緊急事態宣言の効果はなぜ鈍るのか。デルタ株に対抗するために必要なメッセージとは?分科会・経済学者に聞く

東京の街

4度目の緊急事態宣言が発令された東京。感染者数も5000人規模で過去最多を更新しているのにも関わらず、人出はなかなか減っていかない。

REUTERS/Androniki Christodoulou

感染が広がり続ける、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。

ワクチンの普及によって重症化する人の割合が少なくなったとはいっても、デルタ株による過去最大の感染拡大に、救急搬送の受け入れ先が見つからない状況や、自宅で容態悪化する事例が報告されている。

今は、なんとか感染を抑えなければならないフェーズであることは間違いない。

一方、4度目となる緊急事態宣言が発令された東京では、過去3度の緊急事態宣言時と比較して人出の減少が鈍い

8月12日には政府新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が記者会見を開催し、あらためて5割の人流削減やより強い感染対策をすべきだと提言した。

なぜ、緊急事態宣言の効果が弱まってしまったのか、この先の感染状況によっては「ロックダウン」も考えなければならないのか。

新型コロナウイルス感染症対策分科会に参画する、行動経済学の専門家、大阪大学の大竹文雄教授に話を聞いた。

※取材は8月4日に実施し、そのときの情報に基づいています。


緊急事態宣言の効果が鈍った要因とは?

大竹文雄教授

オンラインで取材に応じる、大竹文雄教授。

撮影:三ツ村崇志

—— これまでの緊急事態宣言と今回の緊急事態宣言で、人の行動選択のしかたにどんな違いがみられていると感じていますか?

大竹文雄教授(以下、大竹):人が感染対策に協力する動機は3つに分けられると思います。

1つは、自分が感染しないため。重症化リスクが高い人たちは、もともとそういう動機が非常に大きいわけです。

もう1つは、他人に感染させると迷惑がかかると考えて気を付けている「利他的」な動機

それから3つ目は、みんなが気をつけている中で無視することの社会的なイメージの悪さを気にして対策をとっている「社会規範」を守ろうという動機です。

日本ではこの3つの動機を持つ人たちが多数派になることで、海外のように強い規制をかけずに感染状況が抑えられてきたわけです。

ただ最近は、なかなかそれが難しくなってしまった。

—— なぜ、難しくなったのでしょうか?

大竹:まず、高齢者へのワクチン接種が進んだため、高齢者が重症化しにくくなりました。そのため、利他的に感染対策をしていた人の動機が小さくなりました。

それに加えて、デルタ株の感染力が強まったとの認識が広まるまでに時間がかかっていることも、要因としてはあると思います。

ワクチン接種が広まり、重症化率が下がることを考えると、これまでと同じくらいの行動変容でも問題ないだろうという考えに至るのはおかしくはありません。

ただ、デルタ株は非常に感染力が強く、たとえ重症化率が低くても(感染者が増える分)重症者数は増える。この認知が遅れてしまったのだと思います。

利他的な動機で行動していた人たちが「そこまで他人のことを考えなくてもよいのでは?」という意識になってしまったのではないでしょうか。

消毒

「社会規範」を守ろうという意識が強かった日本。しかしそれが崩れてきているのは、夏休みの人流の多さからも一目瞭然だ。

Getty Images/Elsa

—— 自粛が続いてストレスが溜まっている中で、そろそろ自分の生活を充実させたいと思っている人は多いでしょうね。

大竹:もちろん、自分の生活を大事にしたいと思うこと自体は自然だと思います。

ただ、利他的な動機で動いていた人が減り、一定数の人が街に出たり飲食をしたりと、感染対策を少し緩める様子が見られたことで、社会規範に則って感染対策をしていた人たちの一部もそれに追従してしまうわけです。

行動経済学的に考えると、二重の意味で難しい状況です。

「人の命を守ろう」と、作年から利他的なメッセージで行動変容を促してきました。

ところが、ワクチン接種が進み、そのメッセージは効きにくくなった。

日本は社会規範で動く人が多かったからこそ、マスクも3密回避もかなり進みました。

しかし、利他的動機で動く人の行動変容が少し小さくなると、一気に社会規範が弱まったように見えるので、社会規範に従っていた人たちの行動まで変化してしまった。

それに加えて、デルタ株の影響があり、悪い状況になってしまったのだと思います。

—— あらためて利他的な動機を高めることは可能なのでしょうか?

