伊藤穰一氏起用を検討したデジタル庁トップ人事で露わになったもの。世界とズレる日本の人権感覚

おとぎの国のニッポン

Ruben Sprich / REUTERS

結果的に撤回されたものの、8月初旬に「政府は、9月に発足するデジタル庁の事務方トップとなるデジタル監にマサチューセッツ工科大学(MIT)メディア・ラボの所長を務めた伊藤穰一氏を起用する方向で最終調整」というニュースを見た時には目を疑った。

伊藤氏といえば、「エプスタイン・スキャンダル」でMITメディア・ラボの所長職辞任に追い込まれた人物だ。

エプスタイン・スキャンダルとは、過去に未成年の売春斡旋で有罪となり、2019年にも性的虐待、人身売買などの容疑で再度起訴されたアメリカの実業家・ジェフリー・エプスタインから、多くの名門大学や研究者が資金提供を受けていたという事件だ。伊藤氏は問題ある人物だと知りつつも資金提供を受けていたと報じられたことで、MITの職だけでなく、その他の役職も辞任することになった。

ジェフリー・エプスタイン

NETFLIXよりキャプチャ

エプスタインの人脈が著名政治家、財界人、学者、テクノロジー業界の有力者、ハリウッド、英国王室にまで広がっていたこと、彼が獄中死したという展開もあって、この事件はアメリカ社会を大きく揺るがせた。2020年にはNetflixが彼の被害者たちにインタビューしたドキュメンタリーも制作している。

五輪開会式人事と重なる展開

olympics opening ceremony

オリンピックでは関係者の女性蔑視発言や過去のいじめや歴史認識の甘さが問題となり、辞任・解任につながった。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

伊藤氏の起用が検討されていた「デジタル監」は事務次官級の特別職で、平井卓也デジタル改革担当相は民間からの起用を明らかにしていた。伊藤氏は長年テクノロジー企業の経営や投資に携わり、MITの名門機関を率いた経験もあるので、名前が浮上したところまでは分からなくもない。実際、力量や実績、国際的人脈に関しては、彼のように条件の揃った人は稀有だろう。

でも、つい2年前にあれだけのスキャンダルで世間を騒がせ、不名誉な形で役職を退いた人物を、こんな重要な公職に任命するのか? 問題視する人はいないのか? というのが私の驚きだった。

案の定、起用に関しての報道直後からこの人選に対する疑問の声が上がったが、さらに驚いたのは、8月10日の「デイリー新潮」で報じられた「伊藤氏の絡んだエプスタインのスキャンダルについて、官邸幹部が承知していなかったようなんです」という記者の言葉だ。

英語メディアで連日報道されていたのを知らなかったというのも信じがたいが、今、伊藤氏の名前を検索すれば 即座にエプスタイン事件との関係について出てくる。これだけの重職であれば、いわゆる「身体検査」「Vetting(身辺調査)」もしているだろう。

私はむしろ、官邸など関係者たちは、事件は知っていたけれどもその深刻さを理解していなかったのではないかと感じた。「別に問題にならないだろう」と。だとしたら甘いし、時代を見誤っていると言わざるを得ない。

「最終調整」報道から12日後の8月18日、政府は伊藤氏の起用を見送る方針を明らかにし、新たな長官候補としては経営学者の石倉洋子氏が挙がっている(8月26日現在)。発表したと思ったら非難を受けてあっという間に撤回……というのは、五輪開会式のゴタゴタ人事を思い出させ、デジャブ感のある展開だった。

「最も重要な役割は資金調達」

MIT

アメリカの名門大学MITの中でも、メディアラボはひときわ注目を浴びやすい組織だ。その財源の多くは企業スポンサーによって賄われている。

Roman Tiraspolsky / Shutterstock.com

伊藤氏のアメリカにおける知名度が一気に上がったのは、2011年春、MITメディアラボの4代目所長への任命が発表された時だ。

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