撮影:今村拓馬
もともとは世界の果てまでビジネスを追いかける商社で働いていた。一転して、医療業界歴「ゼロ」のところから、参入障壁高めの再生医療ベンチャーを立ち上げた。だからこそ、セルソースCEOの裙本理人(38)は、「鉄人」と称される。医療機関の治療で使われる細胞の加工受託サービスを立ち上げるや、スタートダッシュで提携する医療機関を広げていき、「独走状態」で事業を大きくしてきた。
再生医療の市場規模は2050年に国内市場が2兆5000億円、世界市場が38兆円に成長すると見込まれている。花盛りなのは、画期的な免疫療法で注目を集めるがん治療薬。海外の再生医療・遺伝子治療製品のうち、がん免疫療法の市場規模が7割弱を占める。国内でも、1回分の投薬で3000万円以上の薬価がついた超高額薬剤も登場している。ただし、こちらはハイリスク・ハイリターンの領域だ。
一方で、主に自由診療の領域で、従来は医療機関が手がけていた細胞加工を効率的に行える事業者が求められていた。ゼロ・スタートの領域でありつつも、この領域は将来大きく打ち出せる上、足元の固まった事業である点が狙い目だと裙本は見定めた。
元Google米国本社副社長・日本法人社長の村上憲郎(74)は、4年前に裙本から「グローバル展開を視野に入れており、是非社外取締役に」とオファーを受け、着実に事業の駒を進める裙本の手腕に感服し、「再生医療界のGoogleになろう」と快諾したという。
決算発表の度に株価上昇
東京・渋谷にある「セルソース再生医療センター」は、雑居ビルのワンフロアに位置する。
撮影:今村拓馬
裙本は2015年に会社を設立し、わずか1年3カ月で安全に細胞培養ができる施設として厚生労働省関東信越厚生局より特定細胞加工物製造許可を取得。再生医療業界において最速のスピードだった。2019年10月には、創業して3年11カ月で東証マザーズに上場した。株価も上昇し続け、2021年7月から8月にかけては、ほぼ1万5000円台で推移している。
「最速である創業4期目に上場しようと決めていましたから、予定通りのペースで事業展開しています。周囲の反響は予想外に大きいですね。私たちが決算を発表すると、直後にストップ高になるケースも多く、その度に株価が上がってきているんです」(裙本)
多くのバイオベンチャーが開発資金の巨額さ、結果が出るまでの期間の長さから黒字達成まで長い期間を要する中、セルソースは、創業1期目から黒字を達成し、増収増益し続けている。さらに、2021年6月に公表された同社の業績予想は、2021年10月期の売上高が前期比51.5%増の28億1000万円、経常利益は87.1%増の7億7100万円との見通しだ。提携医療機関が拡大したことから、予測値はともに上方修正された。
とはいえ、裙本はやみくもに事業を広げているのではない。2015年に医師の山川雅之(現筆頭株主、戦略顧問)と2人で創業した。設立時の資本金は9000万円。その多くは、美容外科領域から事業を広げた連続起業家でもある山川の持ち分だ。創業から上場までは、外からの資金調達は一切受けなかったにもかかわらず、創業初年度から黒字経営を続け、上場につなげた。元の9000万円を大事にやりくりしながら研究開発を進め、事業資金にも充てたという。むしろ、「手堅さ」こそがセルソースのウリなのだ。
「研究開発に莫大な投資をするバイオベンチャーは、外部の資本を数億から10億円ぐらいは入れて事業を始めると聞きます。僕らは上場した今でも、1年間の研究開発費は1億円もいかないくらいで収めているんですよ」(裙本)
再生医療版の「セントラルキッチン」
本社ビルには、一般的な会議室の隣に加工施設がある。普段、施設内はガラスにスモークがかかって見えないが、スイッチを押すと見えるようになる仕組みだ。
撮影:今村拓馬
手堅さは、そのオフィスや開発拠点を見ても一目瞭然だ。東京・渋谷区の雑居ビル内に設置された「セルソース再生医療センター」には、余計な費用を一切かけていない。細胞加工を行うエリアの広さは、企業の大きな会議室程度だ。もちろん、細胞原料を扱うからには、品質にはこだわる。
室内の一角にある「バイオクリーンベンチ」(無菌状態で作業する装置)内は、工業用としては最高レベルのクリーンさが保たれている。液体窒素を使って超低温下で培養細胞を長期間凍結保管できる設備も備えている。「可能な限り必要最小限」(裙本)な要素は揃え、機能を重視して設計された。ここで加工・培養された細胞は、主に整形外科分野でひざ痛がある患者などに使われる。
