今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
早稲田大学ビジネススクール教授の他に、企業の社外取締役やテレビのコメンテーターなどさまざまな顔を持つ入山先生が、今度は京都市の「都市経営戦略アドバイザー」に就任しました。先生は、京都市にはいま3つの課題があると言います。それはいったい……?
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京都を世界のセレブが住む街に
こんにちは、入山章栄です。
実はこの8月1日付で、京都市の都市計画戦略アドバイザーに就任しました。
僕はもともと京都が大好きで、プライベートでもよく訪れます。でも、なんとなくうっすらと、「京都はもっとよくできるのに、もったいないなあ」と思っていた。そんなところへ京都市の方とお話しする機会があり、半分冗談で「僕は京都が大好きだから、アドバイザー的なことをやりたい」と言ったら、それが現実になってしまったのです。
BIJ編集部・常盤
入山先生からご覧になって、京都市の課題はどんなところにあるんですか?
いまニュースでも話題になっていますが、京都市の目下の課題は間違いなく財政難です。
京都市は、実は構造的に税収が入りにくいんですよね。なぜなら景観規制があるために、高層マンションが建てられないので住民税などが入ってきにくい。高層ビルが建てられなければ企業も誘致しにくい。また、市営地下鉄などは経営効率も悪いと言われており、それも収益を押し下げています。結果、実は財政破綻ギリギリのところまで追い込まれているのです。
ただし、僕自身はこの財政の問題には今のところ立ち入らない予定です。これは喫緊の課題ですが、僕がアドバイザーに入って注力するのは、もっと長期的に「世界に開かれたイノベーティブな都市」に京都をするための、きっかけ作りです。
そのための課題は、僕は大きく3つあると思っています。
京都を訪れる外国人は多いが、その大半は観光客だ(2018年7月撮影)。
Muk Photo / Shutterstock.com
第一は、京都が思った以上にグローバルに開かれていないことです。外国人の方は大勢いるけれど、みんな観光客で、実は国際的なビジネスシーンでの交流が少ないのです。京都市の方と話をしていると「東京のベンチャーを京都に呼びたい」という意見をよく耳にします。こうした発言に出くわすたびに、日本国内に目が向いているなと感じます。
でも京都市が、自分が付き合う企業やベンチャーを日本国内に限定する必要は全然ないですよね。なぜなら京都は、「トリップアドバイザー」などの人気観光地ランキングなどで1位になることもあるくらい、世界中の人たちに最も行きたいと思われている都市なのですから。つまり観光資源として圧倒的な魅力があるんですね。
しかし問題は、以前もこの連載でお話ししましたが、京都に海外のお金持ちが定住しないことです。
京都は、あのスティーブ・ジョブズだってお忍びで遊びにくるほどの土地です。それなのにそういった人たちが3日で帰ってしまうのは、長期滞在用の高級レジデンスがないからです。加えて言えば、子どもが通えるようなインターナショナルスクールも1校しかない。インターナショナルスクールがなければ、海外の人は子どもの教育が心配だから京都に観光には来ても、住もうとは思いません。
逆に言えば、これらの課題を解決できたら、世界中のセレブリティが半年でも1年でも長期滞在してくれるようになるはずです。そういった人たちに、滞在中に京都の町工場を訪れてもらえば、その技術に投資してくれる可能性さえあるかもしれない。
PRの仕方にも工夫の余地はあります。京都をPRする際、今はまだ日本国内に向けた視点が中心ですが、これからは世界中の人々に共感してもらえるようなコンテンツを発信していくことが重要です。例えば京都で映画祭やアートのイベントを開くなど、いろいろなことが考えられるでしょう。
お寺のデジタル化で拝観が便利に
第二の課題はDX(デジタルトランスフォーメーション)です。京都をグローバル化すると同時に、デジタル化を進めることが重要だと思っています。
分かりやすい例がお寺です。京都だけでなく、いま日本中のお寺は檀家が減って存続の危機に瀕している。そこにDXを起こすことで、お寺は大きく変わるはずです。多くのお寺ではいまだに拝観料などが現金決済のみですが、QRコードを導入すれば、お寺にとっても参拝客にとっても格段に便利になるでしょう。
あるいはお寺に人がいなくても、デジタルサイネージがあれば参拝客を案内できるでしょう。しかも開門する時間も今までより延長できるかもしれない。
実はいま、日本でこういったお寺のDX改革を手がけて始めてスタートアップがあります。「エルターナル」というベンチャーで、そのCEOの小久保隆泰さんや取締役の宇佐美彰太さんは、実は私のいる早稲田大学ビジネススクール出身。彼らとうまく協力できれば、お寺のDXが格段に進むかもしれない、と期待しています。
都市づくりで大切なのは「人」と「多様性」
撮影:今村拓馬
第三の課題は、京都の人たち自らに「自走」してもらえるようになることです。
僕は今回アドバイザーという肩書きをいただきましたが、結局、アドバイザー職というのは、いつかはいなくなるものです。そもそも僕が何年もアドバイザーとして居座り続けるのは良くない。だとしたら大事なのは、京都の方々自身がこれからの新しい京都をつくっていけるようになることです。
そのためにいま考えているのは、京都のいろいろな領域の人たちを一堂に集めて、刺激を与え合う場をつくること。いまの京都にはそういう場が不足しているので、コロナさえ落ち着いたら研究会やワークショップを開き、世界中からさまざまな人を呼んで、「京都ではどういうことができるのか」と熱く語り合ってもらいたいと思っています。
僕自身はたいしたことはできなくても、幸い職業柄多くの人にお会いするので、そういった人たちを呼ぶことだけはできますからね。
社会学者のリチャード・フロリダは『クリエイティブ都市論』の中で、「都市づくりで大切なのは人と多様性だ」と言っています。翻って京都は、多様なようでいて、実はそれほど多様ではない。正確には、多様性のポテンシャルは高いのですが、ビジネスの世界、お寺の世界、アートの世界、大学、行政などが、領域をまたいでつながっていないのです。ビジネスはビジネス、お寺はお寺で閉じてしまっている。この垣根を取り払って、さまざまな分野や世界中から人を呼んできて、交流する機会をつくりたいと思っています。
BIJ編集部・常盤
なるほど。京都のように伝統ある土地の自治体が、入山先生のような外部の人から知恵を取り入れようとしている姿勢に担当の方の意気込みを感じました。まだ就任されたばかりですが、これからの京都に注目ですね。「なんだか最近、京都が変わってきたぞ」と思ったら、その裏には入山先生のお知恵があるのかもしれません。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。