シスコシステムズ(Cisco Systems)のエンジニア、ロニー・ペターセンはコロナ禍で仕事も生活もヨットの上に移した。
Ronny Pettersen
米ネットワーク機器大手シスコシステムズ(Cisco Systems)は2020年3月、新型コロナ感染拡大への一時的な対応として、在宅勤務ポリシーを導入した。
同じころ、同社のビデオ会議アプリ「ウェブエックス(Webex)」のエンジニア、ロニー・ペターセンは恋人と別れ、故郷のノルウェー・オスロに帰ってきていた。
行動制限のなか、マンションの部屋にこもってすごすのに疲れた彼は、いまこそ環境の変えどきだと思い立った。
2カ月後、ペターセンは独ババリアの37フィートヨット「バレンティナ号」(1996年製)を新たな自宅兼オフィスに選んだ。
「世界中を船で旅して回るのは、誰しもが抱く夢ですよね?」
ハイブリッドワークやリモートワークが普及したことで、これまでの生活環境を捨て、従来の型にとらわれない宿泊施設や居住空間を選ぶ人たちが増えてきている。
折しも、シスコは今年7月、7万5000人以上の従業員についてオフィス出勤の最低日数・時間を義務化しない「ノーリターン・トゥ・オフィス」ポリシーの導入を発表。
ペターセンがノマドとしての生活を続ける環境は整った。
海上での暮らしは、ペターセン自身だけでなく会社に対しても、顧客のニーズに関するより深いインサイト(洞察)をもたらしてくれるという。
「新しいことを経験したいと考える自分に、いまの朝8時から夕方4時までの(型にはまった)働き方は合わない。これまでとはまったく違うことをする必要があると考えています」
[AM7:00]
1月1日、海に飛び込んだペターセン。ノルウェーの1月の平均水温は3度前後。
Ronny Pettersen
ペターセンは目覚まし時計を使わずに朝起きる。ヨット上の生活は自然のサイクルと同じで、日の出とともに目を覚まし、日没とともに眠りに落ちる。
冬の朝は、ヨットの修理や雪かきに勤しむ。夏はバレンティナ号を係留するヨットハーバーのあるノルウェー南部アスケーの街を歩いたり、泳いだりしてすごす。
真冬の北極圏(=ノルウェー北部)に出かけていって、海に飛び込むこともあるという。
ペターセンにとって、海上での静かな生活は何にも代えがたいものだ。
「自分は都会暮らしがあまり好きじゃないんです。確かに楽しいときもあるけれど、いつもそうというわけではないから」
[AM10:00]
ヨット内で仕事開始。シスコのオフィスに出向いたり、オスロのマンションの部屋でリモートワークしたりすることもある。
同僚たちはよくペターセンの居場所を当てるゲームをする。風の音、海の音、エンジン音などで電話口の声が遮られ、ヨット内にいることを見抜かれたりする。
「ヨットの外でさまざまなことが起きているのに、会議ではいつも通りの自分でいなくてはならないというのが、常に課題としてあります。でも、それは(辛いというより)面白いこと」(ペターセン)
[PM1:00]
ヨット「バレンティナ号」のキャビンからビデオ会議に参加するペターセン。
Ronny Petersen
ペターセンはウェブエックス搭載デバイスのベータ開発チームに所属し、ビデオ会議向けのハードウェア設計を担当している。ヨット暮らしはプロダクトのテストにうってつけだという。
ペターセンと彼のチームは、プロダクトの「限界を押し広げる」ために、ヨット上の生活環境をうまく活用している。
「ヨット上からのリモートワークは、開発中のテクノロジーのテストのようなものです。ノイズ低減機能に何か問題があって、ビデオ会議の参加者にエンジン音が聞こえてしまうとしたら、その問題を解決しなくてはなりません」
[PM7:00]
仕事が終わると、ペターセンはオフィスで食事の準備を始める。バレンティナ号にはキッチンがあり、そこで手早く料理する。備え付けの電化製品が小さく調理ができないので、冷凍ピザは夜のメニューに選べない。
ただし、電化製品は小さくなったものの、船体は以前のものより大きくなった。独学でセーリング技術を身につけたペターセンは、中古のバレンティナ号を購入する前、わずか数カ月だが練習用に小型のヨットを所有していた。
なお、ペターセンはインターネットや本からヨットのすべてを学んだという。
[PM9:00]
ペターセンは「バレンティナ号」の改修をひんぱんにくり返している。
Ronny Pettersen
ペターセンはベッドに入るまでの時間をバレンティナ号の改造や修理にあてる。
「いつも何かしら修理すべきものがあるのです。壊れたり、改良する必要が出てきたり。修理やモノの整理をしてすごした夜が何度あることか」
太陽光パネルなどの改良により、バレンティナ号の生活環境は向上したものの、ペターセンはノルウェーと南対岸のデンマークを越えて航行したことはまだない。
ロックダウンなどの感染拡大防止策が長引いて入国できなかったり、入国できても現地で身動きがとれなくなったりする可能性がある国への渡航は控えている。
シスコの従業員のなかには、ロックダウン期間や柔軟な在宅勤務制度を活用して、バンでの移動生活を選んだり、田舎の山小屋に移り住んだ者もいるという。
それでも、オフィスはもちろん、マンションや山小屋、車上生活にもないものが、ヨット生活にはあるとペターセンは語る。
「それはもう、海の上にいられるのが何より最高ですよ」
(翻訳・編集:川村力)