コロナ禍で学生起業した「下半身の問題に取り組む」20歳大学生の目指す世界とは?
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GUの吸水ショーツ(ファーストリテイリング)、ソフィの月経カップ(ユニ・チャーム)など大手企業の参入も相次ぎ、大手百貨店も売り場を設けるなど、昨今フェムテック市場が盛り上がりを見せている。
一方でテクノロジーを使用せずに女性特有の問題の改善を目指すものは「フェムケア」や「フェミニンケア」と呼ばれる。
その「フェムケア」商品で注目を集める女子大生起業家が、ショーツの蒸れ、締め付けから女性を解放する部屋着型ショーツ「“おかえり”ショーツ」を開発した、現役大学生で起業家の江連(えづれ)千佳さん(20)だ。
入荷直後から売り切れが続出し、SNSなどでZ世代から特に注目を集めたおかえりショーツはどのように生まれたのか。
※「フェムテック」とは「フィメール」と「テクノロジー」を掛け合わせた造語で、女性特有の生理や妊娠、更年期障害などの健康課題をテクノロジーで改善することを指す。
どうしてショーツに自分を合わせなくてはならないの?
8月8日に渋谷で行ったポップアップストアの様子。江連千佳さん(左)とI_for MEデザイナーの野村華花さん(右)。
撮影:稲葉結衣
「なんでショーツの形に合わせて毛の処理をしなきゃいけないんだろう。パンツが大きくなればこんなことで悩まなくていいのに」
江連さんの“おかえり”ショーツの制作のきっかけはYouTube広告だ。
江連さんは大学に通う傍ら、2021年2月“私らしくある自由を届ける”エンパワメント・ブランド I _ for ME を個人事業主として立ち上げ。ビジネスコンテストの「キャリア甲子園2017」や「Tokyo Startup Gateway 2020」でファイナリストに選出されるなど、新世代の起業家としての道を着実に歩んできた。
「毛の処理をしていないからパンツから毛がはみ出して彼に嫌われ、一念発起して綺麗になって彼を取り戻す」というストーリーのYouTube広告が頻繁に表示されることを不快に思ったのだ。
“おかえり”ショーツでそのままの自分でいて
こうした違和感から考案した“おかえり”ショーツはウエストや足の付け根、デリケートゾーンに余裕のある、直ばきできるショーツ機能付きリラックスウェア。
部屋着型のデザインで締め付け感がなく、横部分に入れたスリットや、調整可能な腰のリボンでフリーサイズを実現した。コットン100%で天竺編みという通気性のいい生地を使用し、既存の女性用ショーツで悩まされることの多かった蒸れを軽減するという。
価格は税込6500円。トゲだらけの社会で頑張ってきて、家で“おかえり”ショーツを身にまとうひとときだけでも、そのままの自分になってほしいという願いを「おかえり」という言葉に込めた。
クラウドファンディングで72万円を資金調達し、アイディア段階からたった3カ月で工場生産へ。2021年の国際女性デー(3月8日)、直ばきできるショーツ機能付きリラックスウェア、“おかえり”ショーツの販売を開始した。
“おかえり”ショーツは、入荷直後から毎回売り切れが続出し、テレビやWebメディア、ABEMAヒルズ、雑誌「anan」にも掲載された。8月には渋谷no-maでポップアップストアも開催するなど順調だ。
江連さんは2021年6月に「次の時代を生きる女性へ、“わたし”らしくある自由を届ける」をビジョンに掲げ、株式会社Essayを設立し、代表取締役社長に就任している。まだtoCでの売上枚数はそれほど多くないが、今後はtoBへの展開も考えているという。
下着市場への違和感から生まれた“おかえり”ショーツ
画像=©︎2021 RYUICHI SAITO
“おかえり”ショーツ制作の根底には、既存の下着市場に対する問題意識があるという。
「下着会社は、盛れるブラで(胸に)谷間を作るとか、お尻をキュッとあげるとか、体をいかにきれいに見せるかをアピールする。女性ならば美しい体型でければならない、そのために体型を補正するものを着けるという考え方自体が、女性のあるべき姿という縛りを作っていると思います」
こうした既存の価値観に違和感を覚え、“おかえり”ショーツには余計な装飾を施さないこと、また質に気をつけることを重視したという。
トレーサビリティも大切にしている。
“おかえり”ショーツに付属したタグのQRコードを読みこむことで、原材料の調達から生産、そして消費または廃棄まで追跡可能なトレーサビリティのオーガニックコットンを使用している。
デリケートな部分に使う布は、正当な労働力によって作られたものに限定するという生地へのこだわりがあり、体への配慮はもちろん、環境への配慮も欠かさない。
ショーツを履かない事で得られる2つの解放感
”おかえり”ショーツと専用のショーツライナー。オーガニックコットンを使用し、タオルハンカチのような親しみやすい形になっている。
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「そもそも20代の消費者の中にはショーツを履いてなかった人が一定数います」
