撮影:今村拓馬
キャリア形成に関する考え方は、大きく2つに分類されます。1つは、目の前のことに一生懸命取り組むことでキャリアは形成されていくと考える現状行動型キャリア形成。もう1つは、将来のキャリアプランを描き、なりたい姿に向けてやるべきことに取り組んでいく未来創造型キャリア形成です。
あなたの考え方はどちらに近いですか?
よくも悪くも、これまではどちらか二者択一で捉えられてきました。
しかしあらかじめ言っておきますが、どちらが正解ということはありません。
現状行動型キャリア形成に関しては、目の前のやりたいことに取り組める半面、社会動向や社会変化を予想しながらキャリア形成していかないと、「AIに取って代わられて、今まで携わっていた職種では食べていけなくなった」というような事態も起こりうるでしょう。そのような事態が現実のものにでもなれば、キャリアブレーキがかかってしまいます。
逆に未来創造型キャリア形成だと、将来のなりたい姿ばかり考えて、目の前のキャリア形成に集中できなくなるというリスクがあります。なりたい姿は見えていても、現状とのギャップに悩むようなこともあるでしょう。
ではどうしたらいいのでしょうか?
そこで私が提唱しているのが、「プロティアン・キャリア形成」です。プロティアン・キャリア形成は、現状行動型キャリア形成と未来創造型キャリア形成のハイブリッド・キャリアです。
この連載でも取り上げてきましたが、プロティアン・キャリアが「アイデンティティ(自分らしくあること)×アダプタビリティ(変化適合力)」をキーファクターに据えているのもそれが理由です。目の前のことを大切にしながらも、なりたい自分に向けてキャリア形成していく考え方ですね。
そこで今回は、ハイブリッド・キャリア形成を実現する簡単なワークを紹介します。ここで意識していただきたいポイントは、「キャリア形成を閉じないこと」です。キャリア形成を個人と組織の諸々の関係性の中で「開いて」考えることをぜひ意識してみてください。
自分の強みの見つけ方
経営戦略や事業戦略においては、自社の強みを的確に把握しておくことが出発点になりますね。キャリア戦略においても同じ。自己の強みを把握することで、中長期での戦略が見えてきます。
「自己の強み」というのは、これまで積み重ねてきた経験(中身)×投資した期間(時間)から見出すことができます。
ビジネスシーンにおいて、まぐれはありません。
考えてもみてください。入念にIR資料を分析し、丁寧に資料を作り込んで提案する。その時の反応を踏まえて、さらに事業提携案を練る……そのように周到な準備をして初めて、物事は動き出すものです。準備なしのぶっつけ本番でディールが決まることはありません。万が一そのようなことがあったとしても、そのビジネスモデルが続くことはありません。
個人のキャリア形成に関しても、新しい挑戦ですぐさま結果が出ることはまずありません。いつまでにどれくらいの力を身につけ、現場で成果を出していくのか。こうした時間軸も、個人でマネジメントしていくべき大切な要素です。
もちろん、ただ時間をかけるだけでは意味がありません。例えば、これまで長年にわたって英語の学習を続けてきたとしましょう。でも、単語を覚えたり長文を読んだりという「勉強」を続けているだけでは、一向にビジネスの実践でも使える「強み」にはなりません。つまり、「経験の質」がズレていてはダメなのです。
過去から今までを振り返り、「自分の強みは何か」を明らかにしていくこと。そして、現在から未来を見据えて「自分は何を強みにしていくか」を定めること。どちらも欠かせないキャリア形成の両輪なのです。
「キャリアナレッジ分析シート」で強みを可視化しよう
強みを可視化するために、私がよく勧めているのが「キャリアナレッジ分析シート」の活用です。
キャリアナレッジ分析シートは、2つあります。1つは、これまで蓄積してきたキャリアナレッジの中で、あなたの強みを可視化するシートです。3つ書き出してみてください。強みにするまでに投資した期間(時間)と積み重ねてきた経験(中身)を記入してください。
職務履歴書はこれまでの経験をすべて羅列しますが、キャリアナレッジシートは強みを可視化させるためのものです。なんとなく把握できていることを文字にすることで、強みをはっきりと自己認識するのです。
もちろん、このシートを作成する目的は上司のためでも、あなたの組織内評価のためでもありません。あなた自身が、自らのキャリア形成の現状を客観的に把握するためのものですから、誰に遠慮する必要もありません。これが自分の強みだと思えることを、自信をもって書いてください。
さて、強みを可視化できたら、今度は「これから伸ばしたいキャリアナレッジ」についても同じように記入していきます。経営や事業の中長期計画の作成方法をイメージして、これから伸ばしたいキャリアナレッジを言語化していきましょう。
伸ばしたいキャリアナレッジも3つ書いてみてください。慣れないうちはすぐに思い浮かばないかもしれません。私も初めはそうでしたが、日頃からキャリアナレッジを意識するようになって、徐々に書き込めるようになりましたし、書き込むことで大きな変化を感じるようになりました。
こうして言語化することの効果は、意外に大きいものです。というのも、シートに書き込むことでそれについて意識し始めると、日頃の情報収集の中で、伸ばしたいキャリアナレッジ関連の情報が目に留まるようになるからです(これを「カラーバス効果」と言います)。
私は毎週末、時間があれば大型書店を回るようにしているのですが、その際にも、伸ばしたい強みに関連する書籍に自然と手が伸びます。
書き出すコツは粗すぎず、細かすぎず
シートに記入する際、どのくらいの粒度で項目を埋めればよいかをイメージしやすいように、私の分析シートも参考までにご紹介しましょう。
以上が私の現段階での強みです。3のキャリアナレッジは、これまでの経験があるので、自分の中で「やり方が理解できていて、アウトプットまでコミットできる」強みです。しかしながら、企業顧問としてさまざまな問題に向き合うなかで、課題も明確に意識できています。
次の3つに関しては、これから重点的にキャリア開発をしていくキャリアナレッジです。
伸ばしたいキャリアナレッジは、キャリア形成の過程で適宜、修正しても問題ありません。しかし、3つのうち3つともやめてしまうという判断はお勧めできません。それまでに投資した時間のコストを考慮すると、あまりにももったいないですよね。
そうならないように、書き出すときに、これからのキャリアをしっかり考え抜くことが大切です。現状のキャリア状態を可視化し、これからのキャリア形成を明確にしていくことで初めて、ハイブリッドなプロティアン・キャリア形成が可能になるのです。
本稿でご紹介したワークはごく簡単なものですが、非常に有効です。上司や人事評価のためではなく、自分のキャリアを見つめるために、密かに取り組んでみてください。
それではまた次回!
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。