さまざまな店舗で「PayPay」ロゴを見かける機会は増えた。
REUTERS/Sam Nussey
QR決済の最大手、PayPayの決済手数料が、10月から有料化することで、話題を集めている。
PayPayは8月19日、記者発表会を開催して現状の報告ならびに今後の加盟店施策を説明した。
従来、こうした記者説明会の多くは実際にPayPayを使うユーザーを対象としたものが多く、その内容も還元キャンペーンや新機能などの話題が中心だった。
これまでPayPayは、同社が「ユーザースキャン」と呼ぶMPM方式(店舗に掲出されたQRコードをユーザーがアプリで読み取る方式)の直契約の加盟店について、「2021年9月30日まで決済手数料は無料」というキャンペーンを展開して多くの支持を獲得してきた。
手数料1.98%とPayPayマイストアの重要な関係
10月から適用されるPayPayの決済手数料。
出典:PayPay
詳細は既報の通りだが、10月1日以降は無料対象だったMPM方式の直契約を行う中小の個人店舗においても、基本的に「1.98%」の決済手数料を徴収することになる。
また、PayPayでは「PayPayマイストア」の名称で加盟店向けの「PayPay for Business」アプリ上で提供していたPayPayアプリ上での店舗紹介サービスを拡大し、新たに「ライトプラン」という月額1980円の有料プランを設ける。
「PayPayマイストア」は店舗写真や説明などを「ストアページ」としてユーザーに紹介する仕組み。さらに、既に提供されていたクーポン配信なども組み合わせ、送客・管理ツールとしての役割を果たす。
このライトプランを契約した加盟店については、決済手数料が1.6%へと減額される。また、ライトプラン契約店舗には10月以降に最大6カ月間PayPay売上金の3%が還元されるため(上限は100万円)、「早めにライトプランを契約すればお得」という移行推進策となる。
オンラインで取材に応じたPayPay取締役副社長執行役員COOの馬場一氏。
画像:筆者によるスクリーンショット
ただし、現状でライトプラン契約でPayPayマイストアに提供される機能は限定的であり、今後の拡張が待たれる段階だ。
しかも、1980円という月額契約価格を1.6%と1.98%の決済手数料の差分で埋めようとした場合、月間50万円の決済金額が必要となる。
そのため、PayPay取締役副社長執行役員COOの馬場一氏も「(ライトプランは)まだまだ1980円の価値は少ないと思う」と正直に語っている。
ただし、実際に月間1980円以上の集客効果を得られるのであればそれ以上の価値があるとも述べており、「加盟店の意見を聞きながらバージョンアップを続け、2000円以上の利益貢献につながる仕組みをつくっていきたい」(馬場氏)としている。
PayPayマイストア展開に関わる「3種類のPayPay加盟店」
PayPayマイストア ライトプラン契約時の決済手数料とキャンペーンを発表した馬場氏。
出典:PayPay
馬場氏は決済手数料の有料化そのものは「すでに決定されていたこと」としているが、PayPay内部で手数料率をどの水準で設定するかは相当の議論があったと述べている。
具体的には「どの水準に設定すれば、離脱率がどの程度になるか」を基準に匿名アンケートを2020年10月ごろから加盟店に対して実施し、システムを動かすためのコストやPayPayがイシュアなどに払う手数料を加味したコストを算出、かつ競合他社と比較して競争力の高い数字を……ということで選ばれたのが「1.6%」ということになる。
リクルートの「Airペイ」や楽天の「楽天ペイ」(実店舗決済)などが典型的だが、複数の決済サービスを包括して行うサービスなどでは3.24%という数字が業界標準のようになっている。
PayPayは決済手数料の業界最安をうたう。
出典:PayPay
「この半分」というのが実態のようだが、前述の決済コストも合わせ、トータルで考慮した水準が1.6%というわけだ。ただ、実際にこの数字で契約するにはライトプランを併用する必要があるため、本来の数字は1.98%ということになる。
