性犯罪に関する刑法改正が新たな局面を迎えている。2017年の改正から3年後の見直しのタイミングを迎えて行われた、専門家による法務省の検討会(2020年6月から21年5月まで)が報告書を公表。
これを受けて、改正案を法務省が詰めているところだ。性暴力の被害者支援に携わり、検討会での議論を追ってきた弁護士の寺町東子さんに、論点について聞いた。
性交同意年齢の引き上げに関する議員の発言をめぐり6月、立憲民主党に対し、フラワーデモの呼びかけ人らが申し入れを行った。
立憲民主党ホームページ
リストカットに妊娠リスク、未成年の被害実態フォーカスすべき
—— 今回の性犯罪に関する刑法改正は、より被害の実態に即したものにすることを目的としています。しかし、被害者から強く要望のある「暴行・脅迫要件の見直し(不同意性交罪の導入)」や「性交同意年齢(13歳以上)の引き上げ」などの議論は、棚上げ状態で検討会は終了に。検討会の意義・内容をどう見ますか?
寺町東子弁護士(以下、寺町):今回の改正論議は、被害の実態を正面から受け止めることが出発点です。2017年改正法の附則9条(※)を踏まえて、法務省が実態調査ワーキンググループを設け、被害者心理、海外法制調査など、被害の実情に関する調査を行い、その結果としてこの検討会が実施されました。
検討会でも、被害実態に対する理解の重要性や、性犯罪の処罰規定の本質は「被害者が同意していないにもかかわらず性的行為を行うことにある」との結論に異論なし。現行法では処罰すべき行為が取りこぼされていることも、おおむね共通認識となりました。
その上で、処罰すべき行為を取り込み、処罰すべきでない行為を取り込まない「要件の線引き」の仕方について議論した、ということです。
※2017年改正法の附則9条:政府は、この法律の施行後3年を目途として、性犯罪における被害の実情、この法律による改正後の規定の施行の状況等を勘案し、性犯罪に係る事案の実態に即した対処を行うための施策の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする
—— 線引きの仕方というと国会議員らも並行して勉強会を開いていますが、6月にその勉強会での議員の発言が問題になりました。「50歳近くの自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることになる。それはおかしい」という立憲民主党の本多平直・衆議院議員(現在は離党・議員辞職)の発言です。
寺町:本多議員の発言が報道されてから、立憲民主党の公式見解は性交同意年齢の引き上げなど、性犯罪の被害実態を踏まえる方向に修正されてきているように見えます。
ただ、私が5月末に同党のヒアリングに呼ばれた際は、法務省の検討会のよって立つ「被害実態を踏まえて、取りこぼされている処罰されるべき行為を取り込む」という姿勢は見られませんでした。児童福祉法違反と条例違反で十分処罰できている、という意見の議員の声が大きいように感じました。
要は大人と13〜18歳の子どもとの間であっても「真摯な恋愛」は処罰すべきでない、という意見です。
性交同意年齢の引き上げの各所の議論で、被害実態への無理解が浮き彫りに。現在、法相の諮問機関である法制審議会にかける改正案を法務省が詰めている。
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——「同意だから、罪ではない」と。検討会の検討委員からも「性交同意年齢を引き上げると、刑事罰を負わない年齢の13歳同士での性交でも処罰される」と反論が出て、議論は保留になっています。
寺町:「義務教育年齢は絶対的に社会が守る」ということが、なぜか支持されていません。いかに、この年齡での同意が確実とは言えないか。それらはすでに実証されています。
例えば、未成年の場合、年齢差3歳以上の相手とは特に支配的な関係になりやすいとの研究報告があります。
年上の相手ほど避妊にも消極的。低年齢でも性行為に積極的な場合は、性虐待を受けているケースも含まれます。その結果、自尊感情が低下し、リストカットや自傷行為としての性的行為が、さらに活発化することも報告されています。
妊娠した場合、身体がより危険にさらされるのは女の子の側です。対等な関係性があり、避妊についても話し合える関係であれば別ですが、避妊の性教育もしっかりと行われていない日本で、かつ、年齢差による力関係を利用して、性的な関係に持ち込まれている状況を何とかしないと。というのが、性交同意年齢の引き上げのメインターゲットです。
ところが、そういう被害実態の中心的な部分にフォーカスせずに「限界事例」と称して、子どもの性交や妊娠に関する自由意思や自己の行為に責任を負う、自己決定の話に論点がずれてしまっている。
—— 未成年に避妊の性教育をすれば、状況は違いますか?
