南京市で7月20日にクラスターが確認されて1カ月。中国当局は市民活動を制限し、PCR検査を徹底するなど封じ込めに動いた(写真は7月22日、南京市の様子)。
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厳しすぎる感染防止策で新型コロナウイルスを1年以上にわたりほぼ封じ込めてきた中国が、「デルタ株」の試練に直面している。
7月20日に南京市(江蘇省)でデルタ株の感染者が確認され1カ月で30都市に飛び火、感染は1200人以上に広がった。エリア封鎖と責任者への圧力で震源地・江蘇省の状況は収束しつつあるが、8月初旬には上海市でも半年ぶりに国内での感染者が確認され、変異して感染力を増したウイルスとの攻防が続く。
入国者の徹底隔離で1年以上感染拡大阻止
2020年初め、初動の遅れから武漢市でパンデミックを招いた中国は、世界で初めて都市封鎖を断行し、徹底的な行動制限や入国制限、感染源の追跡によって同年4月初めに感染を収束させた。
その後、入国者には指定施設での強制隔離や数回のPCR検査を義務付ける措置を続けているため、感染者はほぼ水際で止められ、市中でクラスターが発生しても大規模なPCR検査とエリア封鎖で乗り切ってきた。
今年1月にはワクチン接種を開始。デルタ株が世界に広がった春以降は、国内の新規感染者が1ケタという状況でも水際対策を強化し、入国者のホテル隔離期間は3~4週間に延びていた。
中国人にとってコロナ禍は過去のものとなり、国民の生活はすっかり元に戻っていた。「中国から出ない限り、感染リスクはほとんどない」とワクチン接種に後ろ向きな人も多かった。だからこそ、水際対策の漏れを突いて侵入したデルタ株は、瞬く間に広がった。
南京から移動した高齢者が60人以上に感染させる
7月20日、南京禄口空港職員への定期PCR検査で、9人が陽性になった。その後、ウイルスがデルタ株だと判明した。
当局は空港職員が感染したデルタ株ウイルスは7月10日、ロシアからのフライトで南京に上陸したと突き止めた。もっとも入国者の感染は毎日見つかっており、中国は前述のように徹底した水際対策で市中への流入を止めてきた。なぜ今回に限って防げなかったのか。
南京市の発表によると、航空機を清掃していたスタッフが防護服の洗濯・着脱ルールを徹底しなかったことから感染が広がったという。8月9日までに南京市では233人の感染が確認されたが、うち3分の1は空港の清掃スタッフだった。
中国有数の大規模空港で発生したクラスターは、旅行者を媒介して市外に拡大した。隣接する揚州市では、8月20日までに南京市を上回る567人の感染が確認され、半数以上が60歳以上の高齢者だったため、重症者、重篤者が続出した。
揚州市のクラスターは、南京市に住む64歳の女性が7月21日にバスで揚州の姉宅を訪れたのが起点となった。女性と姉は症状が出て同月28日に感染が確認されるまで、連日のように雀荘で麻雀を打っていた。
8月8日までに、64歳女性の濃厚接触者63人、姉の濃厚接触者17人が感染し、そのほぼ全員が雀荘利用者だった。また、2人の濃厚接触者以外で、雀荘利用者16人の感染が判明している。
「官僚主義」共産党幹部100人処分で締め付け
揚州市ではPCR検査会場の感染対策不備で、クラスターが発生した。
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8月20日までに、南京空港起点の感染は全国約1200人に広がった。特に世界遺産「武陵源」を擁し、観光都市として知られる張家界市(湖南省)でのクラスターは、デルタ株の感染力の強さを象徴している。
当局の発表によると、大連市からの旅行者3人が7月下旬、南京空港で乗り継いで張家界市を1週間観光した。大連市に戻った後3人の感染が分かったため、張家界市当局が行動履歴を公開して追跡したところ市内で72人、さらに北京や成都など複数の都市からの旅行者の感染も判明した。
中国ではコロナ禍が収束して1年以上が経っており、マスクの着用やソーシャルディスタンスを求められることも少なくなっていた。だからこそ、前線のスタッフに緩みが出ると止めようがない。揚州市はPCR検査会場での感染防止策が徹底されておらず、検査に来ていた感染者から、近くにいた約40人に感染が広がった。
他国からは「隠蔽」をたびたび批判される中国だが、武漢市のパンデミックの際に初動が遅れメンツをつぶされた共産党は、対応が十分でなかった地方幹部を次々に処分して引き締めを図っている。
今回のクラスターでは南京空港のトップが更迭され、幹部5人が監察調査下に置かれた。揚州市のクラスターの原因となった64歳女性は、南京市が移動制限を課した後に市外に出ていたことから、刑事責任を問われることになった。同市でPCR検査会場のクラスター発生などの責任を問われ、共産党幹部12人が処分された。
「形式主義」「官僚主義」を糾弾され、処分された共産党幹部は南京市など5市県の保健当局トップ6人を含め約100人に達する。
半年ぶり感染出た上海、8月のイベント続々中止
感染者が確認されていないエリアでは、コロナ前の生活に戻っている。8月、北京市で撮影。
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地方幹部への締め付けもあり、感染拡大エリアの「封じ込め」は2020年1月時並みに厳しくなった。
揚州市は8月2日に、企業活動などを停止し、感染拡大エリアの住民の外出を3~5日に制限した。自宅に籠ってもらう代わりに、5000世帯に対し生活物資手当300元(約5000円)相当の食糧を提供し、経済的に厳しい家庭には給付金を上乗せしている。他の地域でも地下鉄の運行を止めたり道路を封鎖するなどして、人の移動を制限している。
2週間とことん我慢すれば、感染が収束することも数字に表れている。南京市では7月27日に新規感染者がピークに達し、8月13日以降感染ゼロが続いているため、交通規制の緩和に入った。7月28日に感染1号が判明した揚州市は8月15日以降感染者が激減、7月29日に1例目が確認された張家界市は8月16日以降感染者が確認されていない。
ただし、人だけでなく貨物の往来が続いている限り、世界の感染が収束するまで脅威にさらされ続けることに変わりはない。
中国最大の経済都市である上海市は8月3日、半年ぶりに入国者以外の感染者が確認されたと発表した。感染者は国際路線の貨物作業スタッフで、一斉PCR検査の結果、20、21日に新たに空港貨物関係者5人の感染が判明した。また、8月18日には上海市内の医療従事者も職場での定期検査で感染が確認された。この女性はワクチンを既に2回接種していたという。
上海市当局は南京発クラスターが発生した7月下旬、国内の高リスク地域からの来訪者にも2週間隔離やPCR検査を義務付けた。8月の累計感染者は1桁にとどまっているが、それでも大規模な商談会やイベントは続々中止・延期になっている。
デルタ株は従来型と違い、感染や重症化リスクに年齢が関係ないと見られていることから、今月に入って中国各地で12~17歳のワクチン接種が始まり、教育部(文部科学省に相当)は9月の新学期を状況によっては遅らせるよう各地に通知している。
徹底したゼロコロナ政策に、国民の間で疲れが出ているのも確かだ。だが、中国は半年後に冬季五輪の開催を控えている。東京オリンピックのような混乱を避けるため、今後数カ月はなりふり構わない感染防止策に動くだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。