今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
東京オリンピックで熱戦を繰り広げた日本男子サッカー。結果は4位とメダルには届かなかったものの、日本のサッカーが世界の強豪と互角に戦うまでに力をつけたことは間違いありません。その成長の理由を、入山先生は「サッカーという競争環境が日本人に向いているから」と指摘します。
しかもこの競争環境に関する理解をもってすれば、日本の家電メーカーが競争力を失った理由も説明できると言います。いったいどういうことなのでしょうか?
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欧州サッカーが衰退している?
こんにちは、入山章栄です。
この連載の収録をしている今は、オリンピックの真っ最中。Business Insider Japan編集部の小倉宏弥さんはサッカーの試合が気になるようで……。
BIJ編集部・小倉
いまオリンピックでは、日本が男子サッカーの準決勝に残っている段階です。準決勝に進む日本以外の4強は、ブラジル、スペイン、メキシコと、ヨーロッパ勢はスペインのみ。これは伝統ある欧州サッカー衰退の予兆ではないかという声もありますが、サッカーファンの入山先生はどう思われますか?
実は僕は小学生のころからサッカー観戦が大好きで、当時世界の最先端のサッカーを見られる唯一の番組だった、テレビ東京(当時は東京12チャンネル)の『三菱ダイヤモンド・サッカー』をいつも楽しみに見ていました。
今回のオリンピックの戦績を見た人たちの間で「ヨーロッパのサッカーが衰退している」という声が挙がっていたとは知りませんでした。でもサッカー観戦歴40年の僕からすると、今回の結果は単純に、ヨーロッパ諸国がオリンピックのサッカーに力を入れていないだけだと思います。
ヨーロッパの人たちにとって一番重要なのは、国を代表する代表戦ではなく、自分たちが所属するクラブチームの大会です。今回のオリンピックに、ヨーロッパの主力選手の多くが不参加を表明したり、あるいは所属のクラブチームが選手を出さなかったりしたのはそのためです。
ただし、これが以前の日本代表であれば、それでもヨーロッパや南米のチームに勝つのは難しかったはずです。それが今やトップ4強に残っているのですから(編集部注:日本代表は3位決定戦でメキシコに敗れ、最終的に4位という結果に終わった)、それだけ今の日本のサッカーが実力をつけたことは間違いありません。
東京オリンピックでは4位という成績を残したサッカー日本代表。久保建英や南野拓実など海外のクラブチームで活躍する選手も健闘した。
Yukihito Taguchi-USA TODAY Sports / REUTERS
この連載の第30回でも、「いま世界で通用する人材を輩出しているのは、サッカーと経済学の2分野だ」という話をしました。そのときは経済学者がなぜ世界で戦えるのかという話をしましたが、今回は、日本のサッカーが世界で通用するようになった理由を、経営学の視点から説明したいと思います。
競争環境には3つの型がある
詳しくは拙著をお読みいただきたいのですが、企業が戦うフィールドである「競争環境」には、大まかに3つの種類があるというのが今回の重要なポイントです。
これはジェイ・バーニーという著名な経営学者が提示したもので、彼によると企業の競争環境は「IO型」「シュンペーター型」「チェンバレン型」という3つのパターンに分けることができるのです。それぞれのパターンでふさわしい競争戦略は異なり、従って自分がどこにいるかを見極めることが重要になってきます。
競争環境のパターンの1つめは「IO型」。IOとは経営学の産業組織論(Industrial Organization)に基づく競争の概念のことです。
IO型ではそれほど企業間の競争が激しくなく、2~3社による寡占になっている状態を指します。他社が真似できない技術があるおかげで差別化できていたり、大規模投資の効果で小売店と密接な関係を築いていて新規参入を阻めるなど、あまり競争をしなくてもすむような構造ができている場合などです。
例えばコーラ飲料は、ペプシとコカ・コーラの2社の寡占ですよね。彼らがそういう構造をうまくつくっているから、新規企業がなかなか参入できないのです。このようなIO型の業界では、装置産業など比較的大規模な投資を行うような戦略が向いています。
2つめのパターンは、イノベーションの父と呼ばれた経済学者ジョセフ・シュンペーターにちなんだ「シュンペーター型」。変化が激しく、先が見えない業界などでよく見られます。現在のデジタル・IT業界などがそうですね。
こういう業界は不確実性が高く、安定しないため、企業自らが次々と新しいことにチャレンジしていかなければなりません。したがって、いかにしてイノベーションを生むかというイノベーション戦略が重要になってきます。
日本人が強さを発揮する「チェンバレン型」
そして3つめが「チェンバレン型」。1930~1950年に活躍した経済学者エドワード・チェンバレンが提示した、「独占的競争モデル」に基づいた競争の考え方です。
チェンバレン型の競争環境は、それなりの数のプレイヤー(例えば10社)が、参入障壁がなく、またシュンペーター型ほどは激しく変化しない環境で競争することです。
