AIカフェロボットからコーヒーを取り出す中尾渓人。「実はコーヒーはあまり飲みません」。
撮影:横山耕太郎
注文した時間に好みのコーヒーを完全自動で淹(い)れてくれる「AIカフェロボット」を開発した社員約35人のベンチャー企業がある。社名はNew Innovations(ニューイノベーションズ)。
ニューイノベーションズのカフェロボットは都内ビルなどに設置されたことで注目を集め、現在はコーヒーロボットのほかに、オンラインとオフラインの融合するOMO(Online marges with Offline)事業も手掛ける。
2018年創業のベンチャー企業だが、創業者は当時まだ和歌山県に住む高校3年生だった中尾渓人(22)だ。
そんな中尾は現在、大阪大学工学部に籍を置きつつも、大学には通わずに自社の事業に専念している。
「お金を儲けるだけの会社なら、ない方がいい」——。そう語る22歳の若きエンジニア社長に、野望を聞いた。(敬称略)
ロボット競技大会で日本代表に
日本代表として参加したロボカップ。2014年撮影。
提供:New Innovations
和歌山県出身の中尾は、子どもの頃から近所の工場からもらった廃材で工作するのが大好きな少年だった。
「うちにあった掃除機などの家電を分解して、どうやって動いているのかを調べるのが好きでした」
機械に興味をもったきっかけを聞くと、中尾ははにかみながらそう答えた。
小学4年生の時、国際的な自律型ロボットの競技大会・ロボカップジュニアに出場したことがきっかけとなり、ロボット作りにのめり込むようになった。中学2年生と3年生の時には、日本代表としてロボカップジュニア世界大会に出場を果たし、学生ロボットコンテストの世界では注目される存在となった。
「ロボカップジュニアは、日本でよく知られているようなロボコンとは、全く雰囲気が違うものです。世界の参加者たちが勝つことだけを目指していて、昨年の優勝チームの設計図を盗んで同じロボットを作るチームもあった。技術を守ることなど、世界と戦うなかで学んだことは多かった」
フリーエンジニアで費用稼ぐ
ロボット作りに熱中する一方で、ロボットを作り続けるためには課題もあった。ロボット作りには費用がかかるのだ。
自由にロボットを作りたい——。趣味にのめりこむ中尾が、自分で稼ぐために始めたのが、フリーのエンジニアとしての活動だった。高校1年生のころのことだ。最初は、ウエブサイトの製作や管理などを受注するようになった。
「当初は仕事量のコントロールができず、依頼を受けすぎてしまって『今日中に5本サイトを作らないといけない』とか、追い込まれました。連続で徹夜したこともあって、さすがに仕事量を見直しましたが……」
高校生のフリーのエンジニアとして、契約した企業が300社を超えた頃には、将来的な起業も考えるようになったという。
自ら起業して事業を軌道にのせるにはどうしたらいいのか? 中尾が始めたのは、経営者や創業者に会って話を聞くことだった。
「SNSで連絡を取ると高校生という珍しさもあったせいか、有名企業の社長や上場企業の役員の方も面会してくれました。
中には『関西にいる高校生には何もできない』と言ってくる人もいましたが、『このままでは帰れないので、知り合いを2人紹介してください』と言ったこともありました」
当時は毎週のように和歌山と東京を新幹線で行き来する生活だったという。
センター入試で大失敗、「だったら起業しよう」
中尾は大学進学を視野にセンター入試を受験したが…。
shutterstock
ロボット作りと、資金集めのための仕事、起業の情報収集のための経営者への面会……。多忙な高校生活を送っていた中尾だったが、高校卒業後に大学進学するのか、起業するのか、決めかねていた。
結果的に、高校時代に起業することになったが、それを決意したのは意外な理由からだった。
「センター入試で大失敗したんです。もうこれで志望校には行けないし、だったら起業に挑戦しようと」
センター入試後も経営者らと会い続けて、約1年数カ月の間に、1000人に近い人から話を聞いたという。
そして高校卒業の直前、2018年1月に中尾は高校3年生で起業した。
大学には推薦で入学したものの、現在は社長業に集中しているという。
なぜ「コーヒーロボット」を作ったのか?
