電子マネーの「WAON」と「nanaco」のApple Pay対応がそろって発表された。
出典:イオン、セブン&アイ・ホールディングス
イオンとセブン&アイ・ホールディングスは2021年8月、両社がそれぞれ提供している電子マネー「WAON」と「nanaco」を年内にもApple Payに対応させ、iPhoneやApple Watch上で利用可能にすると発表した。
現在、Apple Payでは店舗での非接触決済サービスとして、日本でのローンチ時に提供が行われていた「iD」「QUICPay」「Suica」に加え、クレジットカードなどでの国際ブランドによる非接触決済(タッチ決済)、「PASMO」が対応している。
加えて、JR西日本の「ICOCA」も2023年度中のApple Pay対応を発表済み。そして2021年6月には長らく国際ブランドネットワーク上での利用ができなかったApple Pay上での「Visa」が解禁されており、今回の2社の発表はそれに続くものとなる。
WAONとnanacoはいつApple Payで利用できるのか
日本のApple Payに新しい仲間が登場する。
出典:アップル
サービス提供時期について2社では「年内」とのみ告知しており、詳細についてはコメントしていない。
ただ、過去の一連のサービス開始時期から判断する限り、新しいOSがiPhoneに配信されてからしばらく経ったタイミングが可能性として高い。
具体的には2021年9月に配信が開始されるとみられる「iOS 15」が「iOS 15.1」のようにマイナーアップデートするタイミングで、10月後半の時期が有力と考えられる。
気になるのは
「すでにプラスチックの物理カードでWAONやnanacoを使っているが、これをiPhoneで利用できるのか?」
「AndroidのおサイフケータイでモバイルWAONやモバイルnanacoを利用しているが、iPhoneに移行できるのか?」
といった部分だが、2社に問い合わせたところ「現時点でお答えできることはない。提供時期が近付いたタイミングで改めて発表する」との回答に留まっている。
ただ、過去の経緯を見る限り、SuicaやPASMOの電子マネー系サービスは「iPhoneにかざして物理カードの情報を取り込む」という仕組みを提供している。
また、AndroidからiPhoneといった異なるプラットフォームへの移行サービスも提供しており、WAONとnanacoについても同様な仕組みが提供される可能性が高いと筆者は見ている。
オンラインチャージや会員情報確認にあたってはAndroid版ではモバイルアプリが提供されており、WAONについてはiPhone向けアプリとしてカード上の情報確認や各種手続きが可能な「WAONステーションアプリ」が提供されている。
iPhone向けに提供されている「WAONステーションアプリ」。
出典:イオン
ただし、nanacoについては同種のアプリはiPhone向けに提供されていない。
今後WAONやnanacoがApple Payに対応するにあたって「新しいモバイルアプリが提供される、あるいはアップデートが行われるか」と2社に問い合わせたところ、やはり現時点では回答できないとの返事だった。
だが、WAONとnanacoともに新規カード作成には会員登録などの手続きが必要なため、Apple PayのWalletアプリ経由で提供される標準インターフェイスでは対応しきれない可能性が高く、別途モバイルアプリが用意されると見られる。
現時点で「楽天Edy」が含まれていない理由は?
Apple Payの支払い方法追加画面。ここにEdyが並ぶ日は来るのか。
撮影:小林優多郎
国内発行のメジャーな電子マネーとしては、今回の発表でほぼApple Pay上に出そろったが、国内最初のFeliCaベースの電子マネーとして登場した「楽天Edy」が含まれていないのが気になるところだ。
このApple Pay対応について同サービスを扱う楽天ペイメントならびに楽天グループの広報に問い合わせているが、本稿執筆の8月11日夕方の時点で返答はない。
楽天ペイメント社長の中村晃一氏(2019年6月撮影)。
撮影:小林優多郎
ただ、10日に開催された楽天グループの第2四半期決算発表会において、楽天ペイメント社長の中村晃一氏は「楽天EdyのApple Pay対応はどうなっているのか?」という質問に対し「詳細は答えられない。いろいろなパートナーと組んでいきたい」とのみ回答した。
少なくとも何らかの交渉が存在することは否定していないと判断できるため、現在もなお水面下での交渉が行われていると筆者は見ている。
これは推測になるが、提示された金額や条件面で何らかの問題が生じていると考えられる。
もともと楽天はApple Payの日本上陸時にEdy提供に積極的な姿勢を見せていたこともあり、同サービスをApple Payにアドオンさせるための追加投資に消極的だとは考えづらい。ゆえに最終合意に至るまえの1、2段階前の何らかのプロセスでつまづいている可能性が高いと考えている。
2021年にEdyは20周年にして、頭打ちか
楽天Edyは「Edy」として生まれてから20周年を迎える。