寺町:大前提として児童労働は15歳になって最初の3月31日まで禁止されています。避妊のためのお金はどう得るのか。避妊率を9割にするには、コンドームだけではだめで、低用量ピルを飲み続ける必要がある。
しかも、少なくとも 中学生が、親権者に知られることなく安全な低用量ピルの処方を受け、購入することは非常にハードルが高い。飲み忘れのリスクもある。避妊の現実的手段すら持たない中学生同士の性交は、禁止して良いのではないでしょうか。
「限界事例」という意味では、現行法でも12歳の中1男子と14歳の中2女子で交際して女の子が妊娠してしまった場合、その女の子が加害者として処罰されうるわけですが、当罰性が低いため処罰されていません。
警察・検察・家裁の運用で適宜処理されているわけです。16歳に引き上げた場合でも、年齢差がない関係での同意ある性交は、同様にケースバイケースで対応すればよいことです。
配偶者間の性犯罪、今回は明文化で一致
配偶者間の強制性交罪は現行法では、対処し切れていないのが現状だった。改正法では明示することで一致したのは前進だ(写真はイメージです。)
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——「配偶者間の性犯罪成立」は前回の改正では見送られましたが、今回の検討会では明文化で一致。なぜですか?
寺町:夫婦間においても強制性交罪が成り立つことは、法律家の間では当たり前だという認識でした。当たり前だから、あえて犯罪類型として特別に法律で規定する必要はない、現行法で十分だ、というのが前回の改正で明文化が見送られた理由です。
しかし、実態はどうか。夫婦間のDVの相談ケースには、典型的なパターンがあります。
夫に夜中に何時間も正座させられ、説教をされ、罵倒されつくされた後に「分かったな」などと言って、夫が「仲直り」と称し、セックスを求めてくる。妻側はここで拒否したら「なんで、俺を受け入れられないんだ」「他に好きな男がいるのか」などとしつこく絡まれ、また説教と正座の3時間コースになるのがわかる。
だから、やむを得ず、応じる。でも、そこに自由意思はない。そういうパターンです。
—— DV夫の説教とセックスの実質的強要は常にセットで起こっている。
寺町:「なんでこんなにみんな同じなんだろう」というくらい、同じです。こういったパターンは、暴行脅迫要件の改正に反対する人が主張するような、現行法の「脅迫」や「心理的抗拒不能」で検挙することは可能だとは思います。
ところが、実際には、配偶者からの暴力に関する相談件数は、2018年で7万7482件。それに対して、夫婦間での強制性交の検挙数は6件。私たちの実務感覚に照らすと明らかに少なすぎる。
被害届が適切に出ていないか。被害届が出ていても性暴力と認められず、法律が機能していないか。いずれにしても現行法で捕捉できていないのは明らかです。
だからこそ、配偶者であることは強制性交等罪を免責しないことについて、法律で明示・規定しておく必要があると、検討会でも意見が一致しました。
「やめて」と言われたらすぐやめる。対等な関係とは
——こうしたケースでは、夫婦間に限らず、「同意だと思っていた」と加害者が強弁し逃げ切る例は少なくない。この隙を埋める必要があります。ところが、同意の有無を重視する不同意性交罪の導入や暴行・脅迫要件の見直しについて、検討会では否定的な意見が出て保留。「同意の確証はとれない」という反論です。
寺町:同意とは何かという問題ですが、男性の刑法学者の検討委員が「被害者が一定の葛藤や躊躇の上に性行為を受け入れた場合は『意に反する』と評価できるか明確でない」という意見を述べていて、大変驚きました。
しつこいアプローチはそれ自体がハラスメント。それすら、理解されていない。(写真はイメージです。)
