「人生100年時代」と言われるようになってから特に、キャリアを「長生き」させるためにどんな経験を積んでいけばいいか……というご相談をよくお受けするようになりました。
コロナ禍以降、テレワークの拡大によって「もっと自由な働き方ができる」と気づき、さらにはライフスタイル全般を見直したことで、「会社に縛られずに生きる」選択肢を視野に入れるようになった方々も増えています。
「今すぐには無理でも、50代以降は好きな時間に、自分がやりたい仕事だけをして生きていきたい」——多くの人がそんなビジョンを描き、キャリアプランを考え始めています。
さて、キャリアプランに向き合う時、どんな業界・企業で、どんな職種経験を積み、どんなスキルを身につければいいかを模索する人が多いのですが、それだけではなく、早めに意識しておくべきテーマがあります。
それは「お金」です。
どんなに高度な経験やスキルを身につけたとしても、経済面に余裕があり、安心感を持てている状態でなければ、「好きな時間に好きな仕事」を自由に選択することはできません。
人生を豊かにするためには、「守り」と「攻め(チャレンジ)」の両立が重要。「守り」の最たるものが、生活基盤を維持していくための「お金」です。
守るべきものを守れなくなれば、転職するにしても独立起業するにしても、行動が制約されてしまうことになります。
そこで、経済面を安定させるために意識していただきたい、2つのポイントをお伝えします。
それは「市場価値の最大化」と「資産運用」です。
「40代での年収最大化」を目指そう
転職先を選ぶ際、「年収」にこだわる人は少なくありません。
20代であっても、「年収500万円は絶対に維持したい」「せっかく転職するからには、50万円以上は年収アップを狙いたい」など。
そうした方々に対し、私はこうお伝えしています。
「目先の50万円100万円にこだわるよりも、もっと先のタイミングで年収2倍にするためにどうすればいいかを考えませんか?」
私は転職エージェントとしてこれまで多くの転職者を見てきましたが、ビジネスパーソンとして最も脂が乗り、人材としての価値がピークを迎えるのは「40代」が圧倒的に多いのです(もちろん人によって異なります)。
40代になると、実力の違いによる年収格差がいっそう広がります。この世代は、子どもの教育費や住宅ローンなどの出費が増えがちですから、この時期により多くの収入を得られるようにしたいですよね。
ですから、40代で市場価値を最大化する目標にフォーカスし、キャリアを積んでいくのが理想的だと、私は考えています。
20~30代はキャリア構築のために「投資」すべき時代。それは、授業料を払ってビジネススクールで学ぶといったことだけでなく、「年収ダウンしてでもプラスになる経験を積む」のもアリです。
実際、年収100万円以上のダウンを受け入れてスタートアップ企業に転職した方が、数年後、その会社の成長に貢献したことで前職より大幅な年収アップを果たすケースは少なくありません。その経験を活かして転職し、さらに年収アップにつながることもあるのです。
ですから、転職先企業を選ぶ際には、入社時の提示報酬だけでなく、入社後の評価に応じた昇給やその企業(ベンチャーの場合は経営者)の報酬への価値観を確認しておきたいものです。
また、ベンチャー企業を目指す目的として、大手企業では得られない「ビジネス筋力」を鍛えるほか、「ストックオプション」を狙う方もいらっしゃいます。
ベンチャー企業側も、優秀な人材獲得の手段として、ストックオプションを用意しています。
成長を遂げてIPOに至れば、ストックオプションを付与された人はまとまった資産を手にできますので、すでに市場価値を高めてきた30~40代の方などはそこを狙っていくのも手でしょう。
その場合は、リスク・リターンのバランスに着目して企業を選ぶことをお勧めします。
ハイリスクでもストックオプションのうまみを十分享受できるスタートアップ初期の企業を選ぶのか、あるいは成長基調に乗ったミドルリスク・ミドルリターンの企業を選ぶのか、など。
一口に「ベンチャーでストックオプションを狙う」といっても中身はさまざまで、タイミングや企業の考え方によっても得られるものが大きく変わってきます。
