東北電力フロンティアは「シンプルでんきwith Netflix」を11月1日よりスタート。8月20日より先行予約を開始した。
編集部
ネットフリックスは8月20日、東北電力の子会社「東北電力フロンティア」との提携を発表した。11月1日から、東北電力フロンティアは、東北電力の電気料金とネットフリックスの利用料をセットにした「シンプルでんきwith Netflix」を提供する。
実は、電力会社そのものとネットフリックスが組むのは国内初の事例だ。
毎月支払う電気料金と他のサービスをセットにする動きは、通信関連企業の中で広がりつつある。特にKDDIやソフトバンクは「携帯料金の低価格化」に伴う収益低下への対策と位置付けて、積極展開を既に始めている。
東北電力やネットフリックスの動きもその文脈の中で語れるのだが、狙いや位置付けを分析すると、実は面白いほどに対照的だ。
国内インフラ事業者における、電気料金と他社サービスのセット売りの背景を深掘りしてみよう。
地域事業者と提携を広げるネトフリ、狙うは「地方の足固め」
「首都圏では磐石だが、地方の足固めが必要と判断しました」
ネットフリックスでビジネス・デベロップメント部門のディレクターを務める下井昌人氏は、東北電力フロンティアと提携した理由をそう説明する。
ネットフリックスでビジネス・デベロップメント部門のディレクターを務める下井昌人氏。
筆者キャプチャー
下井氏は日本におけるネットフリックス社員第1号であり、家電メーカーや通信会社などとのパートナーシップ構築を長く担当してきた人物だ。日本製テレビのリモコンへの「Netflixボタン」搭載も、下井氏が仕掛けて実現したものだ。
ネットフリックスが今、日本での契約者増に必要と考えているのが「地方でのパートナー戦略」だ。
今回、東北電力フロンティアと発表した「シンプルでんきwith Netflix」は、東北電力の電気料金とネットフリックスの利用料金をセットで支払うものだ。
東北電力の電気料金プラン「従量電灯B」とネットフリックスを別々に契約した場合と比較し、年額で9348円安くなるという想定になっている(実際には電気の利用料によって支払額が変わる)。
いま、アジア太平洋地域におけるネットフリックスの会員獲得は好調だ。
6月末現在、アジア太平洋地域の有料会員数は2788万世帯に達するという。全世界の新規顧客のうち、3分の1がアジア太平洋地域となっている。中でも、下井氏が「伸びを牽引している」と指摘するのが、インド・韓国、そして日本だ。
ネットフリックスはこれまで、国別の会員数をなかなか公表してこなかった。日本については、2020年9月に公開した「500万加入」という数字が最新の公式発表になっている。それから1年でどのくらい伸びたのかは想像の域を出ないが、少なくとも都市部においては、ネットフリックスをはじめとした動画配信サービスの利用者は珍しいものではなくなっている。
ネットフリックスは2020年以降、特に地方での認知拡大を進めている。関西電力系の「オプテージ」、KDDI系列で中部地方を拠点とする「ctc(中部テレコミュニケーション)」、九州電力系の「QTnet」などと提携し、セットプランを展開してきた。今回の東北電力フロンティアとの提携もこれに連なる動きと言える。
提携事業者の配置を見ると、地方戦略であることがよくわかる。2020年以降、「オプテージ」「ctc」「QTnet」と首都圏以外での提携を進め、地方での顧客リーチを高める戦略を採っている。
提供:ネットフリックス
「顧客つなぎ止め」に使われる電力小売
ネットフリックスに限らず、現在国内で「電気料金と何かをセットにして売る」ビジネスは拡大傾向にある。
2016年の電力小売自由化後、さまざまな事業者が電力小売に参入した。なかでも積極的なのが通信事業者だ。ケーブルテレビ事業者や携帯電話事業者が電力小売も手がけることで、通信と電力という2つの生活インフラをまとめることが可能になる。
特に目立つのが携帯電話事業者の動きだ。
KDDIは6月に、UQ mobileで「でんきセット割」の提供を開始した。このプランはKDDIが提供する「UQでんき」または「auでんき」の利用者に対して、月額990円(税込、月のデータ容量3GB)という低廉なサービスを提供するものだ。
KDDIはUQ mobileブランドで「UQでんき」または「auでんき」とのセット割引「でんきセット割」を展開している。
出典:KDDI
月額990円・データ容量3GB/月という価格は、ソフトバンクがLINEMOで提供する「ミニプラン」と同じ額。7月31日に開かれたKDDIの決算説明会で髙橋誠社長は「(LINEMOのミニプランには)すぐには手を打たない」とコメントしている。その理由が「でんきセット割」の存在だった。
低価格な料金プランとしては、オンライン専売の「povo」があるが、現在は「でんきセット割」をより強くアピールしている。 当初は注目されたpovoも、でんきセット割が効果的に働いているためか、「(povoの)契約者増は現在は落ち着いた」(髙橋社長)という。
携帯電話料金は値下げの方向にあるが、その結果として「利用者1人あたりの収益」は減っている。他の事業者との競合も厳しくなった。その中で安定的な顧客を確保する手段が「電気代とのセット」だった。
同じ戦略を、ライバルであるソフトバンクも採っている。電力小売事業「ソフトバンクでんき」の累計契約数は188万契約となり(8月5日の決算説明会より)、前年同期比で45%という大幅増に。ソフトバンクの宮川潤一社長も「スマートフォンと(でんきと)のセット契約が解約の抑止力になっている」と話す。
ソフトバンクの電力小売事業「ソフトバンクでんき」は188万契約と伸びてきており、特にスマホとのセット契約が効いている。
出典:ソフトバンク
セット料金は電力会社にとっての「新ビジネス」
ソフトバンク宮川社長の発言からも分かるとおり、通信事業者は、電気料金とセットにすることで「解約抑止」や「一人当たりの収益の向上」を狙ってきた。
電力会社自身がつくったセット料金がユニークなのは、目的が通信会社とはまったく対照的なところだ。
そもそも、通信事業者以外との提携自体が、ネットフリックスとしても世界で2例目という珍しいもので、もちろん日本初になる。世界で1例目となるスペイン・エンドーサ社との提携も先月始まったばかりだという。
東北電力フロンティアでのセット販売は「電力+ネットフリックス」で通信は含まない。電力会社とネットフリックスの提携は日本初・世界でも2例目だ。
提供:ネットフリックス
東北電力フロンティアは東北電力が2021年4月に立ち上げたばかりの子会社で、事業内容はズバリ「電気と様々なサービスを組み合わせた商品・サービスの販売」。つまり、電力会社自身が、積極的に電力とサービスのセットを売りに行くための会社と言える。
地域電力会社は電力小売自由化後、発電を担って他社に電力を供給する一方で、消費者との新しい接点については、通信会社や新興の小売電気事業者などに奪われる部分が少なくなかった。
東北電力フロンティアはそうした部分に「東北電力」という地域電力会社として乗り込んでいく。その最初の一手が、今回のネットフリックスとの提携によるセット販売、ということになる。
前述のように、携帯電話事業者が「顧客を引き止めるため」に電力小売を使うのに対し、電力会社は電気料金とのセットを「攻めの新ビジネス」ととらえている。
この動きは、非常に対照的で面白い状況と言えないだろうか。
(文・西田宗千佳)