もはや「ウェブ検索」という行動はリアルビジネスと一続きだ。デジタル上の問題解決にはAIチャットボットなども出てきたものの、まだまだ「人間に聞いたほうが早い」と感じることも多い。一方でカスタマーサポートに電話をしてもなかなかつながらない……。
今春、5億円の資金調達を実施したNotaが提供する検索型FAQ SaaS「Helpfeel(ヘルプフィール)」はそうした体験を、根底からひっくり返す可能性を持つ。
提供:Nota
ユーザーが検索窓に文字を入力すると、その先に来る言葉を予測提案し、導くべき回答ページへ案内する。この挙動はスマートフォンのフリック入力と似ている。
これまでスクリーンキャプチャ共有ツールの「Gyazo(ギャゾー)」や情報共有ツールの「Scrapbox(スクラップボックス)」といったサービスをグローバルで展開してきたNotaだが、新サービス「Helpfeel」ではカスタマー・エクスペリエンスやコールセンターの変革、そして、人間とAIが共生する未来像へ突き進んでいる。
同社のビジョンについて、CEOの洛西一周氏に聞いた。
ウェブ起点のUX戦略が急務……FAQの役割とは
洛西一周(らくさい・いっしゅう)氏/Nota, Inc.代表取締役CEO。1982年生。人間味あるソフトウェアづくりを掲げて、高校時代に知的生産アプリ「紙copi」を開発し、3億円のセールスを記録。経産省IPA未踏ソフトウェア創造事業天才プログラマー認定。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了後、米・シリコンバレーでNotaを設立。スクショ共有ツール「Gyazo」、知識共有サービス「Scrapbox」といったプロダクトの開発を主導。累計調達額は7億円を突破し、現在は2019年にリリースした検索型FAQ「Helpfeel」によるセルフサービス型顧客体験を業界標準にすることをミッションとしている。
コロナ禍の影響もあり、非接触型の接客へのニーズが高まり、多くの業種でウェブを中心としたカスタマー・エクスペリエンスの設計が急務となっている。ウェブ上での検討からアプリ・ECを通じた購入・導入まで完結できる一方、顧客に何らかの「困りごと」が起きた場合にどう対応するかという新たな問題が生じている。
商品・サービスの不具合、使用法が分からない場合の案内など、顧客との関係性を維持するためのサポートが欠かせない。そこで各社が設けているのがよくある質問と回答をまとめた「FAQ」のページである。
しかし、実際にはFAQが機能しておらず、多くの顧客が電話やメールで問い合わせている。その結果、コールセンターの担当者は似たような質問に繰り返し対応する必要があり、離職率の高さに悩んでいるケースが珍しくない。
Notaの「Helpfeel」は、顧客の質問に対する最適な回答を提示できるため、問い合わせ対応業務を大幅に効率化できるという。質問の予測パターンを50倍近くに拡張し、曖昧な言葉の表現やスペルミスなどにも対応することで、FAQ検索のヒット率98%を実現しているからだ。
優れた検索ヒット率を実現した背景には、FAQの検索ロジックに「人間の知恵」を加えたことがある。従来型のFAQは、検索から答えを直接導こうとするロジックを採用しているが、検索する際に人間が用いる言葉は時に情緒的であり、間違った変換がされるものだ。
「Helpfeel」は、検索→答えの一元的なロジックの中に、人による言葉のデータ入力と自然言語処理を組み合わせた技術を盛り込んだ。例えば「返品」に関する記事でも「違う商品が来たので返したい」「不良品を戻したい」「届いたモノが間違えてる」など無数の検索候補をHelpfeelが生み出す。検索候補が50倍になることはつまり、検索者がどのような言葉で調べても正しい回答にたどり着けることを意味している。人間とAIの共生を体現したサービスが「Helpfeel」なのだ。
サポートがなくては、便利なサービスが業務の負担に
そもそも、2019年に生まれた「Helpfeel」は、カスタマーサポートの現場で悩みを抱える顧客の声が誕生のきっかけとなっている。
「Scrapboxの導入企業から、繁忙期は問い合わせ業務が増え、スポットで対応できる体制を整えているという苦労話を聞いていました。膨大なヘルプマニュアルが頭に入っていて、何でも答えてくれる“生き字引”のような社員がいる一方で、お客様が皆その人に尋ねられるわけでもありません。
その話を聞いたとき、CTOの増井(俊之)が作っていたヘルプ検索のためのプロトタイプを思い出しました。Scrapboxのような情報共有ツールに、検索という要素をかけ合わせることで、“生き字引”の社員のように機能させることも可能だと思ったのです。目の前には実際にカスタマーサポートの現場でお困りの企業が見えていたわけですから、高い需要も望めました」(洛西氏)
