逆風続きのアリババに、また頭の痛い問題が持ち上がった。
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中国当局から規制の標的にされ業績と株価が失速しているIT大手のアリババグループが、今度はコンプライアンス問題に揺れている。
女性社員による性被害の訴えへの対応が遅れ、大醜聞に発展した。問題行為は接待の場で発生しており、酒席での付き合いの良さが評価に影響する悪しき職場習慣がアルハラ、セクハラの温床となっている実態も改めて浮き彫りになった。
接待で性被害、会社対応に納得せずSNS拡散
8月7日、アリババの女性社員による性被害の告発がSNSで拡散し、その衝撃的な内容に全国が騒然となった。
8000字を超える女性の訴えを整理したのが以下だ。
〈性被害〉
- 7月下旬、山東省済南市への出張を命じられた。悪天候のため上司に行きたくないと伝えたが、「業務命令」と言われ断れなかった。
- 出張先での接待で酒を大量に飲まされ、洗面所で嘔吐した後、取引先の男に20分ほどわいせつ行為をされた。上司は見て見ぬふりをした。
- 翌朝ホテルの客室で目覚めたら、全裸だった。下着がなくなっており、避妊具が床に落ちていた。フロントに頼んで監視カメラを確認したら、寝ている間に上司が4回部屋に来ていた。上司を問い詰めたところ、部屋に来たことを認めた。
〈会社の対応〉
- 上司からの性被害について8月2日、部署の責任者3人に訴えた。そのうち1人からは、「頻繁に出張があるこの職務に、女性は適していない。女性を採用すべきではない」というようなことを言われた。
- 責任者の1人と面会できたので、証拠などを提示し上司の解雇と自身の休暇を要求した。しかし3日後の8月5日、責任者から「あなたの名誉を考慮し、上司を解雇しない」と伝えられた。
- 8月6日に責任者から再度、「解雇する方法はない」と言われた。(今訴えている)ビジネスユニット(BU)ではだめだと思い、一つ上のビジネスグループ(BG)に訴えた。するとBGの責任者から電話があり、被害について慰められたが上司について具体的にどうするかの説明はなかった。
男性上司は「永久追放」、人事責任者は辞任
女性は社員全員のグループチャットをつくり被害を訴えたが、投稿したメッセージはすぐに削除され、グループチャットも消されてしまったという。そこで最後の手段として社員食堂に告発文を掲示したり、外部に拡散した。
穏便な決着は不可能となり、アリババグループは8月8日未明に調査チームを立ち上げ、男性上司と女性社員が直接相談した4人の責任者を職務から外すと発表した。同日夜にはアリババ社員6000人が連名で、職場でのセクハラ防止に向けた体制構築を求めた。
8月9日早朝、ダニエル・チャン(張勇)会長兼CEO自ら、男性上司の永久追放など社内処分を発表。問題に迅速に対処しなかった責任者や人事部門についても、「事件の重大性を見落とし、しっかりと取り組まなかった。共感性が足りず、緊急事態に対応するシステムと重大な判断ミスが存在する」と認め、女性が所属していたローカルリテール事業部グループプレジデント、ローカルリテール事業部グループ人事担当が辞任したほか、アリババグループの最高人事責任者(CHO)も処分を受けた。
取引先は強制わいせつで逮捕、合鍵作ったホテルの責任論も
創業者のジャック・マーもこの10カ月は表舞台から距離を置いている。
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女性が被害届を出したことを受け、済南市の警察当局は8月25日に取引先の男性を強制わいせつ容疑で逮捕した。アリババの男性上司についても、同容疑で捜査中で、行動を制限している。
この事件は取引先男性の勤務先が中国の大手小売りチェーンで、女性社員が宿泊したのも大手ホテルチェーンだっため、各社のコンプライアンスが問われることとなった。男性上司はホテルのフロントで女性の客室の合鍵を作っており、どのような経緯で合鍵が渡されたかも焦点の1つになっている。
世間の耳目を集める事件とあって、警察当局は8月14日に捜査の途中経過を発表した(以下、警察の発表)。
- 取引先との接待で、女性は飲みすぎて気分が悪くなりトイレに行った。付き添った取引先の男性が、途中でわいせつ行為を行った。
- 女性が被害届を出したことを受け、済南市の警察当局は8月25日に取引先の男性を強制わいせつ容疑で逮捕した。アリババの男性上司についても、同容疑で捜査中で、行動を制限している。
- 酩酊した女性社員は、男性上司と取引先の女性に送られて客室に戻った。
