親指にオーラのリングを付けて寝るライトスピード・ベンチャー・パートナーズのジェレミー・リュー。
Ellie Liew
多くの企業が社員のオフィス出勤を再開させようとしているが、その複雑なプロセスが人事担当の役員やオフィスのマネジャーの高いハードルとなっている。
感染力の強いデルタ株がアメリカ中で広がる中、通勤して同僚と同じ空間で勤務するつもりだった多くの従業員が、二の足を踏んでいる。
定期的な検査やワクチン接種の義務化が行われない中で、多くの企業は頭を悩ませている。とはいえ、ウェアラブル端末のスタートアップ企業、オーラ(Oura)のハープリート・シン・ライ(Harpreet Singh Rai)CEOはそんな課題の解決方法を見出し、それがビジネスチャンスになると考えた。
シン・ライがCEOを務めるオ-ラの主力商品は、スマートリングだ。重さ8グラムに満たないこのリングは、指の表面から体温や心拍数など、着用者のバイタルサインを計測する。米国食品医薬品局(FDA)から医療用機器とされてはいないものの、ウエスト・バージニア大学との共同研究では、オーラリングによる心拍数のトラッキングは標準的な心電図(EKG)とおおよそ同等の結果となっているという。
オーラのCEO、ハープリート・シン・ライ。
Oura
Apple WatchやFitbit(フィットビット)など、手首のセンサーのみで機能する他の健康関連ウェアラブル商品と比較して、オーラリングからのデータは信頼性が高いとシン・ライは話す。医療現場において、看護師など医療従事者は指に装着されたモニターを使って酸素飽和度や心拍数を検査することが多い。
「このデータを正確に取るためには指が重要な場所なのです。医療においてウェアラブル端末を成功させるためには、精度が重要になってきます」
スマートリングで感染予測?
オフィス再開への動きが強まる中、オーラの大企業向けの売上が急成長しているのは、これが要因なのかもしれない。
Apple Watchやその他のスマートウォッチ同様、コロナ禍以前は売上の95%ほどがオンラインでリングを購入する個人消費者からだった。しかし今は、消費者向け売上は8割に下がり、その差を法人向け売上が占めているという。
感染リスクのコストコントロールや低減を目的として、バスケットボール団体のNBAやWNBA、NASCAR(全米自動車競争協会)、国防総省などがオーラのリングを使っている。2020年12月には、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究者たちが『ネイチャー』に論文を発表した。この論文では、オーラのリングを使用し、新型コロナウイルス感染症の症状や診断の可能性についてのアンケートに答えた50人を調査した。
オーラが一部資金提供しているこの研究では、リングが記録した数値(主に皮膚の表面温度)を着用者の平均的な体温と比較することで、患者がコロナや他の感染症に感染したかを予測する助けになる可能性が示された。研究では体温の急上昇は感染の先行指標とされており、発熱はコロナの主な症状のひとつだ。
ハリー王子は2018年にオーラのリングを着用。
Scott Barbour / Getty Images
「多くの企業が、オフィス勤務を再開させる中で、社員の安全確保にはどうしたらいいのか、また、社員が症状を感じる前に、異常事態を検知するための手がかりを得るにはどうしたらいいかと考えたようです。
複数の顧客企業から、オーラリングのおかげで、 社員の体調不良を早めに察知してオフィス出勤を止めることができたと聞いています」
コロナ禍がもたらすウェアラブル2.0
コロナ禍がきっかけとなって、医療費削減やコロナを含む感染症拡大防止のために、さらに多くの企業が社員向けにウェアラブル端末を買うようになるのでは、とシン・ライは考えている。個人消費者の嗜好の変化に依存してきた他のウェアラブル端末メーカーがずっと叶えることができなかった、大衆への浸透につながっていくかもしれない。
「多くの人々にかかるコストを負担しているのは企業なので、企業の方が少し先を見据えて行動することが多いのです」
多額な負担のリスクを考えると、根拠となるデータを示すことで、企業は保険会社に対し、ウェアラブル端末のコストを一部負担するよう圧力をかけることもできるとシン・ライは言う。
保険会社は、すでに特定のウェアラブル端末にかかる費用を支払い対象としている。例えば、ユナイテッド・ヘルスは特定の被保険者に対し、健康維持の特典の一つとしてApple Watchなどのウェアラブル端末のコストを一部負担しており、ディボーテッド・ヘルス(Devoted Health)も同じように負担している。オーラの広報担当者は、現在のところ保険会社との提携はしていないと言う。
保険会社の次は、医療業界だ。遅かれ早かれ医療業界全体が、消費者向けのウェアラブル端末からのデータを患者をモニタリングする際の主な情報源として受け入れるようになるだろうと広報担当者は予測する。
「私はこれをウェアラブル2.0と呼んでいます。ウェアラブル1.0は万歩計などのさまざまな活動を計測するためのものとして始まりましたが、今は健康分野に進出してきています。このように健康分野に入ってくると、ウェアラブル端末が消費者にさらに浸透していくだけでなく、医療分野でも使われるようになっていきます。そうした変革の時期に私たちはいるのです」とシン・ライは言う。
[原文:The next mission for Silicon Valley's favorite smart ring? Preventing COVID-19 outbreaks.]
(翻訳:田原真梨子、編集:大門小百合)