このような環境で戦っていくと、各社ともお互いをライバルとして意識して差別化を図るようになります。結果、その差別化の磨き込み競争、つまり「切磋琢磨」に励むようになる。僕の考えでは、日本人がいちばん得意なのが、このチェンバレン型での競争です。
世界に誇る日本の輸出品といえば自動車。このチェンバレン型の競争環境では、長らく国内メーカーが切磋琢磨しクオリティを高めてきた。
Vera Larina / Shutterstock.com
例えば日本で長らく強かったのが自動車メーカーです。日本の自動車業界は国内だけで11社あり、IO型のように、他社が入ってこられないような参入障壁があるわけではありません。また、デジタル化が到来する以前の自動車業界は、業界がひっくり返るような極端な変化もなく、シュンペーター型でもありませんでした。
この環境下で、国内11社がそれぞれ少しずつ製品を差別化して、お互いに切磋琢磨してきた。差別化で重要なのは、しっかりした技術力やサービス力などの現場オペレーションです。だからこそ日本の会社は現場が強いと言われているわけですね。
以上、この競争環境についてもっと詳しく知りたい方は、僕の『世界標準の経営理論』を参照してください。
さてこの3つの分類で言えば、サッカーは究極のチェンバレン型だと言えます。なにしろスポーツだからマーケットはグローバルな競争が行われています。多様なチームや選手がいるわけです。他方でサッカーのルールは国際的にすべて明文化されており、ものすごい変化が起きることはない。「今年からルールが変わって、手を使ってもいいことになった」ということはあり得ない。
そういう環境に置かれると、日本人はライバルを意識して、ライバルに負けまいとひたむきに努力する。細かい足元の技術などで切磋琢磨を続けてきたわけです。
だから1993年にJリーグが発足してグローバル競争をするようになって以来、四半世紀という時間はかかったものの、ついに久保建英(ビジャレアル)や南野拓実(リバプール)のように海外で活躍する選手が出てくるまでになったわけです。
このような環境下での競争が日本人は得意だということを、今回のオリンピックのサッカー日本代表は改めて証明したのかもしれません。
日本の家電メーカーが苦戦している理由
BIJ編集部・小倉
なるほど。では日本の家電メーカーなどもチェンバレン型に分類されますか?
いい質問ですね。少し前まで、日本の家電はまさにチェンバレン型でした。だから昔のテレビ業界などは、細かいスペック競争で切磋琢磨していましたよね。例えばソニーのトリニトロンテレビなどは、いかに画面を薄くするかに技術の粋を凝らしていたわけです。
しかし今は、家電業界の競争の型がチェンバレン型ではなくなってきている。だから日本のメーカーは苦戦しているわけです。
まず、先進国では、スマホで動画を視聴するようになっており、テレビをそもそも見なくなっています。すなわちシュンペーター型の破壊が起きてきている。一方の新興国では日本のメーカーが切磋琢磨してつくったいいモノは、値段が高すぎて買えません。品質はそこそこでいいから安いものがほしいという人たちが、圧倒的多数派です。
そう考えると今の新興国の家電の競争環境は、安いそこそこの製品を大量の広告費で訴求して売るという競争なので、IO型に近いのです。これでは、今まで現場の能力でとにかく製品スペックを上げるというチェンバレン型の競争をしてきた日本企業が苦戦するのも道理なのです。
BIJ編集部・常盤
困りましたね。では日本はIO型の世界で、どう戦えばいいでしょうか?
IO型で重要なのは自らが競争環境を有利にし、例えば参入障壁を戦略的に高めることです。したたかに立ち回って、自分たちに有利な競争ルール形成をすることが大事なのです。ところが日本人はこれが苦手。対照的に得意なのがヨーロッパです。
例えば電気自動車は製造過程でCO2を排出しますから、全体的に見れば本当に気候変動問題に貢献するかは怪しい、という説もあります。しかしガソリン車で日本の自動車メーカーに負けてきたヨーロッパの自動車メーカーは、「これからは環境のためにガソリン車を全廃して電気自動車にすべきだ」というルール形成をしようとしているわけです。
ヨーロッパではEV充電スポットの整備も進み、本格的に電気自動車への移行が行われている。
Sean Gallup / Gettyimages
もちろん間違いなく気候変動問題は大事です。ただ、いま欧州政府や欧州企業が極端な電気自動車化に進み、そのルールを世界的に普及させようとしているのには、これを機に日本の自動車メーカーに有利ではないルールを作っていこうという意図も間違いなくあると思います。
これからは日本人も、ライバルが参入しにくく、自分たちに有利な構造をつくることを目指したほうがいいでしょう。それには世界中のいろいろなプレイヤーをうまくなだめたり、たくみに国際交渉したりしながら、日本にとっても都合のいいルールをつくることが重要になってきます。
そのためには世界に出ていって、英語で対等にコミュニケーションをとりながら、経験値を積むしかない。片手で殴り合いながらもう片方の手で握手する、とったヨーロッパの人々のしたたかさを見習う必要があると思います。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。