支持層は10代から妊娠中の女性まで幅広いが、圧倒的な中心はZ世代だという。その理由について江連さんは、Z世代は他の世代に比べてショーツを履かないことに抵抗のない人が多いことに起因しているのでは、とみる。
そして、根強い支持の根底には、ショーツを履かないことで得られる2つの解放感があるという。
一つ目に、蒸れやかゆみ、締め付け感からの解放。女性は、幼い頃は飾りのないシンプルな綿のものを身につけることが多いが、成長するにつれてレースなどの飾りが多くついたデザインを身につけることが多くなる。
手頃な価格のものでは素材もポリエステルが多用され、デリケートな部分にはレースや合成繊維による蒸れやかゆみ、締めつけ感などが生じやすいのだ。
二つ目に、これまで性的な目で見られていたショーツを履かないという選択肢による、既存の女性らしさからの解放。これはフェミニズムの視点ともマッチしている。
また、洗濯時に外に干せることを評価する声も多い。女性は防犯の観点などから下着類を室内で干す人が多いが、“おかえり”ショーツはその見た目から外で干すことに抵抗を感じずにいられる。
フェミニズムをビジネスに落とし込む
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既存の下着への違和感や身体的な解放感に加え、“おかえり”ショーツの持つもう一つの意味は「フェミニズムを商品にこめたこと」だ。
江連さんはターゲット層にジェンダー問題やフェミニズムに興味のある人を置いている。実際に、韓国発の女性の外見などに向けられてきた社会的抑圧に対抗する「脱コルセット運動」を実践している女性から、脱コルの観点にもぴったりな商品だとSNSでコメントを受け取ることもあった。
「フェミニズムをビジネスに落とし込めないかとずっと考えていて。フェミニズムの本質を抽出したプロダクトで需要を発生させ、持続可能な形で継続的にフェミニズムの考え方を届けたい。そのプロダクトの一つとして“おかえり”ショーツを作ったことが、大きな文脈としてあります」
ただ、男性からの心ない言葉に苦しむこともある。投資家などへ商品をプレゼンした際に50代の男性に「女性がそんなショーツを履いていたら僕の下半身は機能しない。でも君はセクシーだよ」と、酷いセクハラをあびせられたこともある。
ニュージーランドの性教育で受けた衝撃
こうした事業の原点は、高校時代のニュージーランド留学での経験だ。中高大と女子校に通い、現地でも女子校に通っていた江連さんは、現地での性教育のやり方に衝撃を受けた。
「一番びっくりしたのは、男性器の模型がテーブルに置いてある教室でコンドームが配られたことですね。いやらしいものだと思っていたから、先生に『授業やりたくないです。帰っていいですか?』と言ったら、『男性がコンドームを必ず正しく付けられるという確証があなたにありますか?』と返されてハッとしました」
それまでは女性が避妊をするという発想自体がなかった。ただ、考えてみれば、男性も自分と同じようにコンドームの装着方法を習ったことがないはずだ。
間違ったやり方で避妊できなかったとしたら、自分自身を傷つけることになる。だからこそ、自分の身を守るために正しいやり方を知っておかなければならないと痛感した。
「それと同時に、女性は弱くて意思決定ができない、誰かに従うべき存在という自分の思い込みが壊されました。どんな時にも女性に選択肢があって、意思決定は私たちがしていいということを知って、色々な人生を考えるきっかけになりました」
声にならない声を明らかにして、声にする一助に
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“おかえり”ショーツを販売するブランド「I_for ME」は翻訳すると「私は私のために」という意味だ。
「自分の心や身体に向き合い、自分思いの選択で日常を彩っていくと人生は変わるという思いを込めました。日常生活でも抱える違和感を、ブランドが拡声器となって声にすることで、世の中を変えて行きたいのです」
今後、ビジネスに統計を活用していくためにも、大学ではデータサイエンスの講義を受けている。女性視点で、これまで可視化されなかったペインを数字で可視化させ、それを活用したプロダクトを社会に送り出すつもりだ。
「ビジネスの分野でジェンダーって忘れ去られてない?って思うんですよね。SDGsと言いつつ、他国の貧困層の女性を雇用‥‥みたいなものも多い。もちろんそれも大事だけど、そもそも日本の女性はどうなってるの?と思っていたので。そこに真っ向からぶつかりに行きたいと思っています」
(文・稲葉結衣)
江連千佳(えづれ・ちか):2000年東京下町生まれの女子大生。現在、津田塾大学3年次休学中。株式会社Essay代表取締役社長。2021年2月“私らしくある自由を届ける”エンパワメント・ブランド I _ for ME を個人事業主として立ち上げた。同年3月8日国際女性デーから直穿きできるショーツ機能付きリラックスウェア、”おかえり”ショーツを販売。同アイディアはクラウドファンディングで72万円の資金調達に成功を経てアイディア段階から3ヶ月で工場生産開始。2021年6月「次の時代を生きる女性へ、“わたし”らしくある自由を届ける」をvisionに掲げ、株式会社Essayを設立し、現職。