2021年7月23日〜8月8日、東京オリンピック競技大会が開催された(写真は2021年7月9日撮影)。
撮影:吉川慧
五輪に続き、8月24日から開幕したパラリンピックが注目を集めている。
五輪については、無観客開催、感染拡大の局面といった要因から「五輪特需はなかった」と見る向きは多い。いずれにしても、決済データは人の動きを客観的に記録しているはずだ。
五輪期間中、消費行動にどのような変化があったのか。JCB消費NOWのデータを解析してみよう。
サービス消費と小売消費で差が明確に
一般的に経済に関するデータは前年同月比といって、前の年の同じ月と比較した変化率を使用する。
だが、2021年のデータを見る場合、コロナによって経済環境が激変した2020年と比較すると、データから正確な変化を見いだせない。そのため、「2年前同月比」といってコロナ以前の2019年のデータを使うことも増えている。
しかし、消費の観点では、国内要因として2019年10月に消費増税があり、その数カ月前から増税前の駆け込み需要もあった。
そのため、本稿では、2016〜18年の平均値をベースラインとして、そこからのかい離率を利用している。
この形式で年齢別に「サービス消費」の変化を見てみると、五輪期間中(7月後半から8月前半)は20~39歳の消費が減速した一方で、その他の年代は五輪期間の前半は消費が伸び、後半は大きく減速したことが確認できる。
ベースラインは2016~18年の当該半月の平均。
出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」※のデータを基に著者作成。
やはり、新規陽性者数の増加が連日報道され、この時期から医療体制がひっ迫していることが併せて報じられるようになり、それが消費行動を抑制した可能性がある。
同じく「小売消費」を見てみると、五輪期間の前半はすべての年代で消費の伸びが加速しているが、後半は20~39歳がさらに加速したのに対し、他の年代は上のサービス消費(サービス総合)と同様に減速している。
ベースラインは2016~2018年の当該半月の平均。
出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」のデータを基に著者作成。
以下ではさらに、細分化された品目を見ていくことで、もう少し消費の変化を深堀りしていこう。
百貨店には“五輪特需”ナシ
高齢者が主要顧客である「百貨店」における消費を見てみよう。
五輪期間中は全年代で同じ動きをしており、前半に伸びるも後半に減速するという形だ。五輪特需などは特に観察されない。
ベースラインは2016~18年の当該半月の平均。
出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」のデータを基に著者作成。
しかし、興味深いのが、5月後半から6月後半にかけて、高齢者(60〜79歳)の消費が20~39歳の年代に比べて先行して回復傾向にあるということだ。これは高齢者に優先してワクチン接種が実施されたためと考える。
ただ、国内のワクチン接種が進んでいくなかでも、新規陽性者数や重症者数が増えると同時に、いわゆる“ブースター接種”の必要性などが報じられることで、再び高齢者層の消費活動が抑えられていったのだろう。
また、同時期に商業施設を中心にクラスター発生が報じられたことも大きく影響したと考えられる。
五輪の楽しみ方が期間中に変化?
小池百合子東京都知事は、ひっ迫する感染状況への危機感と感染対策の徹底を訴えている(写真は8月13日の定例会見の様子)。
撮影:三ツ村崇志
五輪期間中に時短営業に応じない飲食店が増えつつあるという報道もあった。
筆者自身も仕事の帰りに繁華街を通ってみたところ、2020年の緊急事態宣言発出時とは違い、20時を過ぎても営業している飲食店が多い印象を受けた。
そこで、居酒屋における消費を見てみると、たしかに全年代で五輪期間の前半に居酒屋消費が伸びており、特に20~39歳の伸びが顕著だった。一方、後半は全年代で減速している。20~39歳は後半の減速が目立っている。
ベースラインは2016~2018年の当該半月の平均。
出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」のデータを基に著者作成。
酒屋での消費を併せて見てみると、20~39歳の消費データの動きが居酒屋と真逆であることがわかる。
これは、五輪開催をひとつの口実に居酒屋で観戦をする人が増えたものの、やはり新規陽性者数や重症者数の増加報道を受けて、五輪期間後半からは自宅での観戦に切り替えた可能性が示唆される。
ベースラインは2016~18年の当該半月の平均。
出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」のデータを基に著者作成。
報道それ自体が、消費と人流を抑制する
日本チェーンストア協会が8月24日に発表した7月の全国スーパー売上高を見てみると、既存店ベースで前年同月比4.6%増となっているが、内訳を見てみると揚げ物や中華などの総菜が同11.5%増と好調だった。
このことからも、オリンピックを自宅で観戦する人が増えたことによる惣菜需要が高まったことがわかる。
オリンピックが開会式をはじめ、競技のほとんどが無観客という異例な状態になったこともあるが、“五輪特需”と呼ばれるような消費の拡大は、自宅観戦にともなう消費でしか確認できなかったことになる。
過去の連載でも言及したことがあるが、緊急事態宣言は発出の回数を重ねるたびに人流抑制の効果は薄くなっている。
消費行動(人流)を抑制するのは、実際には「“陽性者数や重症者数が増加している”という報道そのもの」ではないかという筆者の見立ては、今回のデータでもあらためて裏づけられたのではないだろうか。
※JCB消費NOWとは:JCBグループ会員のうち、匿名加工された約100万会員のクレジットカード決済情報をもとにJCBとナウキャストが算出した消費動向指数。
森永康平:証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。現在はキャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOも兼任している。著書に『MMTが日本を救う』(宝島社新書)や『親子ゼニ問答』(角川新書)がある。日本証券アナリスト協会検定会員。