クロアチアの景勝地ドゥブロヴニクに並ぶリマックのスーパーカー。中央はブガッティの高級スーパーカーだ。
出典:RIMAC公式サイトより
「小が大を食う」ということは洋の東西を問わず痛快なことだ。
欧州では電気自動車(EV)の分野でこうした現象が生じている。今年7月5日、小国クロアチアの新興EVメーカー、リマック・グループ(以下リマック)がドイツ最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン傘下のポルシェと合弁企業を設立すると発表した。
新会社の名前はブガッティ・リマック。株式の55%はリマックが、45%はポルシェが保有する。実質的に、リマックがポルシェからイタリア由来の名門ブランドであるブガッティを引き継いだ形だ。
今後、主力の高級車である「シロン」などブガッティ・ブランドの車両は、ブガッティ・リマックからリリースされることになる。
ブガッティは100年以上の歴史を持つ高級スポーツカー(ハイパーカー)のブランドだ。現在のブガッティは1998年に経営破たんした、イタリアのブガッティ・アウトモビリからフォルクスワーゲンが商標権を買い取って設立した会社となる。従業員300人程度で、生産もハイパーカーに限定されており、小さな会社だ。
対するリマックは従業員1000人と、規模自体はブガッティより大きい。しかし創業は2009年、それも人口400万人余りの小国クロアチアのスベタネデリャという小さな街を本拠地とする文字通りの新興企業だ。
2013年にEUに加盟したバルカン半島の小国の新興企業が名門ブランドを引き継ぐ、まさに「小が大を食う」現象と言えよう。
リマック社が欧州の自動車産業でも「極めて異色」な理由
リマックの出資比率。BUGATTI RIMACにはポルシェが45%を出資している。
出典:RIMAC公式サイトより
リマックはもともと、創業者であるマテ・リマック氏が、エンジンが故障した愛車を電気自動車に改造したことにルーツがある。
起業時には海外の投資家からの出資やクロアチアの政府系金融機関である復興開発銀行(HBOR)からの融資を受けた。ハイパーカー「コンセプト・ワン」に代表される独自のEV技術が高く評価され、順調に業績を伸ばしている。
欧州車と言えば、ドイツを筆頭に、フランス、イタリアの3カ国の伝統的なお家芸。中東欧発のブランドはチェコの「シェコダ」やルーマニアの「ダチア」などがある。それぞれ歴史があるものの、ほとんどがドイツやフランスの完成車メーカーの傘下に入っている。リマックはそうした流れとはまったく異なる出自のため、欧州の自動車産業でも極めて異色の存在だ。
またEUの政策金融機関である欧州投資銀行(EIB)も2018年12月、HBORを通じて3000万ユーロ(約38億円)を融資、リマックの躍進に一役買っている。
経済成長や雇用創出の観点から中小企業や新興企業への政策的な支援の必要性が叫ばれて久しいが、リマックの勃興はHBORとEIBにとって非常に好ましい成功体験と言えそうだ。
なおHBORは7月26日、リマックのような新興企業の成長を支援しようとスロベニア輸出入銀行(SID Banka)やEIB傘下の欧州投資基金(EIF)とともに、総額4000万ユーロ(約51億円)の投資基金「中東欧技術協力(CEETT)プラットフォーム」を設立した。クロアチアとスロベニアの研究機関などに対して資金を提供し、研究開発を支援する予定だ。
なぜリマックは「成功事例」になれたのか
欧州のみならず、日本を含めた各国の政府が新興企業の成長の支援に取り組んでいるが、必ずしも期待通りの成果を得ていないというのが実のところだろう。
そうした中で、リマックのようなケースは政府がマネーの供給を通じて新興企業の成長を支援することができた好例だ。EUでEVシフトの流れが加速していることも、当然ながら追い風となった。
クロアチアの小国としての性格も、リマックの勃興につながったかもしれない。日本の政令市で言えば横浜市、県で言えば静岡県より少し多いくらいの人口にすぎないクロアチアであれば、良くも悪くも政府と企業の距離が近いため、情報の非対称性が生まれにくかったのかもしれない。
もちろん、これは推測の域を出ない仮説でしかない。
政府による「自動車メーカー支援」の成否
一方で、政府は一体、どこまで企業の成長を支援すべきなのだろうか。政府の支援が行き過ぎると、それが企業の経営をしばる介入になりかねない。
例えば中東欧の大国であるポーランドで、国産のEV製造を目指す企業エレクトロモビリティー・ポーランド(EMP)に政府が出資したケースに関しては、こうした懸念が当てはまるのではないだろうか。
EMPはもともと、政府が打ち立てた「エレクトロモビリティー開発計画」の一環として、国営の電力会社4社の共同出資によって設立された企業だ。政府の影響力が強い国策企業だったが、2021年8月初頭にポーランド政府から2億5000万ズロチ(約70億円)の増資を受けると発表、政府との距離がさらに縮まることになった。
1989年の東欧革命で共産主義政権が崩壊して以降、ポーランドは市場経済化に努め「国有企業の民営化」を進めてきた。そうしたポーランドで、政府主導による国策企業を作る流れが基幹産業である自動車産業において強まっている点は極めて興味深い。
とはいえ、政府の関与が強まれば企業の経営が放漫となるのは世の常だ。
EMPは2024年の商業生産(「イゼラ」ブランド)を予定しているが、有力企業がひしめく欧州において、ポーランドの国策EVが果たして競争力を持つかどうか定かではない。
政府は黒子になれるか
リマックのEVスーパーカー「ネベーラ」。最高速度412km/hをうたう異色のEVだ。
出典:RIMAC公式サイトより
小国クロアチアのリマック、大国ポーランドのEMPの新興国のEV事例から浮かび上がるのは、政府が「黒子」に徹することができるかどうかが、新興企業の将来を決める大きな要因になるのではないか?ということだ。
これは日本の産業政策を考えるうえでも重要な視点だ。
クロアチアのリマックはハイパーカーに選択と集中をかけている。
一方で、ポーランドのEMPが目指すのは一般的なEV、つまり乗用車だ。出自も異なるため、本来なら単純に比較はできない。とはいえ、政府による産業振興の考え方としては、新興企業への融資を支援するというクロアチアのアプローチのほうが正道ではないだろうか。
リマックの勃興にクロアチア政府によるHBORを通じた融資は不可欠だった。しかしリマックは、技術を評価したポルシェや韓国のヒュンダイから出資を得るなど、すでに政府の関与がなくても、民間から十分に資金が調達できる環境にある。
HBORによる融資は、リマックが民間から資金を調達できるまでの「橋渡し」の役割を果たしたと言える。これが「黒子」の効果だ。
昨今、中国を念頭に政府による産業への介入を是とする流れが欧米を中心に強まっており、日本もそうした影響を強く受けている。しかし、国が経済に関与し過ぎるとマイナスのほうが大きいことは、先の社会主義経済の失敗の経験から明らかだ。
小国クロアチアの「小さな政府」の支援を受けた民間企業が、大国ポーランドの「大きな政府」の国策企業に対して優るかどうか、10年後の帰結を見てみたい。
(文・土田陽介)