もなかったのにガツンと入れてくださって……本当にありがたかったです。
ヘラルボニーのアート作品がはじめて導入された、パナソニック(東京・汐留浜離宮)6階・オフィスエリア「Ideation Lounge」の壁面・クッション。
提供:ヘラルボニー
軍地:それは、松田さんたちが営業したんですか?
松田:いえ、若手起業家のピッチコンテストに出たのがきっかけです。僕たちのプレゼンをたまたま聴いていた担当の方が、声をかけてくださって。おかげさまですばらしい導入事例となりましたし、僕たち自身も「このビジネスでいける」と自信を持てました。
軍地:そういう出会いは大切ですよね。アートライセンス事業の中では、どの分野の売り上げが大きいんですか?
松田:ゼネコンがクライアントの、街づくりですね。工事現場のまわりをぐるりと囲む「仮囲い」とか。
ヘラルボニーは、建設・住宅を守る仮囲いを、新発見ができるミュージアムと捉え直して「全日本仮囲いアートプロジェクト」を企画。写真は2020年7月、JR高輪ゲートウェイ駅の開業に合わせてアーティストが制作した作品を仮囲いに並んで表示。
提供:ヘラルボニー
軍地:工事現場にアート! 街が華やかになりますね。
松田:ええ。共同創業者である双子の文登はゼネコン出身なんですが、「ここにチャンスがある」とずっと言っていて。
僕は「仮囲い」って言葉すら知りませんでしたが(笑)、その通りでしたね。役目が終わった後はトートバッグにアップサイクル(※)できるので、エコでもあるんです。
※元の製品よりも高い価値を付加する再利用の方法
3. 世界が驚く「アートビジネス」が日本から生まれた理由
軍地:「障害のある人のアート×ライセンスビジネス」ってもちろん日本では新しいんですが、海外の事例はあるのでしょうか。
松田:それが、ないらしいんです。ニューヨークで活動するアウトサイダー・アートのクリエイターが、「日本ではこんなビジネスが始まっているのか!」と驚いていたので。世界でも聞いたことがないぞ、と。
軍地:なるほど。たしかに、ライセンスビジネスって日本的なんですよね。日本のファッション系の商社で発展した仕組みですね。
松田:へえっ、そうなんですね。
軍地:ものづくりの技巧はあるけど、ラベル(ブランド)がない——そんな高度成長期に広まったビジネスモデルなんです。ある海外ブランドとライセンス契約して、日本製のタオルや食器にロゴを入れる。それだけで爆発的に売れた時代がありました。
ただ、 ネームさえあれば、という商品が増えてしまって。ヨーロッパブランドがブランディングを見直す流れとなって、今ではライセンス形態はかなり減少しました。
松田:はー、歴史までは知らなかったです。
軍地:ライセンスビジネスはブランドのクオリティ管理が難しい。知名度さえあれば打ち出の小づちになりますが、イメージを壊してしまったらブランドを毀損しかねない。2000年以降、海外ブランドはより高質化とイメージ戦略に特化しています。バーバリーが日本のライセンシーである三陽商会を切ったのもそういう理由です。
そういうわけで、ヘラルボニーのビジネスモデルは日本らしいなと感じたんです。そして「世界を見ても例がない」ということは、今後、海外のアウトサイダー・アートのライセンスプラットフォームになり得るでしょうね。
松田:はい。そのニューヨークのキュレーターからも、将来的にはヘラルボニーUS、ヘラルボニーチャイナといった展開もできるだろうと言われました。ぜひ実現させたいですね。
4. ローカルの熱狂からイノベーションは始まる
ライセンス契約を結ぶ、ヘラルボニー創業の地・岩手の「るんびにい美術館」のアーティストたち。
提供:ヘラルボニー
松田:一方で、僕たちを語るうえで欠かせないのは「岩手のベンチャー」ということです。僕らの出身地ですし、るんびにい美術館も岩手の施設。ヘラルボニーのアイデンティティは地元にあるんです。だから本社はもちろん、百貨店進出の一店舗目も岩手を選びました。
もちろん、売り上げでいえば東京のほうが断然大きい。でも、それ以上に地域の熱狂を大事にしていきたいと考えています。
軍地:地域の熱狂、まさにですね。
松田:僕たち、岩手では知名度が高いんです、本当に(笑)。街ではよくヘラルボニーのエコバッグを見かけるし、ローカル番組内には紹介コーナーをつくっていただけるし、知事も僕たちのネクタイを使ってくださる。岩手の人たち総出で応援してもらっている感覚があります。
東京でイノベーションを起こすのは、難しい。でも、地方の熱狂に乗れば可能性がある。そんな予感がしています。
