電気自動車(EV)スタートアップ、ファラデー・フューチャー(Faraday Future)は創業から7年、紆余曲折を経て開発競争の先頭集団に舞い戻ってきた。
AP Photo/Jae C. Hong
2018年末、電気自動車(EV)スタートアップのファラデー・フューチャー(Faraday Future)は数々のトラブルに見舞われていた。
経営幹部のひとりが「過去に類を見ないテクノロジー」と表現した超高級EV『FF91』の完成モデルお披露目の1年後、ファラデーは資金繰りに苦しみ、従業員をレイオフ。主要な出資者たちとは揉めに揉めた。
とはいえ、ファラデーの動きをウォッチしてきた人たちには何の驚きもなかったに違いない。
同社はそれ以前の2年間、賃借していた倉庫のオーナーから立ち退きを通告されたり、テクノロジーカンファレンス「CES 2017」で失態をさらしたり、テクノロジーイベント「919 Futurist Day」に出品したFF91の試作品が炎上したりと、終わりの見えない失敗の連続で足踏みが続いた。
その後2年間、ファラデーは表舞台から姿を消し、融資を重ねて何とか生きのびた。
その一方で、EV業界の注目度は急速に高まり、スキャンダルとは無縁のリビアン(Rivian)やルーシッド・モーターズ(Lucid Motors)などの競合企業は時代の寵児となった。
ファラデーは低迷を続け、2021年4月には、さらなる資金調達ができなければ、1年以内に経営破たんするおそれがあると発表した。
そんな破たん寸前のファラデーを救ったのは、企業の資金調達手法に革命をもたらしたウォール街の発明品、特定買収目的会社(SPAC)だった。
2020年に急激な広まりを見せたSPACは、EVスタートアップを手あたり次第買収していった。
前出のルーシッド、アライバル(Arrival)、ニコラ(Nikola)、フィスカー(Fisker)、ローズダウン・モーターズ(Lordstown Motors)に続き、ファラデーも2021年7月にSPACの「プロパティ・ソリューションズ・アクイジション(Property Solutions Acquisition Corp.)」と合併、上場を果たした。
ファラデーはこの合併を通じておよそ10億ドル(約1100億円)という巨額の資金を手にした。
同社の経営チームはいま、遅れに遅れたFF91の市場投入を実現し、「新たな時代にふさわしい自動車を生み出す」7年越しの約束を果たすときが来たと息巻いている。
困難なスタート
ファラデーは2014年、「中国のネットフリックス」と呼ばれるテクノロジーコングロマリット、楽視(LeEco)の創業者ジア・ユエティン(賈躍亭)によって設立された。
ジアは翌15年、オーナーの好みを学習する自動運転車を開発し、まったく新しい自動車体験を生み出したいと強い意欲を語っていた。
ところが、ファラデー社内では間もなく、ジアに(次世代自動車の開発のための)白地小切手を振り出す考えがないことが明らかになった。
元従業員たちの証言によれば、ジアは開発に必要な資金は確実に提供するとくり返したが、結局のところ期待に沿う十分な資金は得られなかったという。元経営幹部のひとりは「険しい道のりになることがすぐにわかりました」と語る。
2017年、世界最大級のテクノロジーカンファレンス「CES 2017」で展示された超高級EV『FF91』は大きな注目を浴びた。
AP Photo/Jae C. Hong
つねに資金繰りに悩まされていたファラデーだが、だからと言って、野心を抑えめにしたり、従業員が無責任と感じるような決定ばかりの経営を軌道修正したりという好ましい展開には向かわなかった。
出費を抑えて中古の工場を買えばいいところを、10億ドル(約1100億円)規模の工場新設を計画したこともあれば、映画『トランスフォーマー』にFF91を登場させるために500万ドル(約5億5000万円)をつぎ込んだこともあった(ファラデーの広報担当はこれらの元従業員の証言についてコメントを拒否)。
ジアは会社の経営上の問題を解決するために経験豊富な自動車メーカーの経営幹部を次々と引っこ抜いて連れてきたが、たいていはすぐにいなくなってしまった。
ファラデーの運転資金はすぐに底をつき、支払いの滞ったサプライヤーから訴訟を起こされたり、従業員をレイオフしたり、すぐにでも資金提供してくれる相手を探す必要に迫られた。
当初2017年とされていたFF91の発売予定は、やがてファラデーのプレスリリースからも削除された。
信頼回復に向けて
ファラデーは2019年、独BMWのバイスプレジデントを経て、中国のEVスタートアップ・バイトン(Byton)の最高経営責任者(CEO)を務めたカーステン・ブライトフェルドを経営トップに据えた。
ブライトフェルドはジア(=連邦破産法第11条の適用を申請してCEOを辞任)に代わってCEOに就任し、ファラデーの安定化を託された。
ブライトフェルドはファラデーに抱いた第一印象を「アイデアは素晴らしいものの、その実現に向けて十分集中していない」とInsiderに説明している。
2019年にファラデー・フューチャーの再建と安定化を託されたカーステン・ブライトフェルドCEO。
Damian Dovarganes/Associated Press
ブライトフェルドは、自動車の開発・生産の経験豊富な者を集めて経営チームを立て直し、ファラデーは必ず復活できると投資家を口説いてまわった。もちろん、誰もが最初は信じようとしなかった。
ファラデーにはこれまで実現できないことをできると言い張ってきた経緯がある。投資家たちはみな(その過去を水に流せるほどの)何が変わったのかを知りたがった。
ブライトフェルドは投資家たちに「いま私が経営トップに就任したこと、それが変化です」と応じた。
