提供:HARUMI FLAG
日本の建築シーンをリードする25人のプロフェッショナルがデザインに携わり、3つの分譲街区と1つの賃貸街区、商業施設からなる新しい街・HARUMI FLAG(東京都中央区)。
「東京湾の新しい景観にふさわしい街」のデザインはいかにして生まれたのか。「SUN VILLAGE」B/C棟の外装デザインを担当した建築家、SUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻誠氏・吉田愛氏に、グランドデザインやディテールに込めた思い、現代人にとっての理想の住まいを聞いた。
「ジャズセッション」のように25人のデザイナーが共創
3方を海に囲まれた広大な敷地に建つHARUMI FLAG。分譲街区のひとつである「SUN VILLAGE」は、新交通システム 「東京BRT」をはじめとした交通手段の起点となるマルチモビリティステーションや商業施設に最も近く、利便性が高い街区だ。眼前にはレインボーブリッジが見渡せるほか、都心方面を正面に望める唯一の眺望も高い人気を誇る。この「SUN VILLAGE」のB/C棟の外装デザインを担当したのが、自由かつユニークなアイデアで国内外から注目を集めるSUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻誠氏と吉田愛氏だ。
「『HARUMI FLAG』は東京2020オリンピック・パラリンピック選手村として活用された後、新たな東京のフラッグシップとして誕生する街です。最初に話があったのは2016年頃でしたが、これほどの大規模な都市開発プロジェクトで25人のデザイナーを起用して一つの街をつくるという構想にワクワクしたのを覚えています。自分の担当領域の建物だけでなく、街全体とどう調和しながら個性を出せるかを考えていきました」(谷尻氏)
谷尻誠(たにじり・まこと)氏。1974年、広島県生まれ。2000年に建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICEを設立。インテリアから住宅、複合施設まで国内外の多くのプロジェクトを手がける一方、多分野での開業など起業家としての顔も持つ。広島・東京の2カ所を拠点とし、週末は自然の中で過ごすことも多いライフスタイルを送っている。
マスターアーキテクト(全体デザイン統括)を務める光井純氏を筆頭に、住宅棟部分のデザインには気鋭の建築家として注目を集めるNAP建築事務所の中村拓志氏、ランドスケープ担当に中野正則氏(鳳コンサルタント 環境デザイン研究所 東京サテライト長)など、個性豊かな才能が集まった。
「多くの実力ある建築家が集まって、設定された全体テーマに対して個性を出しつつ設計していく取り組み自体もユニークで、そのプロセスも体験してみたいと思いました。
また、都心のまだ何もない土地に森をつくり、多様性のある住まいや施設をゼロから形作っていく取り組みにも強く興味を持ちました」(吉田氏)
吉田愛(よしだ・あい)氏。1974年広島県生まれ。2001年より建築設計事務所Suppose design officeに所属。2014年、谷尻と共にSUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd. を設立。各プロジェクトにおけるグラフィック、アート、コンテンツなどのプロデュースに加えて、空間のスタイリングやディスプレイも自ら行うなど、建築設計事務所の枠を超えて新たな建築空間の可能性を模索している。
谷尻氏はプロジェクト参画の意義をこう話す。
「多才な建築家が、どういったアプローチで建築デザインを考えていくのかを知ることができるチャンスで、非常に学びが多いと感じました。
自分たちのアプローチとは異なる手法を知ることは勉強になるし、いい意味で負荷もかかります。ジャズのセッションみたいな感じで、隣の建物のデザインやコンセプトを受けながら、自分たちの設計をより昇華していきました」(谷尻氏)
建築物の設計はできても、自然環境を作り出すことはできない
「HARUMI FLAG」は、約13ヘクタールという広大な敷地に、分譲・賃貸住宅と商業施設を含め24棟を建設する大規模な開発プロジェクトだ。しかも、次世代のフラッグシップとして、環境や交通、ダイバーシティなどあらゆる面に考慮された先端都市を目指している。しかし谷尻氏は「規模の大きさだけに引っ張られる必要はない」と話す。
「大きなモノは小さなモノの集積です。大規模住宅でも、小さなお店のインテリアデザインでも、やるべきことは同じ。細部にこだわりながら、一つひとつ積み上げていく意識でデザイン設計を行いました。
今回手掛けた建築物は確かに巨大ですが、人が近くに寄ったとき、または離れたときにどう見えるか、大きな森全体とその中で育つ木々の両方を見ていくようなイメージで進めました。これは普段通りのやり方で、大きなプロジェクトだからといって、方法を変えることはなかったですね」(谷尻氏)
SUN VILLAGE B棟/C棟外観CG
提供:HARUMI FLAG
