日本でもギグワーカーが増える一方、EUではギグワーカー保護の動きが高まっている。
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タクシー型旅客輸送の運転手やフードデリバリーの配達員など、ネット上のアプリを介して単発の仕事で働く「ギグワーカー」の保護に向けた動きが世界的に加速している。
目指しているのは、契約上自営業者とされているプラットフォームワーカーにも、企業などに雇われている「労働者」と同じ権利と保護が受けられるようにするための、EU統一のルールづくりだ。
かたやEUでギグワーカーを保護する判決や、保護に向けた政策的な動きが加速する中、フィンランドの「Wolt」、ドイツの「foodpanda」、韓国の「FOODNEKO」などヨーロッパを含む世界のデリバリー大手が相次いでコロナ禍の日本に集結している。
EUの動きに連動した、日本のギグワーカーの実態を追った。
EUの進める新たな「労働者」ルール
ギグワーカーの働き方の見直しが進むEUであっても、現状はギグワーカーも保護を受けるためにはハードルがある。EU加盟国ごとに規定する労働者の要件を、司法の場などで満たす必要があるのだ。
今後は、それがなくてもOKな共通のルールを設ける流れだ。
EUが提案している具体案について、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎労働政策研究所長の「EUのプラットフォーム労働の労働条件に関する第2次協議に見える立法構想」(JILPリサーチアイ、2021年6月22日掲載)が詳しい。
これによると「形式上は自営業者と業務委託契約を結んでいるように見えても、プラットフォーム事業者を通じて就労している人は、自動的に雇用関係にある『労働者』と推定するルールを設けること」が、協議されているようだ。
では実際、ルールを定めるととどうなるのか。
例えば日本で言えば、ギグワーカーのフードデリバリーの配達員が労災保険に入りたい、失業給付手当がほしいと思えば、労働局やハローワークなどの役所で申請手続きを行う。
事後に役所からプラットフォーム事業者に「配達員の労災保険や雇用保険の保険料を支払ってください」と請求してくる。
そのとき「いや、彼は個人事業主であり、うちが雇った従業員ではない」とプラットフォーム側が言っても、役所は「では裁判でそのことを立証してください。ただし、確定するまでは保険料は払ってくださいね」となるのだ。
プラットフォーマーには厳しい規定になるワケ
欧州委員会は、ギグワーカーを労働力とするプラットフォーマーに対して、厳しいルールづくりに出ようとしている。
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たしかに選択肢の1つではあるが、プラットフォーム事業者にとっては相当、厳しい規定だろう。
EUがこうした統一ルールを設けようとしている背景には、これまでにプラットフォーム労働者の労働者性に関してEU加盟国で100以上の司法判決と15の行政決定がなされ、労働者と認定されていること(その大部分はタクシー型旅客輸送とフードデリバリーに関するもの)。
そのうち最高裁レベルに達したのはドイツ、スペイン、フランス、イタリアの4カ国5件もあるという事情がある。
また、この記事でも示したように、EUから離脱したイギリスでも2021年2月、英国最高裁がウーバーの旅客輸送の運転手は「労働者」であると認定している。
日本に集結するデリバリー業者、労働実態はさまざま
コロナ禍のフードデリバリーの需要の高まりに比例して、配達員の数も増加している。
撮影:小林優多郎
こうした司法判決や、EUの保護に向けた動きが加速する中、ヨーロッパを含む世界のデリバリー大手が相次いでコロナ禍の日本に集結している。
最大手の「Uber EATS」はコロナ前から進出しているが、2020年にフィランドの「Wolt」、ドイツの「foodpanda」、韓国の「FOODNEKO」が相次いで参入。2021年にはアメリカ最大手の「DoorDash」が事業を開始するなど熾烈な競争を展開。
それに伴い当然、配達員も増加している。各社配達員数を公開していないのでまとまった統計はないが、フリーランス協会の調査によると約15万7000人。しかし、各種の報道などから推測すると実際は20万人を超えているのではないかと見られる。
ウーバーイーツは「配達員と契約関係なし」
そして配達員の報酬や福利厚生、教育・訓練などの労働条件なども決して一様ではない。
またプラットフォーム事業者と配達員との関係もあいまいだ。
一般的には業務委託契約関係にあると思われるが、最大手のウーバーイーツは「配達員と直接的な取引関係が生じるのは飲食店であって、配送に関する契約の当事者ではない」としている。
つまり両者を仲介しているだけであって「配達員との業務委託契約は存在しない」と主張しているのだ。
しかし実際は、登録している配達員が、料理を確実・迅速にデリバリーするため、アプリによる「警告」や「インセンティブ」などの方法で管理している実態もある。
身元確認の厳密さに疑問符も……
例えばウーバーイーツは事故時の対人・対物賠償保険や見舞金制度を設けているが、多くの配達員が利用する自転車については、法令により、示談交渉特約が付いていない。