- 男性上司はアリババの別の社員から、「女性がろれつの回らない様子で電話をかけてくるので、近くにいるなら様子を見に行ってくれ」と頼まれ、フロントで合鍵を作って女性の部屋に入った(フロントは女性に電話で同意を得た)。
- 男性上司は酩酊状態の女性と性行為に及んだ。ネットで避妊具を注文したが男性が自分のホテルに戻った後に届いたため、フロントに預けられた。
と、ここまでは女性の主張通りだが、警察は関係者への聞き取りから、「女性が出張を拒否した事実は確認されず、お酒も自主的に飲んでいた」と結論づけた。
また、女性が目覚めたときに部屋に落ちていた避妊具は、男性上司ではなく、取引先男性が持ち込んだことも判明した。
接待の翌朝、女性は取引先男性に電話で部屋番号を伝え、訪れた男性と性行為を行った。女性が「なくなった」としていた下着は、この男性が持ち去っていた。朝の行為に同意があったのかは、警察は明らかにしていない。
当局に目をつけられている時期に墓穴
その後、男性上司の妻が「最初に誘ってきたのは女性社員の方」「会社が男性を職務から一旦外したのに、女性は情報を拡散した」とSNSで発信し、事件発生から1カ月経つ今も状況は混沌としている。また、男性上司がTikTokを運営するバイトダンス(字節跳動)への転職を試みたことも明らかになり、同社も騒動に巻き込まれた。
どちらにしろこの一件は、アリババ社内にコンプライアンス軽視の風潮が蔓延していることを、広く知らしめた。
2020年11月にアリババ傘下の金融子会社アント・グループが上場延期に追い込まれて以降、同グループを巡る風当りは強まっている。独占禁止法違反で巨額の罰金を命じられ、創業者のジャック・マー(馬雲)氏も、表立った動きを控えている。アリババが本社を置く杭州市は市トップの汚職に揺れ、香港メディアは前市トップの家族がアントの新規株式公開(IPO)前に株式を5億元(85億円)で取得していたと報じた。
不祥事には特に気をつけないといけない時期にもかかわらず、二重三重に墓穴を掘っており、社員の意識の鈍さが伺える。
昇進や取引に直結する「会食文化」がハラスメントの温床に
「飲み会も仕事の一環」という考え方は、中国でも広く浸透している。
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アリババは8月12日、酒席での悪しき習慣、低俗な冗談など、職場での不適切なコミュニケーションを全面的に見直すためにワーキングチームを設立したと発表した。「反セクハラガイドライン」の制定に着手し、ハラスメントや不適切行為を通報する通報の専用窓口も開設した。
興味深いのはアリババ以外でも、職場の規定を見直す企業が続出している点だ。
動画配信サービス大手の「愛奇芸(iQiyi)」は13日、全社員に宛てた文書で、「従業員や会社への損失を防ぐため、健全ではない職場の不文律を断固排除する」と述べ、社内規定に「セクハラ・パワハラの禁止」「会食の参加の強要禁止」「地域や人種、年齢を理由とする差別の禁止」などの条項を加えた。
SNS微博(ウェイボ)を運営する新浪は16日、ガイドラインの改訂に着手すると社内発表した。「偏見やハラスメントのない職場環境をつくる。セクハラを許さず、男性従業員の権利も保護の範囲とする」という。
「酒を伴う会食文化」は中国で広く浸透しており、少し前までの日本同様、あるいはそれ以上に、酒席での振る舞いが人事評価や昇進、取引先との関係に影響を及ぼすとの共通理解があり、ハラスメントの温床にもなっている。
2020年8月には大手銀行の新入社員が、酒を勧められて断ったことから上司にビンタされたという不祥事が世間を騒がせたほか、高級白酒メーカー「五粮液」の関連会社社員が、取引先との会食で白酒を大量に飲んでアルコール中毒で死亡したとして、社員の父親が今年6月に同席していた同僚らを告訴した。
一昔前は大きな問題にならなかった職場の慣習や不文律が、「ハラスメント」として企業イメージを大きく損なうリスクだと認識されつつあったところに、25万人の社員を抱え、崇高な企業文化、積極的な女性登用で知られるアリババの不祥事が発生し、他の企業にとっても他人事ではなかったようだ。
アリババにとっても、株価が過去最低の水準にある時期に不祥事が噴出し、「いくら叩いてもいい」「叩くほどほこりが出る」との印象を与えてしまったのは、痛恨だろう。会長自ら幕引きに乗り出したことにも、怒りや焦りが表れている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。