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——「一定の葛藤や躊躇の上で」とは、最初はっきり同意しなかったり、断ったけれども、何度もアプローチされ、断り切れなくなった場合などのことですね。
寺町:断ったり、避けるそぶりを見せているのに、その後もしつこくアプローチするのは、そのこと自体がすでにセクシャル・ハラスメントであり、強要です。ところが、葛藤や躊躇しながらも同意に至ったと大真面目におっしゃる。
本人に悪意はないかもしれません。でも、「それは同意じゃないですよね?」ということが本当に通じない。まだ「嫌よ嫌よも好きのうち」が基準の人がいる。
その意味で、同意の取り方やあり方については、昨年話題になったタレントのシェリーさんの発言が、私は非常に心に残っています。子どもとくすぐり遊びをしていて、子どもが「やめて」と言ったら、パッと親は止める。「もっとやって」といったら、また始めるというのです。
性交の際も同じで、確証がとれないと言いますが、「やめて」と言われたら、その時点ですぐやめればいい。顔をそむける、体を押し返すなど嫌なそぶりをされたら「嫌なの?」「何か心配なことがあるの?」ときちんと聞けばいい。聞いてもよくわからないならやめる。本来、それが対等な関係のはずです。
性暴力もパワハラも、マッチョ思想がそもそもの原因
寺町東子弁護士。
撮影:三木いずみ
—— 一方で、同意をとることや今回の刑法改正については「“女性様のお気持ち”で刑法まで変えるのか」など、とりわけ女性差別的な揶揄(やゆ)がネットなどで聞かれます。なぜこうした揶揄が生まれるのか。刑法は最後の手段と言われます。もちろん、慎重な議論をすべきですが。
寺町:言っている方は女性差別の意識はあまりないのかもしれませんが、潜在的に「自分の要求のほうが尊重されるべき」という意識があるのでは。したい人としたくない人が対等な関係だったら、したくない人の意思が尊重されるのは当たり前だと思います。そうならないのは、もうごくナチュラルに、それこそ無意識レベルで「女性は自分を快適にするための存在」と思っているのではないか。
そういう人が、世の中から男性であることによる圧を受けたりするとより一層、「俺はこんなに我慢しているんだから、頑張っているんだから」と、受けたストレスの圧を“自分より格下”のはずの女性にぶつけて解消しようとする。
—— 女性をターゲットにした、あるいは優先的に女性を狙ったような暴力犯罪は少なくありません。性暴力にも、まさにそういった無自覚の女性差別意識、夫婦間なら無自覚の家庭内男女差別の存在を感じさせます。
寺町:性暴力の問題は、やはり「男性の問題」と言わざるをえないと思います。男性の被害者がいることも含めたうえで、です。なぜなら、これまで男性優位の序列化社会では、例えば、体育会系なら先輩の言うことは絶対。
学校なら先生の言うことは絶対。先生の言うことを聞けない子は悪い子など、とにかく、 “上の人”認定した人の言うことに素直に従う。それを善として、世の中を動かそうとしてきた。
相手の同意をとる必要性など考えたこともない。こういう考え方が、性的な場面にあらわれるとセクハラや性暴力に、上司と部下になるとパワハラに、親子になると虐待になる。女性やその他のジェンダーの人が加害者でも同じです。マッチョ思想がそもそもの原因。日常の些細なことから一人ひとりの意思を大切にする。
誰が相手でも、お互いに常に相手の意思を確認する。こうした習慣や意識なしに性暴力だけがなくなるなんてことはないと思います。
(文・三木いずみ)
寺町東子(てらまち・とうこ):弁護士・社会福祉士・保育士 。人身損害賠償事件(交通事故・医療事故など)などを中心にさまざまな案件の弁護を引き受ける傍ら、 教育・保育施設での重大事故防止の活動、性暴力の被害の当事者団体である一般社団法人Springの理事なども務める。