コロナ禍でオンライン教育は小中学生に一気に普及した。
REUTERS
中国政府が少子化対策の一環として、宿題と(学習塾や英語教室などを想定した)校外教育の負担を減らす「双減」政策を打ち出した。中国の子どもが勉強漬けになり、保護者にも大きな負担がかかっていることは長らく社会課題と認識されていたが、政府の改革は社会構造を力技で壊すものであり、効果以上に副作用も懸念される。
「中国政府、少子化対策で「宿題禁止令」。幼稚園で円周率100ケタ暗記、重い負担が社会問題に」から続く。
学校での学習完結を志向
中国政府が打ち出した規制「小中学生の宿題と塾・習い事の負担を軽減するための意見」は内容が多岐にわたり、具体的なので、論点別に紹介したい。
宿題の軽減
- 小1、2年には筆記の宿題を出してはいけない。反復練習など知識の定着などは学校で行う。小3~6年生の筆記の宿題は1時間以内に終わる内容にする。中学生は90分。
- 機械的、非効率な宿題、あるいは過度な反復、懲罰的な宿題をやめる。
- 宿題はできるだけ学校内で終わるようにする。教師は指導やフィードバック、宿題の点検を務め、児童・生徒に任せきりにしてはいけない。
- 家庭で宿題が終わらなくても、睡眠を優先する。スポーツや読書、芸術活動を積極的に行う。
放課後の学習
- 学校は、学童サービスや夜の自習クラスを設置するなどして、児童・生徒のニーズに対応する。
- 放課後の時間を使って補習や宿題指導を行い、教育の質を上げる。芸術やスポーツ、趣味などの活動も推奨する。人材が足りない場合は、定年退職した元教師や、社会の専門人材、ボランティアなどを手配する。
- 無料のオンライン学習サービスを強化する。
※放課後の活動は、現在は民間が担っている。親が働いていて、祖父母なども近くにいない子どもは「託管」のスタッフが学校に子どもを迎えに行き、宿題を見たり補習を行う。政府の「意見」は民間が担っている放課後の教育サービスを、学校で完結するように求めている。
学校現場にとっては負担の増大だし、民業圧迫でもあるので、どう実現するのか想像がつかない。
民間教育機関に対する規制
- 各地方は、小中学校の児童・生徒向けの学習塾を新たに認可してはならない。既存の塾は非営利組織として登記する。オンライン学習塾も許可制に変更する。
- 学習塾以外の教育機関は、体育・文化芸術・科学技術に分類し、対応する当局の承認を受ける。学習塾は上場を禁じ、資金調達は厳格に制限する。
- 塾や習い事の教室は、祝休日や夏季休暇、冬期休暇に集団授業をしてはならない。また、高給で学校の教師を引き抜いてはならない。
- オンライン教育機関は、学生の思考力に悪影響をもたらす拍照捜題(問題の写真を撮って検索すると正答が表示されるアプリ)などを提供してはならない。また、海外の外国人を雇用することを厳しく禁じる。
- 学習塾、習い事スクールなどの宣伝広告を規制する。幼稚園や小中学校でのプロモーションは禁止。文具やノートを配っての広告なども禁止。
- 学校外の教育は公益であることをはっきりさせる。義務教育段階の学習塾の授業料は、政府がガイドラインを策定し管理する。高額化を抑制する。
学習塾の存在基盤を全否定
中国最大の教育企業「新東方」の株価も大幅下落した。
REUTERS/Tingshu Wang
経済全体に最も影響があるのは、民間への規制の部分だ。「営利を目的とした教育事業を認めない」「祝休日や長期休暇に集団授業をしてはならない」「広告禁止」は、学習塾を否定しているのに等しく、「資金調達禁止」「上場禁止」は、コロナ禍で急成長したオンライン教育企業、エデュテック企業の規模拡大の道を断つ措置になる。
2020年秋以降、アリババグループなどIT企業大手が独占禁止法の標的になり、玉石混交の教育産業も2021年初めから不穏な動きはあった。年初には共産党幹部から業界の無秩序ぶりを批判され、株価は下落傾向にあった。