2人に話が持ちかけられた2016年当時、この地は更地だった。谷尻氏は最初に訪れたときのことを「三方が海に開けていてとても心地良い風が流れていた」と振り返る。
「僕らは、建築物を設計することはできますが、場所が持つ歴史や空気感は設計できません。晴海は都心でありながら広い海と空という素晴らしい自然のスペックが既にあった。この晴海ならではの開かれた空気を大切にしたいと思いました」(谷尻氏)
「当時、海という自然の要素はありましたがそれ以外は何もない地盤のみ。そこに緑がたっぷりの自然を復活させて、建物をつくる。だったら地盤がそのまま上に伸びていくような建築コンセプトにできないかと考えました」(吉田氏)
そこで生まれたのがSUN VILLAGE B/C棟の「大地から伸びた建築」というコンセプトだ。実現のために、ランドスケープの木々の緑を活用し、スリットと壁面緑化を組み合わせた骨格を作った。不自然な人工物が土地に建てられるのではなく、周囲の自然と一体化する建築を目指したのだ。
陰影を活かすことで「揺らぎのある表情」を実現
細かいデザインのこだわりは随所に見られる。なかでも意識したのは、建物の「揺らぎのある表情」だ。
「大きな建物の外観は、それ自体が一つの面として考えられていることが多い。マンションの場合、全ての部屋の外観が同じ表情になり、自分の住宅がどこか分からないなんてことも珍しくありません。
今回は、外観に異なる表情が出るよう、水平と垂直のラインをつくりリズムを出して有機的な変化をつけました。一方で、手すりにアクセントをつけることで、ランドスケープや隣の建造物とのバランスをとり、一体感も出しています」(吉田氏)
谷尻氏は「最初から建物自体に、化粧をしすぎないようにしたい、と伝えていました」と語る。
「塗装などで外装を整える方法もありますが、それは素材が持つ本来の色に着色する行為。僕は、素材の色をそのまま活かす“すっぴん”の状態が一番美しいと考えています。
歳を重ねるごとに劣化するのではなく、味わいが深まっていく。そうなるように、外壁に凹凸をつけ、陰影をデザインしました。住むごとに表情が変わっていく住まいになるはずです」(谷尻氏)
「受動的」から「能動的」な生き方へ
SUN VILLAGE B棟エントランスCG
提供:HARUMI FLAG
2人は常に「住む人の目線」で物事を考えている。これまで、「hotel koe tokyo」「New Acton Nish」「sequence MIYASHITA PARK / VALLEY PARK STAND」「ほぼ日オフィス」など、住宅、商業施設、ホテル、飲食、オフィスといった幅広いジャンルの設計を手がけてきたが、なかでも、個人住宅のデザインは140軒を超えるという。
居住者目線にこだわるのは、個人住宅で直接、施主の思いを汲み取ったデザインを手掛けてきたからだろう。だからこそ、今回のプロジェクトには少なからず戸惑いもあったという。
「個人住宅の設計では、施主のストーリーや思いを直接聞き、対話をしながら作り上げていきます。しかし、今回のプロジェクトは、住む人の顔が見えない難しさもありました。
だからこそ一度、設計者としての目線を捨てて、自分が住む側だと仮定してどんな住居に住みたいのかを考えてみました。最先端の街も立派なマンションも、結局は一人ひとりが住んで日々の幸せを感じられなければ意味がない。僕は、その幸せの創出こそが最も価値が大きいと思って設計をしています」(谷尻氏)
自分ならどんな住宅に住みたいか。せっかく開放的な景色や豊かな緑がある環境に建つマンションなのだから、部屋の内側と外側の境を少しでも近づけたい、と考えた。
「今回バルコニーを通常の規格よりも広くしたのは、その仕掛けのひとつです。手すりを平面的にジグザグさせて、その分バルコニーも広く感じるよう工夫しました。ぜひここで思い思いの『半屋外空間』を楽しんでもらいたいですね」(谷尻氏)
※共同設計:三菱地所設計
最後に新しい価値を提案したHARUMI FLAGという街で、今後どういった物語を紡いでいってほしいかを尋ねた。
「HARUMI FLAGは“ゆとりと変化”のある街だと思います。全てが決められた環境や空間にいると、視点や考え方も凝り固まってしまいます。
これからは、受動的な生き方から能動的な生き方にシフトしていく時代。都心にありながら海に囲まれて、緑も多くゆとりがある。近くには大きな公園もあります。共用施設も豊富で、家の中だけでなく外を含めて自分の生活領域として楽しめる多様な街です。海外のように、ふらっと外に出て街の人とラフにコミュニケーションをとる、お気に入りの空間でのんびり過ごすような文化が根付く街になると素敵ですよね」(谷尻氏)
「家族4人で3LDKのマンションに住む。そんな前時代的な生活スタイルは少なくなっています。HARUMI FLAGは25人の建築家が携わった、個性と多様性のある街。老若男女、さまざまな考えを持った人たちを受け入れてくれるし、施設や設備も自然環境から最先端技術まで、いろいろなものが混ざり合っています。この街を活用することで、生き方や暮らし方自体も変えていけると思うし、そういった使い方をしてもらえると嬉しいです」(吉田氏)