控えめな目標を設定し、サプライヤーに自ら働きかけ、ファラデーの信頼回復に乗り出した。ジアCEO時代に支払いの滞った一部のサプライヤーには、現金ではなくファラデーの株式を差し入れた。
ファラデーのデザインディレクターを務めるペイジ・ビアマンは、ブライトフェルドのリーダーシップのもとで「会社が一体になりました」と感想を語っている。
2020年の初頭、ファラデーはきわめて重要な資金調達ラウンドの最終段階を迎えていた。ところが、ちょうどそのとき新型コロナウイルスの世界的大流行が起こり、先行き不安を感じた投資家が及び腰になり、話は物別れに終わった。
ファラデーは従業員の給与カットを行ったうえで、融資を取りつけて給与の原資を確保し、1年以内に大規模な資金調達を成功させない限り経営破たんするとの認識を社内外に共有した。
「BMWで20年の実績」新CEOの存在感
ファラデーが再び生きのびる道を見出そうとしていたちょうどそのころ、他社との合併だけを目的に資金を集める特定買収目的会社(SPAC)が台頭し、EVスタートアップは史上空前の資金調達ブームに沸いていた。
デビューモデルの市場投入が数年先の予定だったり、創業者の経歴に問題があったりする企業ですら、株式公開のためのパートナー探しに何の支障もない、そんな状況に見えた。
2020年6月時点で、すでに複数のSPACがファラデーにコンタクトしていた。
前出のSPAC、プロパティ・ソリューションズ・アクイジションの共同CEO、ジョーダン・ヴォーゲルが合併相手を探し始めたのは遅れることその1カ月後だった。
ファラデー・フューチャーは2021年7月、ニューヨーク証券取引所(NYSE)ナスダック市場に上場を果たした。ブライトフェルドCEO(右)と創業者のジア・ユエティン(賈躍亭)。
Business Wire
ヴォーゲルと同じく共同CEOのアーロン・フェルドマンはいずれも不動産の専門家で、SPACの買収対象も不動産分野を想定していた。
ところが、9月になってふたりは、新興自動車メーカーとの合併を検討していた別のSPACの代表からファラデーの紹介を受けた。
カーマニアを自称するヴォーゲルは、自動車専門誌『カー・アンド・ドライバー』でファラデーのFF91を特集した記事を読んだのを覚えていた。
ヴォーゲルはあらためてファラデーをググって調べようとしたが、すぐに不安を掻き立てられるいくつものエピソードにたどり着いた。
「過去の経歴からして即アウトと思いました」(ヴォーゲル)
が、ブライトフェルドは食い下がった。ファラデーは変わったことを説明し、ヴォーゲルの不安を解消しようとした。
BMWでプラグインハイブリッド『i8』の開発を主導するなど20年の経験を持つブライトフェルドは、最初は小さな目標を設定し、達成をくり返しながら大きな目標へと近づけていく経営フィロソフィーの持ち主。
そんな彼の目には、ヴォーゲルがFF91を成功に導く着実かつ堅固なリーダーシップの持ち主に見えていた。
「カーステン・ブライトフェルド以外の人物がファラデーの経営トップだったら、この(SPACを通じた買収)契約は成立しなかったでしょう」(ヴォーゲル)
フェラーリからは性能を重視する顧客を、ベントレーからは快適性を重視する顧客をそれぞれ奪うことができると考え、ヴォーゲルは超高級EVとしてのFF91に期待を寄せるようになった。
ファラデーはFF91について、航続距離378マイル(約608キロ)、1050馬力、静止状態から時速60マイル(約97キロ)までの加速に要する時間は2.4秒以下、人間工学にもとづくシート設計や27インチスクリーン、座席ごとに指向性のあるスピーカーなどの快適性にこだわった技術的特徴を備えていると説明している。
開発は遅れに遅れ、過去には人命を危険にさらす(試作車炎上)事件まで起こしたが、ファラデーがFF91に投じた20億ドル(約2200億円)以上の開発コストは無駄ではなく、いまや他の競合企業が開発中のEVより生産開始に近いポジションにつけている、というのがヴォーゲルの見方だ。
「FF91はすでに実在するクルマです。当初計画の2017年、あるいはその翌年にも市場投入に至らなかったのは、単純に資金が足りなかっただけなのです」(ヴォーゲル)
生産台数の段階的な引き上げに向けて
資金繰りの問題が(少なくともいまのところは)解決し、ファラデーは2022年内にFF91を市場投入することに集中できるようになった。
ブライトフェルドによれば、米カリフォルニア州の工場で段階的に生産台数を引き上げることで、部品のスムーズな流れなど基礎的な部分を固めながら進めていくという。
ファラデーをウォッチしている株式調査会社フォックス・アドバイザーズ(Fox Advisors)のスティーブン・フォックスCEOは「生産台数の増加という視点から見ると、きわめて合理的なアプローチだと思います」と述べ、ブライトフェルドの手法を支持する。
とはいえ、他の競合EVスタートアップがまさに経験して学んでいるように、最善のつもりで立てた計画も障害にぶつかることはあり得る。
多くの専門家がEVスタートアップの先頭を走る存在と評価するリビアンですら、パンデミックの影響をまともに受け、デビューモデルとなるピックアップトラック『R1T』および多目的スポーツ車(SUV)『R1S』の納車時期を数度にわたって延期している。
「次のテスラ」との呼び声も高く、十分な資金力と市場からの評価を兼ね備えたルーシッド・モーターズ(のデビューモデル『Lucid Air』)も同様の経験をしている。
新生ファラデー・フューチャーの真価が問われるのは、新たに予期せぬ障害に出くわし、SPACとの合併によってもたらされた巨額の資金が減り始めたときだ。
「これからが本当の勝負です」ブライトフェルドはそう語気を強めた。
[原文:How Faraday Future came back from the brink of death]
(翻訳・編集:川村力)