AIカフェロボット・root Cは、アプリ使い産地の異なるスペシャルティコーヒーやカフェラテを注文する。
撮影:横山耕太郎
そんな中尾が、2018年の起業で最初に取り組んだ事業がコーヒーロボットだった。
中尾が開発したコーヒーロボット「root C(ルートシー)」は、アプリを使ってコーヒーを注文すると、指定した時間に煎れたコーヒーを受け取れるロボットだ。
このマシンが新しい点は、産地の異なるスペシャルティコーヒーや、カフェラテなどを事前に注文して待たずに受け取れること。同時にいくつもの注文が入った場合でも、時間通りにコーヒーを抽出するためにAIを使ったソフトウェアを開発。もちろん、カフェマシン本体の設計も自社で担当している。
なぜ、事業の柱にコーヒーロボットを選んだのか? 中尾に聞くと、即座にこう答えた。
「ロボット製作のようなモノづくりと、フリーエンジニアとしてのソフトフェアの知識の両方を生かせる製品だからです。メーカーとして機械を作るだけでは、中国を含めた労働市場との低価格競争に巻き込まれる。機械を作るだけでなく、ソフトウェアまで構築や運用ができるのが私たちの強みです」
コーヒーロボット・root Cは、大阪の難波駅や有楽町駅近くのビル内で実証実験を経て、2021年5月に正式リリース。
実用化後にはJR東海と連携しコヒーロボットを東京駅・丸の内中央ビルに設置したほか、現在はJR新橋駅北改札前や、マーチエキュート神田万世橋にも進出している。
次期製品のリサーチは「人生初の飲食店アルバイト」で
コーヒーマシンの開発と並行して、中尾は2020年の夏からの半年間、飲食業の現状をリサーチするために意外な行動に出る。大手チェーンのハンバーガー店でアルバイトを始めたのだ。
「僕たちが実現したいのは、あらゆる業界を無人化し、より人間らしい社会を実現すること。そのために、僕自身が現場の課題を知りたかった。
アルバイト先では会社経営をしているということは、特に聞かれなかったので言っていません。隠していたわけじゃありません」
ハンバーガー店でのバイトをして感じたのは、接客の忙しさだった。
「レジに立って注文を受けていたのですが、昼間はどうしてもレジ前に列ができてしまう。注文の合間にドリンクの用意をすると、『早く注文を受けて』と苦情を言われたり、人手が足りてなくて、3台あるレジの1台は休んでいたり。接客に集中するのは難しかった」
全国に展開するこのチェーン店では、調理や接客は超効率的に完全にマニュアル化されている。ただ中尾が感じたのは、「調理の工程を機械化できれば、より人間にしかできない働き方ができるのではないか」ということだった。
「もちろん高級レストランなど、シェフが重要になるレストランは別です。ただファストフードの場合は、調理やドリンク作りは機械化を進めて、笑顔でハンバーガーを手渡すほうがお客さんにとっても嬉しいはず。
調理工程は効率化されていたが、そもそも調理現場の無人化という発想はなかった」
「お金を儲けるだけの会社なら、ない方がいい」
2021年2月に移転した門前仲町のオフィスで取材に応じる中尾。
撮影:横山耕太郎
アルバイトを通じて現場作業の「辛さ」を知った中尾は、現在、飲食チェーン店の依頼を受け調理の一部を機械化する事業を進めている。
「人件費を抑えながら、客単価を上げる方法を探っています。一般的なコンサル企業と違って、我々の強みはメーカーとして機械も作れることです」
他にもラグジュアリーブランドと共に、店舗体験の従来のあり方を変えるような事業にも挑戦しているという。
これまでに個人投資家などから1.7億円の資金調達をしているが、「投資家に頼るだけでは、今回のコロナ禍のように投資が冷え込めば、会社は続けられない」と話す。
会社の本業はコーヒーロボット事業とOMO事業と位置づけるが、現状で最も利益を上げているのはDX支援の事業という。
「企業として稼ぐ目的で始めたのがDX支援事業です。ただあくまでも本業のための資金を確保するという位置づけです。ただお金を儲けるだけの会社なら、ない方がいいと思っています。
僕たちが目指すのは、飲食だけでなく介護業界などあらゆる仕事で、機械ができることは機械にやってもらうこと。そこは本業としてぶれずにやっていきます。人間は人間にしかできないコミュニケーションなどに集中する。そうすればもっと豊かな社会できるはずです」
(文・横山耕太郎)