洛西氏はWindows用アプリ「紙copi」で名を成し、シリコンバレーでNotaを起業した。米国に渡ったのは「プラットフォーマーの方法論」を学ぶ目論見もあったという。そこで得た気付きの1つには「誰でもシンプルに使えるものを作るのが、世界的成功の鍵である」という鉄則だった。
「Helpfeel」にもこの方法論を当てはめている。検索窓に文字を打ち込むだけで使える。他の操作はいらず、後は顧客の気持ちを代弁するかのように画面上には検索結果や想起される言葉が表示されていくのだ。
「Helpfeelは最初のアクセス時に300kbほどのプログラムを読み込み、デバイス内検索ができる仕組みなので、回答を導くまでにインターネット接続が不要。そのため、結果が表示されるまでの応答速度は従来の一般的なFAQシステムと比べて約1000倍にもなります」(洛西氏)
洛西氏によると、Helpfeelは既存のFAQコンテンツがあれば最短1カ月程度で立ち上げ可能。料金は着地させるコンテンツ数に応じて変動する形を取っている。
約6割の問い合わせ削減も
Helpfeel公式サイト内「お客様インタビューの事例動画」より引用
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導入企業からの目覚ましい成果も挙がってきた。全国チェーンの「カラオケ パセラ」では、FAQを店舗ごとに独自で作り、各店舗のページで公開していたが機能せず、顧客が電話で問い合わせてくる状況が続いていた。カスタマーサポートの本社一元化に伴い、「Helpfeel」を導入し、わずか1カ月で有人対応すべき問い合わせ件数を約60%削減できた。
また、クラウドセキュリティを手掛けるSaaS企業や大手広告代理店では、社内向けFAQとしても活用されている。社員が増加するにつれ、自社サービスの説明、社内規則、過去事例、回答集など、社内でも参照されるべきドキュメントは多岐にわたる。それらを「Helpfeel」で参照することで、FAQがリファレンスとして機能しているのだ。
欲求検索が拓く、インターネットの未来
Notaでは今後、「Helpfeel」で“コールセンターのDX”を目指す。市場規模1兆円といわれる業界であり、一定規模の人員が必要であることから、大規模センターは賃料が割安な地方都市に設けられているケースも多い。しかし、離職率の高さや問い合わせ内容の重複もあって生産性が十分に高いとは言えない。
この点を解消し、Notaでは顧客自身による自己解決を主体とした「セルフサービスセンター」への変革を図る。そして、現状コールセンターで求められる従業員のメンタルケアなどを含め、より向き合うべき課題に対しての一助にしていきたい考えだ。この変革については、役所や地銀なども対象領域になってくるとにらむ。
それらのDXを果たすと次に来るのは「Helpfeel」によるマーケティング変革だ。
「検索語彙には、顧客の心に隠れた狙いも表れてきます。顧客の欲求が完璧に言語化されていることは少ないものです。その欲求を提案することで、消費者の疑問と欲求を同時に解決していくエンジンを作っていきたい。自分の言葉で知りたいことが分かり、欲しいものを見つけられる世界の実現です」(洛西氏)
例えば優秀なカーディーラーは来店者の服装や態度など、あらゆる接点を情報として仕入れ、見込み顧客に対して心を配った提案をする。そのように各事業者が、提供できるサービスから「顧客が本当に欲しいもの」を見せるのだ。
すでにその萌芽はある。例えば、出張・訪問の予約サービス「くらしのマーケット」で「結婚」と検索してみる。すると、「結婚式の前撮り」といった定番の項目の他に「出張DJ(結婚式)」や「出張ダンサー(結婚式)」のような項目も表示される。検索者は、自分が理想とする結婚式にDJやダンサーが必要だったとイメージが膨らむかもしれない。
これらを仮に「欲求検索」と呼ぶならば、マーケティング観点で見れば、欲求提案は自分の言葉で検索し、提案された内容を消費者自身が選び取る。そのため、自己決定感が強く納得感も高まる。洛西氏の言葉を借りれば「嫌味がない」のである。従来のターゲティング広告では時に逆効果とも思えるプッシュを受けることもあるが、そういったミスマッチも防げる。
コールセンターやマーケティングといった過程の変化はあれど、「Helpfeel」に欠かせないのは「人間の創造性だ」と洛西氏は強調する。「顧客の意図を想像しながら適切な答えを作っていく」のは現状のAIでは実現できない領域だからだ。
「Notaの方針は“⼈を置き換えるのではなく、⼈の弱い部分を助けるツールを作る”ことです。Helpfeelもまさに、人間の創造性とAIによる拡張性を組み合わせたサービスです。 そうやって、作り手の意図を使う側が感じられるようになると、僕はITを通じてもっと相手の心を感じられたりもするのだと思います。そして、インターネットが温かくなっていく。それがNotaとしてのビジョンであり、やりたいことですね」(洛西氏)