撮影:今村拓馬
「僕たちは徹底して、課題から逆算して事業を作っている」
再生医療ビジネスを加速する「セルソース」CEOの裙本理人(38)は、一貫してこう語ってきた。逆算の思考をフルにめぐらし、創業後まもなく始めた事業が、「変形性膝関節症」という、ひざ痛の患者向けの再生医療等に用いられる細胞等加工の受託サービスだ。
治療に用いられるのは、血液を加工した「PFC-FD」と、「脂肪由来幹細胞」という皮下脂肪組織から抽出する幹細胞。2016年のサービス開始以来、その加工受託件数は右肩上がりに伸びている。2021年第2四半期までの実績で、累計23,000件超に達した。
「これだけはマスト」な課題に絞り込む
細胞の培養のため、セルソース再生医療センター内では、最も清浄度が高い「安全キャビネット」で無菌操作を行う。
撮影:今村拓馬
変形性膝関節症は、クッションの役割を果たす軟骨が磨り減ることで膝関節に炎症を起こす疾患であり、医師が患者から採取した血液や脂肪組織の加工をセルソースが受託して行い、再び医療機関に届ける。
変形性膝関節症は重症化すれば歩行が困難になることもある。裙本は超高齢化社会を迎える日本で、間違いのないマーケットニーズを把握し、再生医療で健康寿命を延伸させることが社会貢献につながると考え、ひざ痛患者向けの事業にまずは焦点を絞ったという。
「これもやったらいいという『ベターなこと』は、世の中に山ほどあるんです。だけど僕らは、ベターには手出ししない。開発研究も事業も、課題を起点に『これだけはマスト』だとした対象だけに絞ってやるんだと。大風呂敷は広げないと決めています。僕らはいつも、チームで確認し合うんです。今、お金をかけて研究し、事業展開しようとしていることは、本当にマストなのか?と」
血液由来の加工物や脂肪由来幹細胞を用いる治療は、保険が適用されず、全額が患者の自己負担となる。適切なコストで再生医療等を届けるには、実際の加工から梱包・輸送に至るまであらゆる技術の応用と革新が必要だ。さまざまな技術を学び、取り入れるべく、創業時はアメリカや韓国にも1人で乗り込み交渉を重ねた。こうした国際間の交渉を厭わずにやってのけるのは、商社マンとして働いた実績のある裙本の経験の賜物だ。
現地の人への剣道指南でロシア語を習得
ロシア・サンクトペテルブルグ大学に留学していた頃の裙本(写真中央下)。ロシア人たちに毎日のように剣道を指南し、自身のロシア語も磨いていった。
提供:セルソース
裙本は兵庫県の出身で、5歳の頃から剣道一筋だった。もともとは体育教師を目指しており、保健体育の教員免許も取得している。学生時代は部活で関西の強豪チームに所属し、全国大会への出場を目指した。小学校・中学校時代は「土日の2部練合わせて、週に9回は練習していた」という。とにかく学生時代は徹底して剣道に打ち込んだ。
「チャレンジするなら、仕事でもトップレベルで戦える領域で」と考えていた裙本は、就職活動でグローバルに活躍する先輩に刺激を受け商社を目指し、住友商事に入社した。配属されたのは木材資源事業部(旧木材建材部)。入社3年目に自ら希望してロシアに渡った。
現地人と混じり合って仕事をするなら、語学習得は「マスト」な課題。裙本は、まず2007年にサンクトペテルブルグ大学に留学して語学を学んだ。1年間の留学中は現地の人に大学時代の部活動のように毎日剣道を教えながら、語学学校では決して学べないリアルなロシア語を習得した。ロシア人と対等に向かい合うための所作や本場のウォッカの飲み方も教わった。
「僕らは当時お金がなかったから、サンクトペテルブルグから試合に出る時はシベリア鉄道に乗って大遠征になるんです。24時間くらい一緒に電車に乗って試合に向かい、また時間をかけて帰ってくる。当然シベリア鉄道の中では、酒を飲んでの宴会となる。あれだけ密度濃く付き合っていれば、ロシア語も一気に上手くなりますよ」
剣道の教え子の中に、その後、ロシアのナショナルチームの代表になった選手が2人いる。裙本は2015年に日本で開かれた世界選手権で2人に再会した。
「彼らがまさかロシアの代表になってたなんて。ものすごく驚きました。自分が指導した選手がオリンピック代表になったみたいな感覚で、嬉しかったですよ」
「模型会議」でロジカルに人を巻き込む
ロシア・ウラジオストクから車で9時間の港町・プラスタン村で、裙本は半年間のミッションに従事することになった。
提供:セルソース
2008年7月、裙本はロシア・極東地域のプラスタン村に赴任し、半年間で巨大な木材加工工場を立てるミッションに挑んだ。プロジェクト開始時は何もない広大な平原が眼前に広がっていた。建設現場で働く300人のロシア人には、1年間の語学留学で身につけたロシア語で指示を出さねばならない。建設のためのクレーンも足りず、少ないクレーンをめぐって毎日取り合いになり……。
