今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
今回は、早稲田大学ビジネススクールの入山ゼミで取り上げられた海外論文の中から「コミュニケーション」にまつわるとても興味深い論文を紹介していただきます。ビジョンを共有する際にも他者とコラボレーションする際にも、コミュニケーションは重要な要素。より通じ合える意思疎通のあり方とは、いったいどんなカタチなのでしょうか?
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最も心が通じ合うコミュニケーション手法はどれ?
こんにちは、入山章栄です。
今回は早稲田大学大学院(ビジネススクール)の入山ゼミで読んだ論文の内容をご紹介するシリーズの第4回です。
この連載を初めて読まれた方のために説明しておくと、僕は早稲田大学ビジネススクールで、社会人大学院生たちとのゼミを持っています。彼らの多くは30代を中心にした大手・中堅企業の中堅どころです。僕のゼミでは、ゼミ生が選んだ論文を原文(英語)で読むことになっています。しかしどんな論文でもいいわけではなく、条件が2つあります。
1つは、社会人でもあるゼミ生にとって、自分の仕事やキャリアの課題に示唆を与えるような論文であること。もう1つは、海外のトップ学術誌に掲載された、世界最高峰で最先端の論文であること。海外の優れた経営学の論文を、自分の仕事を前提にしながら読むという「抽象と現実の究極の知の往復」を目指しているわけです。
とはいえ今回の論文は、今までとちょっと毛色が違います。なぜなら今回ゼミ生が選んできたのは、心理学の論文だからです。
世界の経営学の理論は心理学をベースに作られているものも多くあります。結果、トップの経営学者の中には、心理学の学術誌に論文を掲載する人もいるのです。今回の論文は、世界的な心理学のトップ学術誌のひとつである『American Psychologist』に2017年に掲載された、“Voice-Only Communication Enhances Empathic Accuracy”というタイトルの論文です。著者はマイケル・クラウスというイェール大学ビジネススクールの准教授です。
では、最初にいきなりこの論文の主旨をお伝えしてしまいましょう。この論文はさまざまな心理実験などを使って、以下の3つのコミュニケーション手法を比較しています。
(1)視覚(画像や文字など)のみのコミュニケーション
(2)聴覚(声)のみのコミュニケーション
(3)聴覚と視覚を組み合わせたコミュニケーション
これら3のうち、最も効果的なコミュニケーション手法はどれだと思いますか?
さまざまな実験の結果、この3種類のコミュニケーションの中で、(2)の聴覚だけに頼るコミュニケーションが、互いの間で最も「共感の正確性」(Empathy Accuracy)が高まるという結果をクラウスは得たのです。
ここで言う「共感の正確性」とは、相手の感情や思いをどれだけ正確に汲み取れるか、を指します。直感的に言えば、「相手が何を感じたかをどれだけ正しく感じられるか」ということです。この共感の正確性が2者の間で高まれば、それによって仕事を効率的に進めたり、友情を育みやすくなったり、あるいは恋にも落ちやすくなる、ということです。
この論文でクラウスはさまざまな心理実験を行っていますが、その典型的なものは次のようなものです。
まず、300人の被験者に上記3手段のいずれかでコミュニケーションをとってもらいます。その後で「先ほどあなたが話した相手は、どういうフィーリングだったと思いますか?」と聞き、答えを選択肢の中から選んでもらう。次にそれを、別室にいるコミュニケーションの相手に伝える。そして答え合わせをした結果、その一致率などを比較していくのです。
このような実験をした結果、相手の感情を互いに一番正確に読み合えたのが「互いが声だけのコミュニケーションを行う」ときだったというわけです。
興味深いのは、「声だけ」ということです。先ほどの3つで言えば、(3)の聴覚と視覚を組み合わせたコミュニケーションの方が、2つの感覚を同時に使っているので共感の正確性も高まりそうな気もします。
しかしさまざまな実験の結果、視覚はむしろ共感の正確性を妨げるもので、「声だけ(聴覚だけ)」のコミュニケーションが一番共感の正確性が高まるという結果になったのです(ちなみに、共感性が最も低くなるコミュニケーション方法は「視覚のみ」だそうです)。
BIJ編集部・常盤
