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【oVice ジョン・セーヒョン1】コロナ禍で1200社導入のバーチャルオフィス。世界で求められる雑談できる空間

oVice ジョン・セーヒョン

撮影:伊藤圭

新型コロナウィルスが世界をどん底に突き落として1年半、人々は否応なく、変化への適応を迫られた。リモート(遠隔)の普及はその代表例だろう。私たちは悪戦苦闘しながらも、顔を合わせなくても授業や業務をこなせるのだと気づいた。

とはいえ、伝わったと思っていたことが伝わっていない、一体感をつくれない……緊急事態宣言が繰り返され、人々がオンラインとオフラインを行き来する中で、従来のテレワーク支援ツールには「何かが足りない」ことも、多くの人が痛感しているのではないか。

2020年3月、北アフリカのチュニジア出張中に都市が突然ロックダウンし、現地に数カ月取り残されたジョン・セーヒョン(29)も、その1人だった。外出制限で自宅から出られず、近くにいるはずのチュニジアのエンジニアと顔を合わせられず、かといって日本にも戻れない。

「それまでも日本からチュニジアの開発チームを動かしていたので、遠隔での業務には慣れているつもりだった」が、孤立した環境で、日本・チュニジアのチームと完全リモートで連携しなければならないとなると、話は別だった。

「ZoomやSlackで仕事はかろうじてできる。だけど、普段隣に座っていた同僚と気軽に話すことができなくなり、どうにももどかしかった」

ジョンはエンジニアに頼んで、「物理的に離れている人たちが、一つの場所で作業できる空間」をオンライン上につくってもらった。

そのバーチャル空間は後に「oVice(オヴィス)」という名で事業化され、非対面コミュニケーションに課題を感じる企業1200社以上が仮想オフィスとして導入するサービスになった。日本では9割以上のシェアを獲得し、世界では2位につけている。

リアルなオフィスをオンライン上に再現

oVice

oVice実際の使用画面。バーチャル空間に自分のアイコン(アバター)が表示され、自由に動き回れる。

出典:YouTube oVice紹介動画より

ZoomもSlackもTeamsも、使ってみないとその特徴や便利さは捉えづらい。その点ではoViceも同じだが、同サービスを一言で説明するなら、PC上に「リアルなオフィスを再現した空間」だ。

oViceにログインすると、職場や宴会場を模した空間が現れる。ユーザーの分身であるアバターは通常、空間の玄関に表示され、そこから目的の場所に移動したり、他のアバターに近づいて話ができたりする。

アバターの距離が近づくと互いの声が聞こえるようになる。会話を他の人に聞かれたくないときは、会議室のような閉鎖空間に移動でき、顔を見て話したいときはビデオ通話機能がある。

ジョンは「リアルで行われていることは全てoViceでできるようにしたい」と目標を語る。

「コロナ禍で多くの人がZoomを使うようになった。Zoomは議題のあるミーティングには向いているけど、リアルの緩さや自由さは再現しにくいでしょう」

「コロナ前の日常」彷彿とさせる空間

oViceのバーチャル宴会

oViceのバーチャル宴会では、コロナ前によく見られた「飛び入り参加」や、偶然の出会いが生まれていた。

提供:oVice

oViceが2021年7月に企業約50社を招待したバーチャル宴会では、ジョンが目指す世界の一端が示された。

参加者は割り当てられた席に移動し、レストランから配達されたワインと料理を自分とパソコンに間に配置し、同じテーブルの人たちと会話や料理を楽しんだ。

私も参加して、同じテーブルの人たちとビデオ通話で盛り上がっていたところ、他のテーブルから何人かやってきて、私たちの雑談に耳を傾け始めた。

しばらくすると、そのうちの1人が「お邪魔していいですか」とビデオ通話に飛び入りしてきた。その男性は「せっかくいろんな企業の人が集まっているから、内輪で話すだけなのはもったいない」と、周辺のテーブルに顔を出して回っていたという。彼とは30分ほど話して「この場限りで終わるのももったいないですね」と、連絡先を交換した。

飲み屋に別々にやってきた客が何かの拍子で意気投合する、あるいは異業種交流会の名刺交換から共通の趣味や友人が分かって親近感を覚える—— 。ソーシャルディスタンスが最優先されるコロナ禍の社会では、そんな偶然、「ふとしたきっかけ」も滅多に起きなくなった。

面識のない相手とZoomで打ち合わせするのには慣れたが、雑談をしていいものか、議題以外の話題に逸れていいものか、いまだに間合いがつかめない。

だからこそ、oViceの空間には「コロナ前の日常」を取り戻したような、懐かしさを覚えた。

緊急事態宣言ごとに数百社契約

oVice

エン・ジャパンのバーチャル本社ビルの様子。会話をするために物理的にアバター同士が集まっていることが分かる。

出典:YouTube「【oVice】フルバージョン エン・ジャパンのバーチャル本社ビルに令和ロマンが潜入!」より

「oViceは家、会社に次ぐ第三の場所」

そう話すのは、人材総合サービスのエン・ジャパンで、社員が働きやすい環境構築に取り組んでいる今村明則だ。同社は2020年夏、oViceの最初の企業ユーザーになった。