示談交渉特約が付いていなければ配達員自ら交渉せざるを得ないが、Uber側は「配達員の事故後のサポートの際に、弁護士委任できることを案内している。弁護士費用はパートナー向け保険で全額カバーできる」と説明している。
また、業務委託契約を締結するとなると当然、身元確認が必須となる。登録時に身元は確認できるとしても、プラットフォームが契約当事者でないのであれば、厳格さに欠けるだろう。
実際、6月22日、ウーバーイーツが不法滞在のベトナム人2人の在留資格を確認せず、配達員として働かせていたとする入管難民法違反(不法就労助長)で警視庁に書類送検される事件が発生した。
さらに警視庁は、不法就労や資格外活動を行っていた外国人配達員が2020年1年間で184人に上ることを確認しているという。契約関係や身元確認の曖昧さが社会的問題につながる事例だろう。
「アルバイトor業務委託」が選べるケースも
出前館で配達員は、主に「アルバイト」と、店舗に紐付く「業務委託契約の配達員」で構成されている。
撮影:今村拓馬
一方、Woltや出前館など数社は、配達員との間に業務委託契約関係にあることを認めている。配達員との関係性が曖昧なままだと、配達員にさまざまな不都合や不利益を与えかねないからだ。
さらに言うと、同じ配達員でも企業によって、契約実態のみならず労働環境もかなり異なる。
日本企業大手の出前館はもともと直接雇用のアルバイト配達員主体でスタートし、現在、全国80カ所にデリバリー拠点(店舗)を設けている。
配達員は主に「アルバイト」と、店舗に紐付く「業務委託契約の配達員」で構成されている。
アルバイトから正社員登用制度もあり
アルバイト配達員は雇用契約なので当然、労災保険や、雇用保険の労働保険や社会保険などの「公的社会保障」を受けられる。しかも育成方針やキャリアステップも明確だ。
出前館の清村遥子取締役はこう語る。
「デリバリー拠点には配達アルバイトの上に、アルバイトリーダー、正社員の店長がおり、その上にスーパーバイザー、エリアマネージャーがいます。アルバイトの仕事のモチベーションや働きがいを高めるために定期的にES(従業員満足度)調査を実施したり、研修も実施しています」
また、正社員登用制度もあり、実際にアルバイトから店長、スーパーバイザー、エリアマネージャーになった人もいるという。
「いかにモチベーションを高めながら働いていただくかを基本に施策を実施しています」
増える業務委託、トラブルは店長が引き受け
出前館では、アルバイトと同じように業務委託の配達員が配達中に事故に遭遇したり、あるいは加盟店やユーザーとの何らかのトラブルが発生したりした場合は、所属する店長らが交渉に当たるという。
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しかし、同じ出前館でも最近増えているのが業務委託契約だという。
アルバイトは時給制であるが、業務委託はアルバイトに比べて配達手数料も高く、件数による出来高払い。
時間に縛られずに自由に働くことができ、中には月間100万円も稼ぐ人もいる。アルバイトも業務委託もデリバリー店舗のエリア内で働く。
安定的な収入を得たい人はアルバイト、自由度の高い働き方をしたいのであれば業務委託、という2つの選択肢となっている。
ただし、教育やサポート体制は両者同じだ。
「モチベーション高く働いてもらうという考え方は業務委託の人も同じです。業務委託に対する指示・命令はありませんが、アルバイトと同じようにしっかり教育・研修を行っています」(清村取締役)
配達中に事故や加盟店・利用者とのトラブルが発生しても会社が全面的にサポートする。
「アルバイトと同じように業務委託の人が配達中に事故に遭遇したり、あるいは加盟店さんやユーザーとの何らかのトラブルが発生した場合は、所属する店長なり、スーパーバイザーなりが交渉に当たります。業務委託の人は店舗のエリアとひも付いていますし、トラブルが発生すれば店長が謝罪に出向きます」(清村取締役)
同じギグワーカーの配達員であっても、企業によって、会社のサポート体制や労働環境は異なることが分かる。
配達員との対話、議論が行われているか?
環境の改善を含めて、モチベーション高く仕事をしてもらうには働く人たちとの「対話」があるかどうかも、労働環境を左右するだろう。
Woltのマリアンネ・ビックラ副社長は「私たちはあらゆる立場の配達員との対話や議論を受け入れる」と語っている(『朝日新聞DIGITAL』20年11月16日)。
一方、ウーバーイーツは、配達員は個人事業主だからという理由でウーバーイーツユニオンとの対話を拒否している。
もちろん、プラットフォーム事業者によって労働条件や労働環境が違うのは、世界の各国も同じだろう。
しかし冒頭に紹介したようにヨーロッパではプラットフォームワーカーの社会的保護に向けて動き出している。
一方、日本は「労働者」の要件が厳しいうえに、フリーランスの保護策が決定的に不足している。
そんな状況下に外資系デリバリー事業者が相次いで参入しているのだ。政府はもちろん業界団体が配達員を保護する統一したルールづくりを急ぐべきだろう。
(文・溝上憲文)
溝上憲文:1958年鹿児島県生まれ。人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『辞めたくても、辞められない!』『2016年残業代がゼロになる』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。