データ上では増加している男性の育休取得だが、取得を阻むバイアスは身近なところにも潜んだままだ。
撮影:今村拓馬
厚生労働省が7月に発表した2020年度の男性の育休取得率は、12.65%と過去最高を記録した。さらに2022年4月からは、男性が育休をとりやすくなる新たな制度が施行されるなど、男性の育休は少しずつ前に動き出している。
しかし、法改正だけでは男性育休がこの先十分には広がらないと感じている人は、少なくないだろう。
立ちはだかるのは「無意識のバイアス」だ。取材を進めると、身近な人の言葉にこそ潜む危険と、その深刻さがみえてきた。
育休取得の敵は、まさかの同僚
「あの言葉さえ聞かなかったら、間違いなく育休を取得していましたね」
約1000人規模のIT企業に勤めていたヒデキさん(44歳、仮名)はそう話す。ヒデキさんは、2019年に第1子が生まれ、1年間の育休を取得する予定だった。
「不妊治療の末に授かったので、子どもと過ごす時間を少しでも長く取りたいと思っていました。社内で育休を取得した男性はいましたし、まさか断念することになるとは……」(ヒデキさん)
妻が妊娠8カ月の頃、ヒデキさんは 仲の良い同僚男性とランチを食べながら、1年の育休取得について話をした。当然、お祝いの言葉をかけてくれるだろうと思っていた。
ところが、同僚から返ってきたのは「もうキャリアは諦めたんですか?ヒデキさんは、上を目指している人だとばかり思っていましたよ」という言葉だった。
「上を目指さないなんてダメな男だと言われたような気がして、心がザワついたのを覚えています。その日の夜は、同僚の言葉が頭からずっと離れませんでした」(ヒデキさん)
ダメな男と思われないために選んだ退職の道
会社に残って育休を取得したとしても、復職後は周囲の目が気になってしまうだろうとヒデキさんは考えた。
撮影:今村拓馬
それまでのヒデキさんは、仕事一筋で午後10時過ぎまで働くこともしばしば。その甲斐もあって、同期の中では比較的早く昇進していたという。
しかし、そういう生活にも疲れを感じ始めていた頃に妻の妊娠が分かり、家族優先の生活に変えようと考えていた。
にも関わらず、同僚の一言がヒデキさんの予定を狂わせることになる。
なんと、その会社での育休取得を断念。起業して、いや起業するというテイで退職し、育児に関わることにしたのだ。
会社に残って育休を取得したとしても、復職後は周囲の目が気になってしまうだろうとヒデキさんは考えた。
それを取り戻そうとして結局、会社都合の働き方をしてしまうんじゃないか。それでは、育休期間しか子どもと時間を過ごせなくなってしまう。
「社内でダメな男だと思われることが嫌でたまらなかったんです。退職するときには本当に起業するかどうかは決めていませんでしたが、起業するといえば、誰もダメな男だとは思わないだろうと」(ヒデキさん)
ヒデキさんは、毎日、子どもの大好なミニカーやブロックで遊ぶ時間に何よりの幸せを感じている。
撮影:松尾れい
子どもの誕生とともにヒデキさんは会社を退職。半年間は育児に専念した。その後、フリーランスとして収入を得ながら、結果的に今から半年前に起業した。
現在は起業直後で忙しい日々だが、自分でスケジュール調整が可能なため、朝と夜には必ず子どもとの時間を確保しているという。
「後悔はありません。子どもと時間を過ごすということは叶えられていますから。とはいえ、収入は減りましたし、会社に残っていたらどうだったのかな、とたまに考えちゃうことはありますね」(ヒデキさん)
母がまったく理解を示してくれない
フリーランスの妻に早期復職をしてもらうため、家事・育児のほぼすべてを担っているヤマモトさん。最近は、子どもが笑いはじめ、いとおしくてたまらないと話す。
撮影:松尾れい
無意識のバイアスによる壁は、職場にだけ存在するとは限らない。
団体職員のヤマモトさん(30代、仮名)は、2021年6月から1年間の育休取得中だ。妻はフリーランスのため、育児休業制度の対象外。妻に早期に仕事復帰してもらうことが最善だと、夫婦で相談して決めた。
「会社でバリバリ働くことだけが人生ではないと思っていたので、家庭の状況から自分が育休を取ることに迷いはありませんでした」(ヤマモトさん)
ヤマモトさんの勤め先では、男女問わず、過去に育休取得の実績はない。そのためヤマモトさんは、育休取得に反対されるのではないかと身構えていたが、あっさりと認めてもらうことができたという。
だが、両親の反応は違った。
去年10月、両親に妻の妊娠を報告する際、ヤマモトさんは自身が1年間の育休取得予定であることも伝えた。すると母親からは、「1年も?とるのはいいけど……」と、明らかに心よく思っていない態度を示されたのだ。