視覚より音声ということは、同じ内容でもテレビよりラジオのほうが、視聴者に共感を持たれやすいということですね。
はい、この結果をそのまま受け入れれば、そういうことになりますね。実は今回の論文を選んだのは、「視覚・聴覚の情報発信」に問題意識を持っている社会人学生でした。その学生は「テレビは映像のメディアだけれど、テレビの視聴者を惹きつけるには実は声や話し方も重要なのではないか」という仮説を持っていたので、この論文を読もうと思ったのだそうです。
耳から情報を得るほうが理解しやすい人もいる
ところで最近、Amazonのオーディオブックサービス「Audible」や、Podcastなどの音声コンテンツが注目されています。僕も最近、Podcastの人気番組「COTEN RADIO」を聴くことにハマっています。そういえば、僕の著書『世界標準の経営理論』の音声ブックもありますよ。
そもそも僕は大のラジオ好きです。文化放送の「浜松町Innovation Culture Cafe(毎週月曜19:00~19:30)」という番組のパーソナリティを務めているほどですから。その意味では、「ついに音の時代が到来したか!」と感慨深いものがあります。
以前、その僕のラジオ番組に、音声専用メディアの広告会社「オトナル」代表の八木太亮さんが出演してくださったことがあります。彼によれば、人間には「目で見るほうが情報を理解しやすい人」と、「耳で聴くほうが理解しやすい人」がいるのだそうです。耳で聴いたほうが頭に入るという人は、本を読むよりオーディオブックを聴くほうが向いているわけですね。
何を隠そう、僕も本を読むのが苦手です。ラジオやPodcastが好きなので、もしかしたら僕も聴覚型かもしれません。この連載も耳で聴けるようになっていますが、「耳で聴いて理解してほしい」という狙いが自分の中に無意識にあったのかもしれませんね。
BIJ編集部・常盤
私も情報のインプットは「目からが得意派」と「耳からが得意派」がいるという説を聞いたことがあります。どちらがいい悪いではなく、自分にとってベストな方法を選べばいいということですね。
だから焚き火は共感性が高まる
共感性の話に戻ると、視覚、特に文字情報は一瞬で大量の情報をつかむのに適しています。しかしクラウスの研究に基づけば、声のコミュニケーションに比べると、視覚は共感(の正確性)に欠ける。メールのやりとりだけでは冷たい感じがするのは、そのせいかもしれません。
一方でクラウスの結果に基づけば、共感(の正確性)が一番高まるのは、視覚をシャットアウトして、声だけでコミュニケーションをとる状況です。例えば、親しい人と真っ暗な部屋にいるようなときは、共感性が高まりやすい可能性があるわけです。
そう考えると、ミレニアル世代を中心にキャンプや焚き火が人気な理由の一端も説明できるのではないでしょうか。僕はこの論文を読んで、なぜ我々は焚き火が好きなのか分かった気がしました。
人工的な照明のない夜の闇の中で炎だけを見つめていると、目から余分な情報が入ってきません。聴覚が研ぎ澄まされる。だから共感性が高まって、腹を割った話ができるのではないでしょうか。
真っ暗すぎると不安だし、そもそも相手がどこにいるかも分からないけれど、焚き火の周りだけは明るい。おそらく聴覚に集中するのにベストな環境なのだと思います。
BIJ編集部・小倉
確かに僕も焚火が好きです。炎を見つめながら交わした会話って、不思議といつまでも覚えていますね。男同士で焚火を囲んでいると、「俺たち、あの頃なりたかった大人になれてるかな」みたいな深い話になりやすい。共感性が高まっているからでしょうね。
そういうふうに考えると、共感性を高めたいときは、あえて視覚をシャットアウトした環境をつくってみるといいかもしれません。
新人に早く職場になじんでほしいときや、新しい目標に向かって一致団結しようというときは、みんなでキャンプに行って焚き火をしてみてはどうでしょうか。それが難しければ、夜、オフィスを真っ暗にして、ランタンの灯りでも見ながら語り合う、でもいいかもしれません。
おそらく昼間の光の中ではできないような、お互いの正直な気持ちが語り合えるのではないでしょうか。安全上の問題などもあるかもしれませんが、もしよければ、みなさんもできる範囲で試してみてください。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:21分09秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。