撮影:小林優多郎
2021年はEdyが2001年にサービスを開始してからちょうど20周年にあたる。
2009年に第三者割当増資を行って楽天がEdyを運用するビットワレットの筆頭株主となり、同グループの連結子会社として組み込まれ、2012年にはブランドを「楽天Edy」に改称した。
これは、それまで実質的にオンライン専業として事業を組み立ててきた楽天グループにとって実店舗のオフライン分野への進出を後押しする戦略の一環であり、2014年に実店舗での加盟店営業を開始した楽天ポイントと合わせ、同社の経済圏を拡大するうえでの重要なピースだったのは間違いない。
20周年の現在、楽天Edyは1億超の発行枚数となっている。
出典:楽天
一方で、Edyの発行枚数そのものは同時点ですでに頭打ちが見えており、2016年11月の15周年記念に累計発行枚数1億枚を発表して以降、大きく変動はしていないと考えられる。
現在、楽天はEdyに関する詳細なデータを公開していないため一律での比較はできないが、それから5年が経過した20周年の現在においても「1億枚超」という数字に変化はない。
楽天によると、現在もなお沖縄や地方のスーパーなど特定の経済圏を中心に“ハウスカード”のようにEdyが広がっていると説明するものの、すでに大きく“ゲタを履かせる”要因は存在していないと思われる。
ゆえに、Edyの決済回数を伸ばして利用を促すにあたって、国内スマートフォンシェアで最大母数を誇るiPhone、ひいてはApple Payへの対応は重要だと言える。
「楽天Suica」があってもEdyが必要な理由
Android版楽天ペイアプリから発行できるSuicaは赤い。
撮影:小林優多郎
気になる動きとしては、2020年5月に楽天は楽天ペイアプリ(Android版)を通してSuicaの発行が可能なサービスを開始していることが挙げられる。
これは通常緑のSuicaの券面が“赤色”になるという「楽天Suica」と呼ばれるもので、楽天カードからのチャージのほか、楽天ポイントをチャージの“原資”にできるという楽天ユーザー専用の特別仕様だ。
交通系ICなので乗り物の利用も買い物も可能というメリットがあり、「これならばEdyは不要なのでは?」という疑問も沸いてくる。
実際、ある情報源によると、この「楽天Suica」発行に際して同社は発行や更新にかかるJR東日本側の諸経費をすべて負担。さらに楽天カード経由のSuicaチャージで200円ごとに1ポイント発生する“楽天ポイント”の原資もすべて楽天負担だという。
つまり、JR東日本にとっては一切の負担なしで利益のみを得られるという非常に“美味しい”ディールであり、そこまでして楽天はSuicaに対応したということを意味する。
2019年6月の「楽天Suica」発表会の様子。
撮影:小林優多郎
この話だけを聞けば「楽天はEdyを切るのではないか」という疑念も出てくるが、楽天が重視しているのは「(楽天ポイントやキャッシュの)出口」だ。
それはSuicaでもEdyでも、そのほかクレジットカードやキャッシュを含む楽天サービス圏での利用を合わせ、「楽天ポイントをとにかくどの場面でも利用できる」という戦略の延長線上にある。
この考えは前出の中村氏もたびたび触れており、楽天の基本戦略として、Edyに対するスタンスも変化していないと考える。
実際、地方に行けば交通系ICの利用は極端に少なくなり、キャッシュレス決済としてEdyなど限られたサービスしか利用できないケースも少なくない。私事で恐縮だが、筆者最寄りのスーパーマーケットもEdyのみが利用できる状態だ。
2020年第2四半期決算における楽天キャッシュを中心とした経済圏の説明資料。
出典:楽天
つまり、伸びしろが期待できなくなったとしても、出口戦略としてのEdyの重要性はいまだ健在というわけだ。これは第2四半期決算資料において、楽天Edyと楽天キャッシュの残高の相互融通の仕組みが「今後対応予定」となっていることからもうかがえる。
沖縄で見かけたカフェ。楽天Edyを含むあらゆるキャッシュレス決済に対応している。
撮影:鈴木淳也
いずれにせよ、日本という市場でのみ利用される数々の電子マネーサービスへの対応でApple Payが大きく前進したのは確かだ。Apple Payの日本上陸から5年が経過したこのタイミングで、ドミノ倒しのようにICOCAを含む複数のサービスが一気にApple Pay対応を発表してきた。
これには何かしらの意図が介在しているようにも思われるが、QRコード決済で加盟店を急速に拡大させつつあるPayPayも含め「iPhone 1台さえあれば、日本全国のほとんどの場所でキャッシュレス決済が行える」とう状況が現実化しつつある。
鈴木淳也:モバイル決済ジャーナリスト/ITジャーナリスト。国内SIer、アスキー(現KADOKAWA)、@IT(現アイティメディア)を経て2002年の渡米を機に独立。以後フリーランスとしてシリコンバレーのIT情報発信を行う。現在は「NFCとモバイル決済」を中心に世界中の事例やトレンド取材を続けている。近著に「決済の黒船 Apple Pay(日経BP刊/16年)」がある。