それから数週間後。今度は父親からメールが届く。そこには「子どもが1歳を迎えるまで、ヨシコさん(ヤマモトさんの妻・仮名)の収入だけでやりくりするのは無理だ」といった内容が書かれていたという。
「金銭面を心配しての連絡ではありましたが、妻が女性というだけで、なぜ無理だと決めつけるのかといら立ちを覚えました」(ヤマモトさん)
さらに、今年7月の母親の誕生日のこと。ヤマモトさんがお祝いの電話をすると、母親からはこんな言葉が返ってきた。
「1年も休むだなんて言わずに、さっさと復職したら?ヨシコさんの収入なんて小遣い稼ぎでしょ?」
またしても女性であるというだけで、収入が少ないと決めつける母の言葉に、ヤマモトさんはとうとう頭にきて大ゲンカしてしまったそうだ。
「母は専業主婦でしたから、男に働かない時期があるなんて想像できないんでしょう。ましてや女性が家族を養うなんて、到底理解できないことなんだと思います」(ヤマモトさん)
「彼、男として大丈夫?」
生きてきた環境が異なるので、価値観の違いがあるのは仕方ないものの、せめて押し付けることなく尊重し合える世の中になってほしいと願うヤマモトさん。
撮影:松尾れい
妻のヨシコさん(仮名)もまた、無意識のバイアスによって傷つけられた一人だ。
結婚前、遠距離恋愛をしていたヤマモトさんは、結婚を前提に、ヨシコさんが住む東京に引っ越しをした。そのタイミングでは就職先は決めていなかったそうだ。
その時に、ヨシコさんが身近なあらゆる人から言われたのが「彼、仕事してないの?大丈夫なの?」という言葉だった。中には、「男として大丈夫?」とまで言ってくる人もいたという。
「その時はあまりにショックで、言葉を返すことができず……ただただ涙をこらえるのに必死でした」(ヨシコさん)
男性育休取得の推進のカギはエース社員
「男性は外で働き、女性は家庭を守るべき」
こうしたバイアスは女性活躍推進においても常に課題となってきた。しかし、1986年に男女雇用機会均等法が施行されて以降、女性の社会進出は進み、1997年には共働き世帯が専業主婦世帯を上回った。現在は1200万世帯超が共働き世帯となっている。
また、出産で2人に1人は離職するのが現状ではあるが、少なくとも結婚した女性が会社を辞める「寿退社」も今ではあまり聞かなくなった。
バイアスとともに歩んできた女性活躍推進の歴史に、男性育休取得を推進するためのヒントはないのだろうか。
NPO法人ファザーリング・ジャパン理事の西村創一朗さんは、以前から、「大黒柱バイアス」によって生きづらさを感じる男性の多さを深刻な課題として主張している。
提供:西村創一朗
NPO法人ファザーリング・ジャパン理事の西村創一朗さんは、男たるもの一家の大黒柱でなければならない、昇進・昇格を目指さなければならないという「大黒柱バイアス」はとても根深く深刻だと話す。
「女性活躍推進においては、女性が働くことでの経済合理性があるため求心力が生まれました。でも、男性育休においては、短期的な経済合理性は感じにくい」
さらに話をややこしくしているのが無自覚、だという。
「加えて、多くの人が『大黒柱バイアス』に苦しみながらも、バイアスに囚われていることに気づいていない人も多いというのが、とても厄介です。このバイアスを壊して男性育休がマジョリティになるまでには、まだまだ時間がかかるでしょう」
そのうえで、男性育休取得を推進するためには、エース社員がカギになると指摘する。
「育休を取得する男性は、キャリアを諦めた人だと思われがちです。これを変えるために、エース社員や将来の幹部候補の男性に、積極的に数か月単位の育休を取得してもらう。
そして活躍人材こそ育休を取得する、むしろ男性の育休取得はカッコイイという空気づくりが必要ではないでしょうか」
2020年度の男性の育休取得率は過去最高を記録するなど、着実に広がりを見せ始めている。しかし、ここからマスに浸透させるには法改正だけでは限界がある。
当事者そして周囲がまず、無意識のバイアスに囚われてしまっていることに気づき、そのバイアスと向き合うことが必要だろう。
そうした社会こそが男性育休に止まらず、現代を生きる人たちにキャリア選択の自由をもたらすのではないだろうか。
(文・松尾れい)
松尾れい:1980年生まれ。佐賀県出身。大学卒業後、化粧品会社の営業やテレビ局のディレクターなどを経験。現在は企業広報に従事しながら、フリーライターも務める。プライベートでは1児の母。関心分野は、働き方。不妊治療の経験から、女性のヘルスリテラシー向上には特に強い関心あり。
※こちらの記事は、2021年7〜8月にBusiness Insider Japanが開講したスクール「編集ライター・プロ養成講座」の受講者が、編集部のディレクションのもとに取材・執筆したものです。