イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。さっそくお便りを読んでいきましょう。
菅義偉首相が解散総選挙の時期について言及している記事をネットニュースで見かけました。お恥ずかしい限りですが、正直、衆議院の解散や総選挙について、「中学時代に公民でやったなぁ……」とは思いつつ、検索してもよく分からず、小学生向けのサイトなどを見ないといけないような有様です。
小選挙区選挙や比例代表選挙など、何となく分かった気にはなるのですが、どこか表面的な理解にとどまってしまうと言いますか……。どうしてそういった制度になっていったのかとか、なぜこれだけ批判されても自民党が勝ち続けているのかとか。
私のような政治初心者が、日本の政治を理解するためには、どういった本でステップを踏んで理解していけばいいのでしょうか。
(アロエさん、30代前半、男性)
政治を学ぶには、小学校の教科書で十分
シマオ:アロエさん、お便りありがとうございます。いやぁ、分かります……。正直言って僕も、政治の話っていまいち理解できないなと思うことが多々あります。
佐藤さん:どういうところが分からないんですか?
シマオ:内閣と与党の違いとか、民主党が立憲民主党と国民民主党に分かれましたけど、どういう違いがあるのかとか……。アロエさんと同じく、中学の公民から勉強し直さないといけないレベルです。
佐藤さん:アロエさんは小学生向けのサイトを見ていると書かれていますが、実はその方法で間違っていないと思いますよ。
シマオ:え、小学生レベルでもいいんですか!?
佐藤さん:ええ。実際、私はジャーナリストで政治家の井戸まさえさんと共著で『小学校社会科の教科書で、政治の基礎知識をいっきに身につける』という書籍を出版しています。
シマオ:でも佐藤さん、小学校の教科書では、ちょっと簡単すぎませんか?
佐藤さん:決してそんなことはありません。例えば、高校の政治経済の教科書は、実際は高度な内容の説明を省いているだけなんです。ちゃんと理解するには、それなりの解説が必要になります。その点、小学校6年の社会の教科書は、短いページ数の中に要点が詰まっていて、全体像が見えやすいという利点があります。
シマオ:なるほど。でも、読むこと自体が少し恥ずかしい気も……。
佐藤さん:シマオくん、何度も言っているように、恥ずかしさやプライドは、知識を身につけることにおいて最も邪魔になるものですよ。
シマオ:耳が痛いです……。
佐藤さん:以前、ビジネスパーソンが身につけるべき知識として「ニュース時事能力検定」を紹介したことがありましたね。
シマオ:はい。たしか、2級を取ることができれば、毎日新聞の入社試験で一般教養が免除になるレベルということでした。
佐藤さん:実は「ニュース時事能力検定」は5級、すなわち小学校社会科レベルからありますので、そこから勉強を始めて徐々にステップアップしていくのもよいでしょう。
シマオ:でもそれって、試験会場では小学生や中学生と一緒に受験することになりません……?
佐藤さん:もし恥ずかしいと感じるなら、それこそ落ちる訳にはいきませんね。かえって真剣に取り組むことができていいでしょう(笑)。
教科書では教えてくれない「裏」の知識
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シマオ:では、小学校の教科書を読めば、政治のことは大体分かるようになるんでしょうか?
佐藤さん:少なくとも新聞の記事を読むのに困らないくらいの基礎知識は得られます。ただ、井戸さんとの本にも書きましたが、それだけでは足りない部分もあるんです。
シマオ:何が足りないんでしょうか?
佐藤さん:「裏」の部分です。教科書に書かれている知識は基本的に性善説によって書かれていますが、実際の人間の活動はそれだけでは説明できません。建て前とは異なる部分が世の中を動かしていることも多いからです。例えば、シマオ君は選挙でどのように投票する人を選びますか?
シマオ:やっぱり、できるだけ自分の代弁者になってくれそうな人を選びますね。
佐藤さん:そうですよね。でも、教科書には「国会議員は国民の代表」と書かれています。この記述を字義通りに取れば、国会議員たちは「国民全体」の代表と言っているように見える。
シマオ:あれ、違うんですか?
佐藤さん:一人ひとりの国会議員が、国民全体の利益を代表することなんて不可能です。単純に考えても、男性と女性、80代の高齢者と20代の若者では、国会議員に求める利害は異なってくる。実は、ここに「政党政治」の役割があるのです。
シマオ:すいません、そこのところ、もう少し分かりやすくお願いします!