「正直道具もなくて、『日本で建設したとしても、間に合わせるのは無理なんじゃない?』って思っていましたよ。さてどうするかと、しばらく途方に暮れました」
作業着に身を包んだ裙本は、四六時中工事現場の真ん中に立ち、現場のまとめ役のロシア人たちを集めて毎日作戦会議を開いた。現場も自分で見て回った。観察していたら、希少な台数を取り合って運用しているはずのクレーンが、ある時間帯は稼働せずに放置されているのを目にした。裙本は、クレーンの模型を厚紙で手作りして工場のマップ上に置いてみせ、時間帯ごとの配置の仕方を相談しながら、どうすれば効率良く融通し合えるかを視覚的に理解してもらった。
「初めはうまく働いてもらえなかったけれど、チームの意識を合わせるために、明確に視覚化してロジカルに伝えたのが大きかった。だんだん、みんなの中に一体感が生まれてきて、なんと半年後には少なからず工場が稼働し始めたんです」
工場の稼働までにはトラブルも多発したし、現地の人に怒られた経験もある。裙本は、こう振り返る。
「冬は極寒の地で、陸の孤島みたいな地方の村で、数百人に上る技術者や作業スタッフをまとめるのには、論理を超えた人間力が必要でした。そこは逃げたら終わりだなと、体当たりで切り抜けました」
ロシアでの成功体験があったからこそ、裙本が再生医療ビジネスを始めるとき、周囲の人から「絶対に失敗する」「やめたほうがいい」と言われても、怯むことはなかったという。
「どこの国でも、たとえ異業種からの参入でも、働くチームのみんなと人としてちゃんと向き合っていくことができれば、大丈夫だと思えたんです。ビジネスは扱うものが異なっても、根幹は全て同じであると自信を持って言えました」
「自分の言葉」と図解を駆使した決算発表
人を巻き込むなら、明確にロジカルに伝える。これは、今でも裙本が心掛けていることだ。
創業から毎期連続で最高益を更新し、さらに創業一期目から黒字化を達成しているセルソースは、上場後の現在も株価が高値圏を堅持。決算説明会を開く度に、裙本の言語化能力にも注目が集まる。裙本の説明は徹底してロジカルで、誰にでも分かりやすい。
コロナ禍、リアルタイムでオンライン配信した2021年6月の決算発表では、矢継ぎ早にチャットに寄せられる質問に対し、裙本はスパスパと平易な言葉で回答していた。
特に目を引いたのが、三次元のチャートを用いた事業戦略の説明だ。事業の方向性が3軸方向に示され、事業展開のシナリオが明確になっている。
まず、同社のサービス対象となる診療領域がX軸に示され、整形外科、形成外科、産科・婦人科……と新規の事業領域にも事業が広がる様子が分かる。海外各国への展開予定はY軸に。X軸とY軸の掛け合わせで行われている事業の上には、マーケティング支援、データ活用、予防医療といった派生事業がZ軸として垂直方向に積み上がることが視覚的に伝わる。
2021年6月にオンラインで行われた第2四半期決算説明会では、担当者ではなく、裙本自身が終始説明を担当した。
CellSource 公式チャンネルよりキャプチャ
裙本は、一つ一つのマス目で示される事業領域の進捗ぶりと今後の進め方を、まるでTEDの登壇者のように、鮮やかに解説した。裙本は「自分の言葉」を大事にする理由をこう話す。
「バイオや創薬ベンチャーは、どうしても技術目線で事業を展開しがち。難しいことを文字に書いて、『この技術はすごいんだ』と自慢しても、人は絶対に集まらないと思うんです。
でも、僕らは徹底的に顧客である医師や患者さんの目線に寄って、マーケットインの思考で逆算して事業をつくってきている。
決算発表の場は、完璧に明確な目標を持ってビジネスをつくる自分たちの世界観やミッションに、共感する仲間を集める発表の場だと僕は思っているんです」
裙本は言う。
「想定問答集や用意された台本を読み上げるほど退屈な決算発表はありません。全て自信を持って自らが主体的に事業をつくってきているので、全ての数字や事業内容は当然頭に入っている。それをそのままお話しすることこそが重要だと考えます」
裙本を語る上で、剣道と商社のキャリアのほか、もう一つ欠かせない要素がある。それは、社会人になって始めたトライアスロンの趣味だ。裙本は、こう言い切る。
「僕はトライアスロンをしていなかったら、間違いなくセルソースは起業していない」
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(文・古川雅子、写真・今村拓馬)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。