もっとも、1.98%であっても(大規模小売店での1%前後といった超安価な手数料を除けば)業界最安の水準であることは間違いなく、決済手数料での横並び比較では優位な立場にある。
本来かかるコストを有料化で回収するというのは“ビジネスの正常化”と言えるが、馬場氏は「決済で大きく儲けるつもりはない」と話す。
「できれば“トントン”くらいの水準で、決済をプラットフォームとして、その上で『PayPayマイストア』のようなサービスであったり、PayPay銀行と連携してのローンなどの金融サービスを提供することで利益としていきたい」(馬場氏)
つまり、1.6%または1.98%という数字は赤字にならない最低水準を想定したものであり、この点で決済を軸にビジネスを組み立てている競合他社が(決済手数料という面で)直接競合するのは難しいことも意味する。
そして今回、1.6%の手数料と同時に3%キャッシュバックのキャンペーンとともに提案したのが「PayPayマイストアのライトプラン契約」への誘導というわけだ。
加盟店向けのPayPay for Businessこと「PayPay店舗用アプリ」。
出典:AppStore
PayPay黒字化への道のりとして、馬場氏は「(ライトプラン契約が可能な)すべての加盟店に『PayPayマイストア』を契約してもらいたい」と述べている。
ここで1つポイントとなるのが、丸括弧で表現した「ライトプラン契約が可能な」という部分だ。実はライトプランの契約には「『PayPay for Business』アプリが利用可能」という条件がある。
加盟店の状況によっては、アプリが利用できないため、ライトプラン契約もできないという状況が発生する。下記に、3種類のPayPayの加盟店契約パターンを紹介する。
- MPM契約(直、相対)
- CPM契約(Airペイなど代理店経由)
- CPM契約(相対)
PayPayの「ユーザースキャン」(MPM方式)による支払い方法。日本の多くの中小規模店舗で導入されつつある。
撮影:小林優多郎
MPMとは前述のように、店舗に印刷済みのQRコードを掲出するパターンであり、ユーザーが自身でPayPayアプリに金額を打ち込んで支払うパターンだ。
一方のCPMとは、ユーザーのアプリ画面にバーコードやQRコードを表示し、それを店舗が赤外線スキャナやカメラで読み取って決済を完了させる方式だ。
MPM方式ではPayPayと加盟店が直に契約しており、システムもPayPayのものを利用するため余計なコストがかからない。ただし、CPM方式は既存のクレジットカード決済などに利用されているネットワークを経由することになるため、システム利用料がどうしても追加で発生する。
チェーン店など大手小売ではPayPayとの法人同士の相対契約に基づいて手数料率を決定しているが、Airペイなどの代理店を介してPayPayを含むマルチペイメント方式での包括契約を行った場合、システム上でもワンクッション置かれるほか、手数料率についても前出のようにPayPayの提案額とは異なるものとなる。
リクルートの「Airペイ」が提示しているPayPayを含む決済サービスごとの決済手数料。
出典:リクルート
問題となるのは3種類の契約パターンのうちの2番目で、代理店を介した場合にはPayPayと直接のやり取りができない。PayPay for Businessアプリを利用するにあたっての必要な情報もないため、結果としてPayPayマイストアは利用できない。
「ストアページ」に記載される情報も、包括契約した代理店経由で送られた情報がデフォルトで入るため、加盟店が自ら編集することもできない。つまり、ライトプランを契約して各種ツールを利用することもできないわけで、今回発表された一連の施策の枠外にあるということだ。
今後改善される可能性はあるものの、現在代理店を通じてCPM契約を行っている加盟店がPayPayにその旨を相談すると、やんわりと包括を外れて直契約するよう誘導の営業をかけられ、ある意味でPayPayが直契約での加盟店の囲い込みを行っている状況にある。