さらに、関節を痛めた患者などの治療向けに、血液から組織の修復等の作用が見込まれる成長因子を抽出・濃縮してフリーズドライ化する加工サービスも立ち上がり、その加工施設が渋谷にある本社ビルの一角に設置されている。やはり大きな会議室程度の広さで、治療に用いられる血液成分の抽出・加工が行われている。患者から採取された血液は成長因子を抽出し、必要な成分の質を高めてフリーズドライ加工をした状態で医療機関に戻り、患者自身の治療に用いられる。
裙本は、医療機関で行われる治療用の細胞等を加工する業務を一手に引き受ける受託サービスモデルを構築した。セルソースが考案した事業モデルを再生医療版の「セントラルキッチン」と呼んでいる。
「サラダだけ、惣菜だけと、オーダーに応じて調理加工をするセントラルキッチンを思い浮かべると分かりやすい。加工作業を行う場をひと所に集約させて、医療機関から届いた脂肪組織や血液を、個人情報をきちんと管理した上でオーダーに応じて加工し、治療に使えるようにして診療現場にお戻しする。そうすると、医療機関は加工のための設備の初期投資も人件費もランニングコストも、ゼロで済む訳です」
「ゲームチェンジ」の勝機をつかまえた
細胞の培養状況を顕微鏡で確認する細胞培養士。施設内で管理する細胞はバーコードで情報の管理を徹底している。
撮影:今村拓馬
裙本は、細胞等の加工業務を一手に引き受けられるサービスを作れば、「医療機関が抱えていた課題は解決できる」と考えた。なぜなら、治療用の細胞加工物を加工・培養できるのは、以前は医療機関に限られており、稼働率の低い細胞加工センターが医療機関に併設された状態で乱立していたからだ。
治療に使う細胞等の加工センターを医療施設に設置して、細胞培養士を雇用し、細胞の培養や貯蔵管理のため空調や冷却設備を回して24時間稼働し続ければ、運営費はかさむ。患者に届けたい治療法があっても、コストがかさむ分だけ治療代が高くなれば、需要は高まらない。設備投資をしても、一医療機関だけでは患者数が限られ、稼働率が低いまま赤字での運営が続くことになる。医療機関側には、そんな課題があった。
商社で木材輸入の仕事に携わり、医療分野の仕事をしていた訳ではない裙本がこのビジネスを始めるきっかけになったのは、共同創業者である山川との話がきっかけだった。前出のような医療機関側の課題を詳しく聞き、さらに、「再生医療等安全性確保法」が2014年に施行されることも、前段階となる議員立法段階、つまりまだ商社で働いていた頃にキャッチしていた。法律を読み込むと、医療機関の中だけで認められていた治療用の細胞加工が、国の許認可を取ることで株式会社が事業として行って良いと書いてある。医療現場の課題と、新しい法律に「やって良い」と書いてある事業とを掛け合わせると、「セントラルキッチン方式」で確実に課題解決ができると直感した。
「この法律が施行されたら再生医療業界のルールが変わり、関わるプレイヤーの構図が一気に変わる。『ゲーム・チェンジ』の勝機になる」
異分野出身ならではの強み
撮影:今村拓馬
実際、裙本はその勝機を捉えた。商社マンとして積み上げた成功経験が大きかったという。住友商事に勤めていた20代の頃、ロシアの税制改正で原木の輸出に規制がかかるのを機に、加工を施した木材資源を流通させるビジネスを切り拓いた経験があるのだ。
「私は20代で、法改正時のスタートダッシュをがむしゃらに頑張ることで、新たな木材資源のビジネスをつくる醍醐味を味わうことができました。それが成功体験になっているんです」
ただし、裙本は医療業界で働いた経験もない。ただでさえ参入障壁が高い医療ビジネスに異分野から飛び込むのは、勇気が要る。
社外取締役の村上は、こう評する。
「裙本さんは基本的に、物怖じしないタイプ。独力で医療のことを横断的に勉強され、体系立てて理解を深めておられて。逆に異分野出身だからこそ、業界の常識にとらわれることなく、真に必要なものを見出してビジネスにつなげていると感じますよ」
裙本本人は一見壁が高い医療分野も、「ハードルが高ければ高いほど、僕は燃える」。法改正を起点とした新事業は、スタートダッシュで一気に前へ飛び出し、後続を許さなければ、その業界で圧倒的なナンバーワンになれるのだと快活に話す。
「そうすれば、『ブルーオーシャン』の状態で走れるようになる。結果、そっちのほうが楽なんです」
尽きることのない彼のチャレンジ精神は、どこから湧いてくるのか? 原点は、幼い頃から鍛錬してきた剣道とロシア体験にあるのだと、裙本はいう。
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(文・古川雅子、写真・今村拓馬、デザイン・星野美緒)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。