週5日、現役医学生らに質問し放題。NPOと病院がタッグを組んだ、医療進学専門“無料”塾の全貌

キッズドア

小学生の頃から医師になりたかったという高校1年の女子生徒。キッズドア・医療コースに通って「苦手な数学が少し好きになりました」と話した。

撮影:竹下郁子

困窮家庭の中高生を対象に無料の学習支援などを行ってきた団体が、医学部を目指す生徒らを対象にしたコースを新設した。入学後の高額な学費がハードルになる以前に、受験そのものが熾烈な情報戦になっており、入試を受ける前に挫折する生徒が後を絶たないからだ。

医学部入試の情報が手に入らない

2021年6月から医師や薬剤師、看護師を目指す高校生らを対象にした無料の大学進学支援をスタートしたのは、NPO法人キッズドアだ。

同団体が困窮家庭の子どもたちの学習支援を始めたのは2010年。以降、居場所づくりや食糧支援なども並行して行い、東京外国語大学や上智大学、立命館大学などの有名大学にも学生を送り出してきた。

そんな中、どうしても難しいのが医療系、特に医学部への進学だった。キッズドアで医療コースを担当する梁瀬真僖(やなせまさよし)さんは、これまで医学部進学を希望しながら諦めた生徒を何人も見てきたという。

キッズドア

キッズドア・医療コース事業担当責任者の梁瀬さん。

撮影:竹下郁子

背景には、受験自体が熾烈な情報戦になっており、経済的に余裕がなく医学部専門の塾や予備校に通うことができない生徒にとっては、挑戦することすら難しい現状がある。

「過去問の分析に加え、医療界の雑誌に掲載されているようなニッチな内容から出題されることもあり、到底たちうちできません。

また私たちが支援している生徒の中には、ガラケーしかなかったり、パソコンやスマホがあってもWiFiなどのネット環境が整っていない生徒もいます。

学習面の準備不足に加え、奨学金などの経済支援についても情報収集できない、負のスパイラルに陥ってしまうんです」(梁瀬さん)

週5日、現役医学部生らに質問し放題

キッズドア

撮影:竹下郁子

キッズドアが支援する家庭の2020年の年収は、6割以上が200万円未満だった。医療コースも住民非課税世帯や低所得のひとり親世帯が対象の児童扶養手当を受給している家庭が多く、コロナの影響で保護者が失業した学生もいるという。

医療コースの教室があるのは、東京都内のビルの1室。現役医学部生や理系の大学を卒業した社会人が講師を務めており、自習して分からないところは何でも質問できる仕組みだ。他の学習会は基本的に週1日だが、医療コースは週5日の開催オンラインでも受講できるため、北海道や沖縄など全国から43名が在籍している。

キッズドア

撮影:竹下郁子

看護師を目指しているという高校3年生のAさん(女性)もその1人だ。高校には医療系の塾に通っている友人も多いが、自身は母子家庭のため金銭的に負担をかけられないと思い、キッズドアを選んだ。アルバイトをして家計を助けながら、週に5日通って受験に備えている。

妹と部屋が一緒で家では集中して勉強できないので、こういう場所ができてすごく助かっています。大学には奨学金をもらいながら行くつもりですが、学費がもっと安ければなぁ」(Aさん)

模試から食事までフルサポート

キッズドア

撮影:竹下郁子

同じく学費の値下げを望んでいるのは、中学生から奨学金を利用してきたという高校1年生のBさん(女性)だ。親と離れ、現在は祖父と2人暮らしをしている。

「小さい頃から医療系に進みたいと思っていました。今は国公立の薬学部を目指しています。

教室では食事もとれるので、家族もすごく喜んでいます」(Bさん)

教室内の冷蔵庫にはレトルトの食事や飲み物などが豊富に準備されている。スタッフがキッチンの炊飯器でご飯を炊いてレトルトを使った牛丼などを出しており、生徒たちも準備を手伝ってくれるそうだ。

他にも模試や参考書の購入、教室に通う交通費にも補助がある。

これら教室運営にかかる費用のほぼ全ては、湘南美容クリニックの寄付で成り立っているという。

進路指導は経済面込みで、まずは教員の負担軽減を

キッズドア

キッズドアでは、国の制度や民間の奨学金などの経済支援をまとめた冊子も作成している。

撮影:竹下郁子

学習や食事の支援に加えて重要なのが、入学金や授業料、生活費をどうするかなど進学後の学費についての情報提供だ。

前出の梁瀬さんは、大学独自の奨学金や民間団体の基金のほかにマストなのが、国が2020年から開始した「修学支援新制度」の活用だという。低所得世帯の子どもが大学進学する際に授業料の減免と給付型奨学金を受けられる制度だが、基本的に高校を通じて申し込むため、2020年は学校や担任にその知識がなく、期限ギリギリまで申請に手間取ったケースが多発したという。

「私たちと知り合って初めて、修学支援新制度のことを知った生徒もいました。

これを教員個人の問題にしてはいけない。授業に部活に進路指導にと、負荷がかかりすぎているからです。

部活動は外部委託する動きも出てきましたが、進路指導も分業にすべきだと思います。せっかく利用できる制度や奨学金があるのに、情報に辿り着けないことで夢を諦める生徒がいなくなるよう、改革が必要です」(梁瀬さん)

同じ境遇だからこそ支え合える

キッズドア

取材中、生徒同士が互いの境遇を想い、涙を流す場面もあった。

撮影:竹下郁子

情報格差を埋める以外にも、医療コースが果たしている重要な役割があると生徒たちが教えてくれた。

「第3の居場所」として、学校の友人や家族には話せない悩みを生徒同士で共有できることだ。

前出のAさんとBさんは共に母子家庭という共通点がある。学校の友人たちは塾に通っていたり、交通費や食費を気にせず遊びに出かけるため、家庭の事情や家計の苦しさは相談しづらい。

キッズドアの教室や友人たちが、そうした思いを打ち明ける貴重な場や相手になっているという。

「味方がいなくてくじけそうになった時は、いろんなことを抱えながら頑張っている友達の存在が、すごく励みになるんです」(Bさん)

また医療コースでは、寄付をしている湘南美容クリニックの医師や看護師らが、医師を志したきっかけや学習法などについて講演し、生徒たちからの質問を受け付ける機会も設けている。

医師や看護師の話を聞く機会も

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撮影:竹下郁子

キッズドア代表の渡辺由美子さんは言う。

「子どもにとってはロールモデルが身近にいることが何よりのモチベーションになると、この10数年の活動を通して実感しました。今後も情報格差を埋めたり金銭的な支援をするだけでなく、人との繋がり、ネットワークをいかした支援を続けていきたいと思っています」(渡辺さん)

キッズドア医療コースは通学・オンラインコース共に定員に余裕があるため、高校生や浪人生などで不安を抱えている生徒は、ぜひ受講を検討して欲しいという。

「親を困らせることを恐れ、『医師になりたい』という夢を口にすることすらできない子どもたちに何とか道を開いてあげたいと思ったのが、医療コースを始めたきっかけです。格差の固定化、貧困の連鎖が問題になる社会で、各家庭で頑張れというのは無理があります。

子どもたちにはあなたを応援したい大人はたくさんいると伝えたいですし、そう信じてもらえる社会に変わっていかないといけないと思います」(渡辺さん)

キッズドアでは今後も学習支援の活動を継続しながら、奨学金の拡充やネット環境整備のための補助金などを国に求めていくそうだ。


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(文・竹下郁子

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