佐藤さん:要は、政党や議員というのは、もともと「部分の代表」に過ぎないということです。それが教科書には書かれていない現実です。政党は英語でpolitical partyと言います。partyはpart(部分)と同じ語源を持つ単語です。
シマオ:なるほどなぁ……。
佐藤さん:私たち国民の間には、さまざまな利害があります。だからこそ、それぞれの人が「部分の代表」を選ぶことで、その利害の対立を調整していく。それが政治の大きな役割なのです。
シマオ:僕たちが政治家を選ぶうえでも、そういう「部分」を選ぶという意識でいいんですね。
佐藤さん:はい。最近では政治家の側もそれを理解していないから、自分たちの党が「国民全体」を代表していると勘違いしてしまっている人も多いように感じます。だから、どの政党も変わらないように見えてしまう。それは私たち国民にとって望ましいことではありません。
「政治に関心を持たなければいけない」は本当か
シマオ:最近、SNSとかを見ていると政治についての発言が盛り上がっていますよね。実際、コロナや東京五輪への対応を見ていると、自民党のやり方に文句を言いたくなる気持ちは僕にも分かります。
佐藤さん:では、シマオ君はどこの政党が政権を取るといいと思うんですか?
シマオ:それが……正直ここなら、という決め手がないんですよね。これだけ批判があるにもかかわらず、次の選挙でも自民党が勝ちそうなんて言われているのはなぜなんでしょうか。
佐藤さん:ひとつは受け皿となる野党がないからでしょうね。旧民主党は2009年に政権奪取したものの、その後の混乱で逆に分裂してしまい、その中心となるはずの立憲民主党は、共産党と手を組もうとしている。私は、それはよい手ではないと考えています。
シマオ:なぜですか?
佐藤さん:これから日本でも格差が拡大していくでしょう。その中で「社会主義」的な価値観、いわゆる「左翼」の考え方が見直されると思います。ですが、社会主義を目指す運動は歴史を見れば分かるように、過激化しやすい。その危険性には注意する必要があります。例えば、共産党はいまでも「革命」を目指しているのですから。
シマオ:か、革命? 令和の時代にですか?
佐藤さん:これは共産党の綱領を読んでもそのように理解できますし、日本国政府も共産党を常に調査しています。いずれにせよ、政権を取るためには憲法と資本主義の枠内で、現状の問題点を克服できるような野党の大連立が必要となるでしょう。ただ……
シマオ:ただ?
佐藤さん:そもそも国民の政治に対する関心が高まっているのだとすれば、それは決してよいことではありません。経済がちゃんと回っていれば、政治はプロに任せて、国民は自分の幸福を追求しているというのが、社会の望ましいあり方です。
シマオ:でも、それって何だか他人任せじゃないですか? やっぱり国民一人ひとりが自分の意見を持って行動していくことが大事なんじゃないでしょうか。
佐藤さん:もちろん、その権利は大事です。ただ、忘れがちなのですが、投票や発言をする権利と同時に、棄権する自由・発言しない自由というのも大切なことです。
シマオ:棄権する自由……ってなんですか?
佐藤さん:現代の間接民主主義を採用している国で、投票率が100%に近いのはどこかといえば、それは独裁国家です。政治的意見を必ず表明しなければならず、独裁者に反対することは許されない。
シマオ:そういうことか……怖いですね……。
佐藤さん:私たちが戦争などによって日常生活をおびやかされることなく、経済的・文化的な幸せを追求できること。それが政治の最も大切な役割です。そのために、ちゃんと任せられる政治家を選ぶ。逆説的ですが、それが大事なのです。
シマオ:実際の選挙では、どのように投票先を選べばよいのでしょう?
佐藤さん:その政党や政治家の発する言葉を見て、自分の利益に合う人に投票すればよいと思います。現在の選挙制度にはいろいろ問題があることは否めませんが、今のところそれ以上のものが見つかっていない。私たち個人は、「日本にとって」というように難しく考える必要はなく、自分の利益を代表する人を選ぶという意識でよいのです。
シマオ:なるほど。その後の調整こそ政治家の役目、ということですね。という訳でアロエさん、参考になりましたでしょうか。とりあえず僕は小学校6年の社会科の教科書をネットで買ってみようかと思います……。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は9月8日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)