『デイ・アフター・トゥモロー』の一場面。
20th Century Fox
- 2004年公開の映画『デイ・アフター・トゥモロー』では、大西洋の海流が突然停止したことをきっかけに氷河期が発生するというストーリーが描かれた。
- ヨーロッパが比較的高緯度に位置しながら温暖な気候に恵まれているのは、大西洋の海流によるものだが、その海洋の深層循環が弱まっている可能性がある。
- このまま深層循環が弱まると、西アフリカでは干ばつが、ヨーロッパと北アメリカでは寒冷化が進むおそれがある。
2004年の映画『デイ・アフター・トゥモロー(The Day After Tomorrow)』では、デニス・クエイド(Dennis Quaid)演じる気象学者が世界の首脳に対して、急激な気候変動が起きる危険性を警告する。
劇中でこの変動を引き起こす主要な要素とされていたのが、大西洋南北熱塩循環(Atlantic Meridional Overturning Circulation:AMOC)と呼ばれる海流の循環システムだ。これは、赤道付近の温まった海水をヨーロッパや北大西洋に運ぶ役割を担っている。ヨーロッパ西部の穏やかで温暖な気候は、この海流による暖かい海水の流入によってもたらされている。
映画では、AMOCが完全にストップしたことで、ほぼ一夜にして氷河期が始まる。この寒冷化のスピードや気温低下の激しさはかなり誇張されているものの、AMOCは実在するものであり、気候変動の結果として実際にその循環が停滞し始めている可能性があることが、研究によって判明している。
ドイツのポツダム気候影響研究所に所属する気象学者ニクラス・ボアス(Niklas Boers)は、8月5日付で発表した論文の中で、AMOCが重要な転換点にさしかかっていると結論づけている。
ボアスはInsiderに対して、北極周辺の氷が融解した結果、限界を超える量の真水が大西洋に流れ込むと、AMOCが今後「突如として停滞」し、不安定化する可能性があると語っている。
同様に、国連の「気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)」が発表した気候に関する報告書も、AMOCが今世紀末までに停滞する可能性が非常に高いと指摘している。
ボアスによれば、AMOCの停滞は、欧州での気温の低下を引き起こし、さらに「北に行くほど気温低下は激しくなる」という。
一方、アメリカ東海岸では、AMOCの停滞で海面が上昇するとみられている。また、アフリカの中部および西部の一部地域は、現在はAMOCの海流による恩恵を受けているため、これが弱まると恒常的な干ばつ状態に陥ると考えられる。
「オン」と「オフ」を繰り返してきた大西洋の海流
AMOCの循環速度が十分であれば、西ヨーロッパは、その恩恵を得て温暖で湿潤な気候を享受できる。科学者はこの循環をコンベアベルトにたとえている。温かい海水はイギリス周辺の海域に到達すると、冷やされてラブラドル海およびノルディック海(グリーンランド海、アイスランド海、ノルウェー海の総称)の底に沈む。この冷えた海水はUターンを始め、海底を蛇行して南下して、南極海に至る。
だが、この海水の循環が停滞して弱まると、熱帯の温かい海水が北上しなくなるため、北大西洋の海水は冷たいままになる。
AMOCの循環速度は、塩分を含む海水と真水の微妙なバランスによって決まる。塩分を含む水は密度が大きいため、沈みやすい。しかし現在、グリーンランドの氷床や氷河が継続的に融解しているので「塩分を含む表層の海水」に混ざる真水の量が増え続けている。その結果、この海域の海水は塩分濃度が下がって軽くなり、沈みにくくなる。これが、AMOCの循環を滞らせる原因だ。
古気候学における複数の先行研究から、大西洋における海水循環の強さの変化が、実際に急激な気候変動につながってきたことがわかっている。地球の最終氷期にまでさかのぼる氷床コア(氷河や氷床から取り出された氷の試料)の調査により、AMOCが2つの状態を行き来していたことが明らかになった。それは、流れが強く高速で海水が循環する「オン」の状態と、流れが弱く循環が減速する「オフ」の状態だ。
ケンブリッジ大学の地理学者で古気候学を専門とするフランチェスコ・ムスキティエロ(Francesco Muschitiello)は「地球の気候システムを崩壊させたいなら、AMOCを遮断するのが最も簡単で効率的な方法だ」とInsiderに述べた。
「我々が急激な気候変動について話している時間の95%は、AMOCに関連することを話題にしている」
とはいえ、ポツダム気候影響研究所のボアスによれば、AMOCに由来する寒冷化がたとえ起きたとしても、映画の『デイ・アフター・トゥモロー』で描かれたような、あっという間に地域全体が凍りつく事態は起きないと述べる。寒冷化は「数十年をかけたプロセスになる」とみられ、北米も、「あの映画で描かれたほど寒くはならない」とのことだ。
AMOCが勢いを取り戻すには数百年の年月が必要
グリーンランド南部で溶けかけている小さな氷山。
Education Images/Universal Images Group via Getty Images
過去の事例では、AMOCの流れが強い状態から弱い状態に変化するのには数十年を要したとボアスは指摘する。だが、一度弱くなった流れが再び強くなるには、これよりもかなり長い時間がかかるという。
「AMOCが強い状態に戻るまでには、通常数百年から数千年の時間を要する」とボアスは述べ、さらにこう付け加えた。
「将来のどこかの時点で、AMOCが崩壊して『弱モード』に移行したとすると、これを『強モード』に戻すのは非常に難しいだろう」
IPCCの報告書によると、AMOCは2100年までに急激な崩壊を起こす可能性があるという。それはグリーンランドでの予想外のさらなる氷床の融解が原因となって発生するおそれがあると、報告書の執筆者たちは警告している。グリーンランドでは現在も、前例のない速さで氷の融解が進んでいる。その速度は、40年前と比較して6倍になっていることが、2019年の研究で判明している。
大西洋。
Getty/MKnighton/Abu Dhabi Ocean Racing
それでも、グリーンランドの氷床が急速に溶けて、AMOCを完全停止に追い込むというシナリオは考えにくいようだ。ケンブリッジ大学のムスキティエロは以前、Insiderに対して、『デイ・アフター・トゥモロー』で描かれたような海流の完全停止は、「グリーンランドの氷床全体が数日で溶けてしまった場合」にしか起きないと述べていた。
しかし、過去にAMOCが完全停止したことがあると指摘する研究も複数ある。
「AMOCに大きな変化が生じた際には、記録に残る範囲でも最も厳しい寒冷事象が引き起こされている」と、ムスキティエロは指摘する。
その寒冷事象は最長で1000年続くことも考えられる。AMOCが完全に停止するのを止めるには、「地球全体の気温トレンドを逆転させ、産業革命以前の状態に戻す」しかないとボアスは述べている。
(翻訳:長谷 睦/ガリレオ、編集:Toshihiko Inoue)