関係者の注目を集める自動運転「アップルカー」。興味の的は、自動車製造設備を持たないアップルが、どんなパートナー企業といつどんなふうにタッグを組むのか、だ。
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2020年の暮れにロイター通信が「米アップル、自動運転車を製造へ 2024年目標」と伝えてから早くも半年以上が過ぎた。
自前の組み立て工場を持たないアップルが自動車を世に送り出すとすれば、どこかのメーカーが製造委託を受けることになる可能性が高い。
2021年に入ってからは、韓国・現代自動車(ヒュンダイ)傘下の起亜自動車(KIA)と委託生産契約の合意間近だとか(CNBC、2月3日)、年末年始に日産自動車と接触したとか(ロイター、2月15日)、自動車部品大手マグナ・インターナショナルがアップルとの協業準備中(ビジネスコリア、3月31日)といった報道が乱れ飛んでいる。
最近では、バイデン米大統領が2030年までに新車販売に占めるEV比率を50%とする目標を打ち出し、達成に向けた政府支援が期待されることから、アメリカに製造拠点を置く企業への委託が濃厚といった見方も出ている(ビジネスコリア、8月10日)。
複数の報道を総合すると、車載電池は韓国企業(LG化学やSKイノベーション)、製造(組み立て)はマグナという組み合わせが、現時点では優勢のようだ。
いずれにしても、報道の対象となった企業の株価はそのたび上下し、それほどに「アップルカー」の製造受託にはインパクトがあり、委託先の業績を大きく引き上げる可能性もある。
とはいえ、ビジネスである限りそこにはリスクもあるはずだ。
実際、アップルの看板商品であるiPhoneやその部品の製造委託を受ける企業のなかには、機体の売れ行きや委託生産契約の延長の可否など、アップルの一存とも言える判断に企業の命運を委ねる形になっているところもある。
アップルカーについて、自動車関連企業は同社とどうつき合うべきなのか。自動車産業と(iPhoneなど)デジタル機器産業の比較を通じて考えてみたい。
クルマとiPhoneの共通点
まず、アップルはどうやって自動運転車を製造するつもりなのか、いわゆる「OEM(Original Equipment Manufacturer)」の仕組みから確認したい。
世間一般で言うところのOEMは、自社で製造した製品に、他社のブランドを冠して販売することを指す。セブンイレブンの店頭に並ぶプライベートブランド商品「セブンプレミアム」がその一例で、大半は他の食品メーカーなどが製造工程を受託する形で提供している。
ところが、自動車業界におけるOEMの意味は世間とはまったく違って、トヨタ自動車などの「完成車メーカー」を指す。
自動車メーカーの業務は多岐にわたり、市場や技術の調査に始まり、自動車の企画・開発、設計・試作、サプライヤーからの部品調達、量産化、製造、品質保証、販売、アフターサービスまで対応する。
iPhoneもよく似た仕組みでつくられている。アップルが企画・開発、設計・試作などを行い、サプライヤーから部品を調達して組み立てる(組み立て工程については後述)。自動車とiPhoneのサプライチェーンのあり方に大差はない。
また、製造プロセスにおいて、外部のパートナーから多くの部品や技術を調達する点も、自動車とiPhoneは共通している。
自動車メーカー各社が販売する車種の特徴を決定づける動力系や車体はほぼ自社で設計・製造するが、使用される部品の7割はサプライヤー企業から調達すると言われる。
自動車の場合は動力系や車体、iPhoneであればオペレーションシステム(OS)のようなコア部分は内製化し、差別化を図ることで競争力を維持する。
その一方で、外部から部品の多くを調達することで、自社にはないさまざまな技術を取り込んだり、コストを削減したりする。こうした手法もよく似ている。
クルマもiPhoneも「ソフトウェアこそ価値」
自動車とiPhoneが似ているのは、製造プロセスだけではない。ソフトフェアが製品の価値となっている点も見逃せない。
自動車は3万点とも言われる多数の部品を組み合わせてつくられるので、一般には「機械製品」のイメージが強いが、その販売原価はいまやソフトウェア開発費が半分以上を占めるようになっている。もはやその実態は「情報技術(IT)製品」だ。
自動車にITが関わる範囲は年々広がっており、エンジン含む動力系、ブレーキやアクセル、サスペンションなど個別機器の電子制御にとどまらず、車間距離制御や車線逸脱防止などの先進運転支援システム(ADAS)、さらには近年開発が加速する自動運転システムまで、自動車をトータルで制御する機能に拡張しつつある。
クルマとiPhoneの明確な違い
シンガポールのアップルストアにて。iPhoneは自動車と異なり、製造(組み立て)まで外部に委託してつくられている。
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ただ、自動車メーカーとアップルには明確な違いもある。
自動車メーカーがほぼ自社で製造(より正確には組み立て)するのに対して、アップルはその部分まで台湾のフォックスコン(鴻海精密工業)など「EMS」に委託していることだ。
EMS(Electronics Manufacturing Service)は、電子機器の組み立てを受託するメーカーを指す。
一方、自動車業界では次のような背景があって、アップルのように組み立てまで委託することはほとんどない。
自動車の製造工程では、数値化できない部品の特性を、部品間で微調整しながら全体の特性をつくり上げる「すり合わせ」がどうしても必要になる。