これは興味深い動きで、PayPay自身は手数料率での競合よりもむしろ、加盟店を送客ツールに誘導してここで新しいビジネスを築こうとしているように思える。
最強の営業部隊が挑む「加盟店施策の次」
PayPay会見の様子。写真左から馬場一氏と社長の中山一郎氏。
出典:PayPay
PayPayといえば、一部の方面にはよく知られているのが「日本全国津々浦々までローラー作戦を展開する強力な営業部隊」だ。
ソフトバンクグループを通じて集められた営業マンは4桁単位で存在すると言われている。日本全国どこへ行ってもクレジットカードさえ使えないような離島であっても、PayPayのアクセプタンスマーク(加盟店が提示しているロゴマーク)を見かけるのも、この営業力のなせる技だと言える。
馬場氏によると、現在もなお営業部隊の増強を進めているというが、その役割は今後はどちらかといえば新規加盟店開拓よりも、「PayPayマイストア」のサービス拡販のためにリソースをシフトしていく計画だという。
PayPayはすでに口コミや紹介を経て、自ら参加する加盟店の割合が新規の2〜3割ほどに達しており、こうした営業リソースのシフトで新規開拓が多少減衰するとしても、トータルでの増加は止まらないというのが馬場氏の考えだ。
PayPayのユーザー数は4100万、加盟店数は340万を超えた。
出典:PayPay
営業部隊の一部は自治体などとの共同施策に向けた関係を築きつつあり、今後は「新規開拓」「地元とのコネクション」「PayPayマイストア」の3つの分野でリソースをバランスよく配分して営業を展開することになる。
今後の鍵は「PayPayマイストア」が握るということで、この強化が急務となる。馬場氏によれば「開発リソースには優秀なエンジニアを注いでおり頑張っているが、(機能開発の)優先リストだけで600近い項目があり、どれを入れるかのせめぎ合い」と、まだまだ強化には時間がかかるとみられる。
ただ、PayPayとしても加盟店などのニーズを汲み取って「PayPay for Businessでもスーパーアプリを目指す」(馬場氏)としており、サードパーティーなどの協力も経て、早晩に体制を整えてくると思われる。
2021年度中には「スタンプカード」の導入を表明しているが、送客や分析、店舗シフト管理ツールなど、さまざまな仕組みが優先順位を付けて登場することになる。
今後ライトプランの上位版にあたる「プロプラン」のようなものが登場するかもしれないが、決済プラットフォームをベースに、同社のビジネスはその上で動くツールやサービスへと移りつつある。
PayPayは「地域通貨」より「キャンペーン」寄り
PayPayは自治体と連携して、地域限定の還元キャンペーンを実施している。
出典:PayPay
また、馬場氏が触れていた興味深い話題として「地域通貨」がある。
近年、地域経済活性化のために“特定地域”のみで利用が可能な地域通貨を導入する自治体が増えている。
既存の決済事業者ではイオンがWAONを活用して積極的に地域通貨のプロジェクトに取り組んでいたりするが、PayPay側でもこうした提案は自治体との連携の中で毎回提案されており、「そのたびに一応お断りしている」(馬場氏)という。
その理由として、地域通貨を用意するとPayPayの中に複数種類のマネー残高ができてしまい、管理が煩雑になるという理由だ。
「例えば、東京であれば東京PayPayのようなものができて、町田市が導入すれば町田PayPayのように別々のマネーができて、結局分かりにくく、使いにくくなってしまう。
こちらの提案としては、地域通貨よりも共通のPayPayを導入すれば、例えば町田市であれば相模原からの流入もあって、そちらの方が効果が大きいと伝えている。
実際、地域通貨のようなカラードマネーはコストがかかるにもかかわらず、提案そのものは結構多い。営業部隊が役所に要望を聞いていくなかで、『ソフトバンクのITやデジタルでそういう課題を解決できないか』という声があり、そのたびにPayPayで提案している」(馬場氏)
最近、自治体とのコラボキャンペーンが増えているのも、こうした成果の一部なのだと言える。