その点も入社時に確認しておくことをお勧めします。
資産運用の勉強も大切。早く始めるほうが得
自分自身の市場価値を高めると同時に行いたいのが、「今入ってきているお金を働かせて増やす」こと。つまりは「資産運用」です。
50~60代になったとき、まとまった資産が築けていれば、「好きな時間に好きな仕事」を実現しやすくなります。そのためには、なるべく若いうちから資産運用を始めておくのが得策です。
大手企業勤務の方は、「50代からの自由」を目指して早期退職制度の利用も視野に入れているかもしれません。でも、早期退職制度利用による「退職金の割り増し」は、残念ながら今後は大きな期待はできないと思います。
以前の大手企業は、早期退職プログラムで、退職金を大盤振る舞いしていました。この先、悠々自適に暮らしていけるほどの割増金を提示していたのです。
まだまだ終身雇用が当たり前の時代、リストラは企業ブランドの棄損となります。イメージダウンを少しでも緩和しようと、社員への温情を見せるべく多額の退職金を上乗せしていました。
ところが今となっては、大手企業であってもリストラは当たり前のものに。「世間体を気にしなくてよくなった」に加え、企業の体力自体が低下しているため、退職金を頼りにするのはリスクが高いと言えるでしょう。
さて、若いうちからの資産運用をお勧めするのは、私の実体験からです。
私は転職エージェントという仕事柄、20代の頃から経営者の皆さんとお付き合いがあり、資産運用の仕組みについても教えていただきました。
助言に基づき、20代にして「投資用マンション」を購入。普通、20代で自分が住むのではない家を借金して買うなんて、一般的にはそんな発想にはならないと思いますが、ある社長から「購入は早いほうがいい。返済が早く終わるからよりプラスになる」と聞き、実行したのです。
ローンの分の借金は負いましたが、家賃収入をローン返済にあてるので、月々の持ち出しはほぼゼロ。また、基本的には団体信用生命保険も付与されており、生命保険としての保証もあります。まもなく返済完了となるので、60歳になる頃にはプラスの安定収入となります。
これはサラリーマンだからできたこと。起業した今は、残念ながらローンを組むことさえなかなか難しいのが現実です。今の日本の金融機関はまだ企業人(サラリーマン)への信用が大きいのです。自身がどの程度の金額まで住宅ローンを組めるのか、確認しておくだけでも意味があるかもしれません。
なお、投資用不動産の世界では、さまざまな商品が生まれています。例えば、保険商品と連動していて病気になったら返済が免除される仕組みなど。
勉強してみる価値はあると思います。
また、私が在籍していたリクルート社には社員持ち株会の制度がありました。
私の同期はあまり入会していなかったのですが、株を勉強していた私は、新入社員のうちから満額に近い金額で購入しました。
これも後々、功を奏しました。父が経営する会社が倒産し、私は31歳にして多額の借金を肩代わりする事態に陥ったのですが、その後リクルートが上場したことで完済できたのです。
これらの実体験からも、資産運用を学ぶこと、早めに始めることの重要性を強く実感しています。
近年注目されている個人向け確定拠出年金制度「iDeCo」なども、早くから始めてこそ、60代以降の経済的余裕につながります。
ビジネススクールなどでビジネススキルを学ぶことももちろん大切ですが、その時間の一部でも、資産運用の勉強に回してみてはいかがでしょうか。
そして、できれば、ファイナンシャルプランナーやライフプランナーなど、長期にわたってお金の相談ができるパートナーを持っておくことをお勧めします。法規制や各種運用商品は刻一刻と変化しますので、旬な情報を仕入れるためにも、助言してもらえるパートナーの存在は心強いものです。
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※本連載の第59回は、8月30日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。