エン・ジャパンは2020年4月の1回目の緊急事態宣言をきっかけに、出社と在宅勤務のハイブリッドを恒久化し、オフィスの約半分を解約する決断をした。社員のための改革だったが、夏を迎えるころには、疎外感を感じて体調を崩す新入社員や、部下のSOSをキャッチできずに思い悩む管理職が続出し、今村は「オフィスには業務を遂行するだけでなく、社員同士のつながりや安心感を保つ機能もある」と思い知った。

同じころ、オフラインで開かれたイベントで、ジョンはエン・ジャパンの社員と知り合った。

「近くに立っている人がいて話しかけたら、エン・ジャパンの営業責任者さんだった」(ジョン)

気軽な雑談の中で、エン・ジャパンの社員からリモート下でのコミュニケーションに悩んでいることを聞き、ジョンはリリースしたばかりのoViceを売り込んだ。

「当時は緊急事態宣言が明け、気温が上がればウイルスも消え、皆が元の生活に戻るという雰囲気だった。けれど、エン・ジャパンはコロナ禍に関係なくテレワークを続けると決めていたので、非対面でのコミュニケーションの不具合を解決する必要に迫られていた」(ジョン)

エン・ジャパンは一部部署で仮想オフィスとしてoViceを導入し、使いやすくするための改善点をジョンらに定期的にフィードバックした。

「普段は声だけでやり取りしているが、朝礼はビデオオンという部署があり、背景が映らないように仕様を見直してもらった。また、当社は部署ごとにアカウントをつくったが、1つのアカウントで他の部署にも自由に行き来できるようにした」(今村)

日本では2020年秋冬にかけて感染が再度拡大し、2度目のテレワークに入る企業が続出した。最初のテレワークでは業務の維持で手一杯だった企業は、エン・ジャパンのように「人と人とのつながりを維持する場」の必要性を再認識することになり、以後、政府や自治体が緊急事態宣言を出すごとに、oViceは数百社単位で契約を増やしている。

目指すは世界市場。メンバー1年半で50人

oVice ジョン・セーヒョン 経歴

撮影:伊藤圭

ジョンはoViceのプロトタイプを開発してほどなく、このツールを事業化すると決めた。だが当初は「事業価値を高めて2021年春ごろに売却するつもりだった」という。

初めて起業したのは18歳。幼いころにドラえもんのアニメにはまり、日本留学を志したジョンは東京大学、東京工業大学の入試に失敗、「とりあえず何かやらないと」と母国・韓国で貿易業を始めた。

2年後の2011年に来日してからは、何度も新規事業に挑戦しそのたびに失敗しながらも、教訓を次に生かしてきた。2015年に立ち上げた海外求職者のマッチングサービスは、チュニジアに開発部隊をつくりスタッフが10人を超える規模まで成長させたが、1人で全てを背負いすぎて上場企業に事業を売却した。その後、再び起業を模索していたときにコロナ禍が起きた。

「0から1を生み出す」のが得意分野だと自認するジョンにとって、oViceのメンバーが1年半で50人を超えた今もCEOでいることは、想定外のことだった。

しかし、oViceが想定を上回るスピードで成長したことで、売る選択肢は遠のいていった。評価額が上がり、日本国内で買い手が限られてきたことに加え、バーチャル空間市場で世界首位のGatherが2021年3月に30億円近くを調達したことを知り、ジョンはこの市場の成長性を確信したという。

「Gatherには(著名VC、ベンチャーキャピタルの)セコイアキャピタルが出資した。セコイアが出資するってことは、ユニコーンになる期待をしているということ。2位のoViceがGatherに食らいついていけば、世界市場が見えてくる」

事業の売却を考えていた理由は他にもある。大金を手に入れるためにはそれが最短ルートだと考えていたからだ。ジョンの父も起業家だが、2009年のリーマン・ショックで経営破たんし、巨額の借金を背負うことになった。

「今も10億円くらい借金が残っている。父は返そうと頑張っているが、僕は僕で、代わりに返そうと考えている。10億円をつくるには、起業しかない」

ワクチン接種が進む中でもウイルスの猛威は衰えない。ジョンは年内いっぱいは、非対面、ソーシャルディスタンスの日常が続くと予想し、「リスクをがんがん取って、これからの数カ月で一気に畳みかけたい」と力を込めた。

ジョンにとっては未知の領域である1を10にする戦いは、佳境を迎えている。

(▼敬称略・続きはこちら)

(文・浦上早苗、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)

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