大竹:医療提供体制が厳しいことをどう伝えるかだと思います。

菅義偉首相が重症化リスクの低い人を自宅療養にするという原則を打ち出しましたが、医療がいかにひっ迫しているかということを端的に伝える方法ではあったと思います。

「重症者が何人」「感染者数が何人」といった数や、「医療が大変だ」という情報提供より、直接何が起こるのかを明示する

いろいろな批判はありましたが、これから何が起こるのかが分かるので、行動変容をさせやすいメッセージだったと思います。

—— ただ、飲食店をはじめ、経済的に苦しい状況が続いていた事業者の中には、そうはいってもなかなか営業時短などの感染対策に協力できないケースもあるのではないでしょうか。

大竹:日本の場合は医療提供体制が脆弱ですので、イギリスやアメリカのような感染状況にまでいくと、医療は維持できなくなると考えられます。

このまま感染が拡大すると、いずれ必ず感染を止めるために経済を止めなければならない事態がやってきます。

その場合、2020年4月の最初の緊急事態宣言よりも長期にわたる可能性もあります。

だからこそ、早めに抑えるほうがまだましなんです。

今回、東京都ではデルタ株の感染状況が今のようになる可能性が分かっていたので、早めに緊急事態宣言を出しました。しかし、なぜ早めに出さなければいけなかったのかをきちっと説明しなかった。

当時は医療もそこまでひっ迫しているようには見えない状況だったので、誰もまともに信じなかった。

—— 緊急事態宣言の出し方の問題だったということでしょうか。

大竹:ただ、トレードオフで難しい。感染が小さい段階で抑えたほうが良いけれど、その段階だと深刻さが信じられにくい。

事業者側からしても「医療もひっ迫してないのにどうして自分たちが休業要請を求められるのか」と、納得がいかない。

今回は、特にうまくいかなかったのだと思います。

デルタ株のまん延でロックダウンはありうるのか?

ロックダウン

新型コロナウイルスが蔓延し始めてからいち早くロックダウンを実施したアメリカ。2020年4月のマンハッタンは閑散としていた。

REUTERS/Eduardo Munoz

—— 「ロックダウン」のような私権制限を伴う強い対策も検討すべきではないかとの意見もみられます。ロックダウンを実施するのだとすれば、どのような条件があれば納得感を持てると思いますか。

大竹:「(コロナを診ていない病院に対して)あなたの病院ではコロナを診てください」ということを、医療機関に要請することでしょうか。

医療者の診療の自由、事業者でいう営業の自由をそのままにして、個人の私権制限をすることは難しいのではないかと思います。

(通常の医療との役割分担をもっと強めて)そこまでやった上で、感染拡大が止められなかったり、人が大量に死んでしまいそうな状況になったりした場合は、個人への罰則・私権制限も考えることになると思います。

—— 「通常の医療をさらに減らしてコロナに対応するので、それに協力して欲しい」というメッセージですね。

大竹:ただ、別の問題もあります。

例えば、罰則ができたとして、誰が監視して実行するのか。結局みんなが守ろうと思わなければ守られない。

最終的には社会規範をどう築いていくのかという問題になるんです。

—— とはいえ、一定の効果はあるようにも感じますが。

大竹:日本は今まで、社会規範と利他的な動機でかなり自粛がうまくいっていました。

そこにただ罰則をつけてしまうと、社会規範も利他的な動機も崩れてしまう恐れがあります。

それなら、今のデルタ株に対してはこういう対策をしましょう、という社会規範を広げる方向に力を注ぐ方が、コスト的には良いのではないかと思います。だから、ロックダウンの前にできることはやるべきでしょう。

日本の医療は、コロナのようなものに対して脆弱だった。

根本的に体制を変更しなければ急な感染拡大には耐えられないのなら、それを頑張ってやってもらう。

もちろん、個々の医療従事者たちはすでに十分頑張ってくれています。今回のデルタ株の感染拡大に対して、少々体制を整えても間に合わないのも分かります。

しかし残念ながら、それでも人は動かなくなってしまった。

「医療現場はこれまで以上に一生懸命やっているけれども、提供できるのはこれくらいです。ここまでやって抑えられない。人の命を守れない状況に来ているんです」

こういった説明に加えて、経済を動かす目処を示して「だからあとちょっと待ってください」ということが今必要なのだと思います。

—— 経済がどう回復するのか先が見えない状況だからこそ、事業者側も時短などに協力しにくい側面があるでしょうね。

大竹:緊急事態宣言中の今の段階では、確かになかなか経済を再開させることは難しいとは思います。

感染が少し落ち着いたときにどうするのかが、次の論点です。

方法は2つあると思います。

後編に続く)

(文・三ツ村崇志

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