軍地:東京だと埋もれてしまうことも、地方なら注目されますよね。それに地域の熱狂を全国に広めていくほうが、ブランドとしても今の時代に合っていますね。
松田:たとえばスノーピークさんを見ていても、地方とブランドの関係っておもしろいなと思います。売り上げは都市部が大きくても、燕三条(新潟県)の企業であることが大切なアイデンティティになっている。「スノーピーカー」と呼ばれるファンは燕三条にキャンプに行き、「最高だったね」と言って、また東京でお金を使ってくれるわけです。
同じように、ヘラルボニーを体験していただくのは岩手だなと思っていて。だから、ギャラリーもホテルも岩手県内でつくるんです。その体験で得た興奮を持ち帰って、また東京で商品を買ったりライセンス契約していただけたりしたら理想的だな、と。そういう循環も作っていきたいですね。
5. 「偏見をなくそう」ではなく「やさしい啓発」を
「岩手県知事も、うちのネクタイをいつも締めて、すごい応援してくださっている。有難いですね」(松田さん)
軍地:それも、あらゆるデジタル化が進んでいるからできることですよね。地方にリアルの拠点を持ちつつオンライン上で発信もできるし、ECサイトからスタートで、無駄な投資をしなくていい。デジタルオリエンテッドであることは、今成功する会社にとって不可欠なことです。
デジタル化が進むことによって、ローカルの価値が上がっていると言えるでしょう。
この点も含めて、ヘラルボニーは時代とのタイミングがぴたっと合っている感じがします。いまはビジネスモデルの変換点で、ESG投資も盛んです。2021年はパラリンピックで「障害」との向き合い方もアップデートされるエポックメイクな年になりますしね 。
松田:たしかに、おっしゃるとおりですね。まったく計算はしていなくて、全てたまたまなんですが(笑)。
軍地: ヨーロッパではコロナ禍を経て、またアール・ブリュットが再燃しています。私自身、アウトサイダーアートを購入する機会が増えたのですが、もはやそこに隔たりは無くなってきています。
これは世界的な潮流になるでしょうし、ヘラルボニーはそんな社会において数十歩先のビジョンを掲げている。ヘラルボニーの商品を買うと、作家の紹介を書いたカードがあり、そこに書いてある「異彩を放て!」の言葉がまさに松田さんたちの思いなのですね。お話を伺っていて、心からワクワクしました。
松田:ありがとうございます。「障害のある人への偏見をなくそう!」と声高に叫ぶのではなく、アートを通したやさしい啓発ができたらと思っています。まずはここから5年、どんどん挑戦していきたいですね。
今回の対話で最も感銘を受けたのは、その稼ぐ「仕組み」作りです。アートライセンス事業とアートブランド事業。絵を一枚一枚売るのではなくて、グッズ制作をすることでひとりの作家の利益を増幅させる「ライセンス」の発想。そして、仮囲いなど、人の目に見えるパブリックアートに事業展開したことで、陰に隠れていた障害者アートを地域を巻き込んだ事業に発展させました。
地元岩手から発信すること。「ローカル」の強みを最大に生かすこともヘラルボニーの特徴です。ここには私たちが模索している新しい企業体の形があります。中央集権、東京に一極集中する強者のための資本主義への閉塞感。そこを超えて弱者を作らない仕組みに転換へ。小さな革命がここから起きているのです。
(構成・田中裕子、撮影・西田香織、編集・小倉宏弥)
松田崇弥:1991年、岩手県生まれ。東北芸術工科大学、企画構想学科卒業。小山薫堂が率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズ、プランナーを経て独立。「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験ユニットを双子と共に設立。岩手と東京の2拠点を軸に福祉領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーのクリエイティブを統括。誕生したばかりの娘を溺愛する日々。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。日本オープンイノベーション大賞「環境大臣賞」受賞。
軍地彩弓: 大学在学中から講談社でライターを始め、卒業と同時に『ViVi』のライターに。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。