5月に「義務教育段階の学生の宿題の負担と校外教育の負担を軽減するための意見」が中央全面深化改革委員会の会議を通過し、警戒感はさらに高まっていたものの、中身がこれほど急進的になるとは思われていなかったため、7月23日に改革の内容が徐々に報じられると、米国、香港、中国に上場している教育企業の株価が1~2日で30~50%以上下落し、「教育界のブラックフライデー」となった。
7月下旬には資金ショートやオフィス閉鎖、リストラの情報も流れ始め、実際、「新東方教育科技集団」「好未来教育集団」と並ぶ学習塾大手グループに位置する「高途集団」は、拠点13カ所を7月中に閉鎖し、教職員の3分の1をリストラすると決めた。
コロナ禍で拡大したオンライン教育、一転逆風に
学校から帰宅する子どもたち。今後は放課後の勉強や習い事も学校で完結することが求められている。
REUTERS/Thomas Peter
「意見」が今回狙い撃ちしたのは、中国で「K12」と呼ばれる幼稚園年長~高校3年生までの教育分野、特に義務教育の小中学生だ。K12向けのオンライン教育はコロナ禍で一気に普及し、2020年の市場規模は前年同期比36.2%増え884億元(約1兆5000億円)だったが、今年は一転逆風にさらされる。
また、網経社電子商務中心によると2020年のオンライン教育分野の資金調達は111件、調達額は539億元(約9200億円)だったが、今後は資金調達もできなくなる。
そして、「意見」は北京市、上海市、瀋陽市、広州市、成都市、鄭州市、長治市、威海市、南通市の9都市を試験地域に定めていることから、まずこれら地域で政策が徹底され、教育企業は打撃を受けると見られている。
地方政府の動きは早く、北京市当局は8月4日、「全国に率先して双減に取り組む」と宣言し、「学習塾の数の制限、授業時間の制限、授業料の制限」の「3限」、「カリキュラムや教育内容の厳格管理、営利化の厳禁、広告宣伝の厳格な監視」の「3厳」を徹底すると表明した。
このような情勢から教育関連株の株価が元の水準に戻る希望は限りなくゼロに近い。また、業界の発展は中国政府の意向次第であることが改めて示され、中国企業に投資するリスクも一層高まった。
生き残るには業態転換しかない
運動や芸術活動は奨励されており、試験対策でない習い事が増えそうだ。
REUTERS/Tingshu Wang
教育企業が倒産を避けるためには、業態転換以外に道がない。だが、意見の最後の方では「今後、3~6歳の幼児教育、高校生の塾、習い事に関してもルール整備を行う。小学校入学前のオンライン授業の提供や外国語を含めた学習指導を禁止する。就学前および高校生向けの学習塾は新たに承認しない」と、今後規制の範囲が広がることも明記されており、大手の多くが、「入試とは関係のない芸術・スポーツ分野」「社会人教育」「留学指導」の新事業を設立し始めた。
好未来は7月上旬、大学院進学、語学教育、留学を柱にした社会人教育への進出と、子どもの送り迎えや食事の世話などを含む学童保育を始めると発表した。高途は7月中旬、「留学エージェント」「ヘルスケア」「番組制作」などを事業内容に追加した。
小中学生を持つ親に聞く限り、今年の夏休みは塾の講座が中止になることもなく、保護者も教育機関も、管轄する地方政府からより具体的な指示が来るまで様子見をしている。
ただ、小学生の子どもがいる女性(北京市在住)は、「政策がどうなるか分からないから高額・長期の講座は申し込みにくい」と悩んでいる。長く続いた一人っ子政策で、「1人の子どもに全投資をする」社会構造が固まってしまったことが、中国の少子化の背景にあるのは間違いない。教育支出を下げるには学習塾の規制が確かに近道だが、子どもにいい教育を受けさせたいというニーズが高まり続けている中で、どこまで効果があるのか。短期的には業界への副作用の方が大きそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。