そのように数値化できない仕様は外部には伝えにくいので、自社で組み立てるほうが品質的に安定し、結果的にコストも安くできる。
電子機器におけるEMSのように、自動車業界には組み立てを受託するメーカーがほぼ存在しない理由がお分かりいただけるだろう。
アップルがiPhoneを製造まで外部に委託する理由は明確だ。
iPhoneを構成するのは大半が電子部品。デジタルの特徴から容易に想像できるように、仕様を正確に数値化するのがたやすいため、製造を外部に委託する労力も小さい。
言い換えれば、iPhoneにおいては製造技術の重要性が自動車に比べてずっと低い。そのため、アップルがフォックスコンに支払う費用はiPhone販売価格の2〜5%にとどまる。
逆に、自動車においてはすでに述べたように(微調整をともなう)製造技術が重要で、組み立て部分のコストは大きくなる。組み立てにかかる人件費と設備償却費は、完成車販売価格の20%程度とされる。
アップルがいま必要としているもの
さて、ここまでiPhoneと自動車の共通点と相違点をそれぞれ見てきたが、言うまでもなく、アップルカーはiPhoneより自動車に近いプロダクトだ。
そうである限り、微調整が必要な組み立てを外部委託すれば(iPhoneの組み立てより)コストがかさむ。
さらに、アップルカーについては、同社が要素技術のすべてを持っているわけではない。
ユーザーインターフェースや(数年前に開発チームを立ち上げた)自動運転技術はともかく、モーターや電池の制御技術まで保有していると仮定しても、自動車の走行に必須の「走る」「曲がる」「止まる」にかかわる技術の蓄積は、アップルにはない。
約3万点ある自動車部品のうち、電動化によって置き換えられる内燃機関や排気系の部品の割合は15%程度にすぎず、残り85%は従来の自動車と同じような部品が必要になる。
そして、アップルにはそうした自動車部品と必要なノウハウを提供してくれるサプライヤーとの取り引きがない。
したがって、アップルがいま必要としているのは、自社開発を進める自動車制御のための「頭脳」にさまざまな必要情報をインプットし、なおかつ、その頭脳からアウトプットされた指示に対して忠実に動作する車両を共同開発できる、信頼に足るパートナー企業だ。
アップルの共同開発パートナーになるリスク
自動車メーカーにとって、アップルとの共同開発は挑戦する価値のある夢のプロジェクトであり、すでに世界の注目の的になっていることを考えれば、ブランドイメージへの貢献もきわめて大きい。
だが、同時に計り知れないリスクを負うことにもなるだろう。
どちらがどのような役割を担うのか。開発の成果(知的財産)はどちらに帰属するのか。さまざまな業務の対価、実際の製造工程への対価はそれぞれどの程度になるのか。
そうした点をクリアにした上で誕生する「アップルカー」は、通称通りアップルだけのブランドになるのか、パートナー企業とのダブルネームになるのか。
複雑で厳しい交渉の連続が予想される。アップルはどんなスタンスでパートナーとの交渉に臨むのだろうか。
ここで歴史を紐解いてみれば、アップルはソニーに製造を委託していた時期がある。1991年発売のノート型パソコン「PowerBook(パワーブック)100」は、ソニーが製造した「メードインジャパン」であることは公然の秘密だった。
その後、ソニーがMac OSを搭載した自社製パソコンを発売する期待が高まったが、同社の主力ブランド「VAIO(バイオ)」シリーズは、結局Windows OSを選択した。
筆者の憶測にすぎないが、アップルはソニーにMac OS搭載パソコンの自社製造・販売を許さず、あくまで組み立て委託メーカー(先述のEMS)としてのソニーを求めたのではないか。
もしソニーが当時、アップルのEMSに徹する道を選んでいたら、その後2010年代に苦境に陥ることはなかったかもしれない。しかし、ゲーム事業がけん引して史上最高益を更新(2020年度通期決算)した、エンターテインメント企業としての復活もまたなかったに違いない。
そうした過去の例を踏まえると、アップルカーの製造委託を受けるべきかどうかは、アップルがパートナー企業に何を求めているか次第ということになる。
自動車メーカーはアップルと組むべきか?
アップルが自動車メーカーの提供する知見や製造技術に価値を認めるスタンスなら、パートナーとして共同開発に取り組む選択肢には何かしら得るものがあるかもしれない。
自動車メーカーが長年培ってきた技術、アップルが世界に誇るデジタル技術、双方を組み合わせることで新しい価値を共創できる可能性がある。
しかし、iPhoneのようにアップルが自動車版のEMSとしての貢献だけを求めているとしたら、どうだろうか。
アップルカーの製造委託を引き受ければ、自動車メーカーは一時的なカンフル剤として売り上げを伸ばすことができる。が、アップルに何もかも握られた状況で製造部分だけ担っても、自動車メーカーとしての将来的な発展にはつながらない。
筆者の意見としては、アップルがEMSとしての役割のみを求めるなら、自動車メーカーは製造委託を受け入れるべきではないと思う。
そもそも、自動車に関する知見や技術を持たないアップルと、製造だけを指示通り淡々と引き受けるEMS、そんな組み合わせで、自動運転技術まで組み込むとされる次世代自動車を成功に導くことができるのだろうか。
夢のプロジェクトがそんな形で失敗に終わるとしたら、アップルとパートナー企業の双方にとって不幸なことだ。
(文:上野善信)
上野善信(うえの・よしのぶ):金沢工業大学虎ノ門大学院教授。バリューグリッド研究所代表取締役として、上場企業等の戦略立案および実行の支援も行う。東京大学工学部卒、UCバークレー工学部大学院・MIT経営大学院修了、東京大学工学系研究科技術経営戦略学専攻修了(工学博士)。